表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
エルフ、荒野を往く
127/196

水難






子供たちが村唯一の出入り口からぞろぞろと出ていくのを、見張りの男が眠たそうな目で眺めている。


最年長の男子が最後尾で通り過ぎるので、いつも通り男は早く帰る様に伝えた。しかし目的地の河まで、子供の足ではどうやっても往復で半日以上はかかる。


しかしそれを指摘しようものなら、容赦ない蹴りが浴びせられるので、彼は一言“はい”と言うにとどめる。


彼はまだ成人(15歳)になっていないので、水汲み班に入れられている。将来その年齢に達してしまえば、彼も村の外には出られなくなり、半永久的に村の中で過ごすことになるだろう。


昔は振り返れば村の境界を示す低い石壁があり、その向こうに家並みが見えたいたのだが、今振り返って見ると、視界に映るのは村の周囲を覆う高い土壁であった。






水汲みは子供の仕事だ。


母さんが日の出前に起き出して作ってくれた簡素な朝食を食べ、俺たち子どもは空の水瓶を頭に載せ、連れ立って河に向かう。


幼馴染の二人を除けば、年下ばかりだ。つまり俺たち三人で、こいつらの面倒を見なくちゃいけない。


「いつまで続くのかな」

「わかんねぇよ、そんなの」

「どこか遠くへ行きたいな」


何回目とも知れないやり取りを今日も繰り返す。


「ワーフィル、みんなで逃げようよ」


「逃げるったってどこに逃げるのよ、ダーリヤ」


幼馴染の二人の言葉は、村の誰もが思っている事だ。


「チビ達はどうするんだ。ナジュマとダーリヤだけなら頑張れるけど、これだけの人数は無理だって」


異性の幼馴染に、格好のいい所を見せようにも現実は厳しすぎる。


「お茶にしかならない草ばっか育てさせるとか意味わかんない。麦とかの方がお腹も膨れるのに」


ナジュマが言う事は誰もが疑問に思っている。




ある日俺達の村は、どこからかやって来た男たちに占領された。もちろん大人たちは抵抗したが返り討ちに遭い、村の力自慢が見せしめに半殺しにされると、歯向かう気力も失せた。


村長が彼らの目的を問うと、奴らの親玉は雑草を差してこう言ったんだ。


“耕した畑にこいつを植えろ”、って。




今までは時折やって来る商人が、一束いくらで買っていったのでちょっとした小遣い稼ぎになっていたんだ。


村の周囲で集めるのも面倒になったとある一家が、家の裏で小さな畑を作ったらみんなが真似をし始めた。


それなりの量を商人に何回か売った所、ついには商人が余所者たちを大勢連れて来たんだ。




そしてそのあと、奴らの中の魔法使いが逃げられない様に周囲に壁を作り、本格的に雑草を育てる日々が始まった。


その代わりに食料が配給されるようになったが、その量も飢えない程度の物だ。馬車が配給用の食料を運んでくると、空になった馬車には大きく育った雑草が積まれていく。


男たちはずっと同じ顔触れではない。その馬車でやって来る者たちと定期的に交代していくところを見ると、結構大きい集団のようだ。


それがもう三年。もうすぐ俺達は15歳になる。なってしまえば、もう村の外には出してもらえない。


目の前の不安と絶望を抱えているのは俺だけじゃなく、ナジュマとダーリヤもおんなじだ。どん詰まりの村ではなく、広い外の世界にあるかもしれない未来を夢見てしまう。




日も結構高くなったころ、河に到着した。


すぐに水汲みは始めず、休憩も兼ねて輪になって食事だ。


配給されたものを皆に配っていく。今日は干し肉だった。分けると量は少ないが、それでも固い肉をしゃぶり噛みしめていくと、食べ終わる頃には腹がくちくなる。


それが終わればそれぞれ水汲みだ。


この季節は雪解けで水量も勢いも激しく、足を滑らせればあっという間に流されてしまう。たまにチビが流されるので、俺は必ず下流で水汲みをしている。


「今日は流れが激しいな」


俺は自分の分をさっさと汲み終えて監視だ。見るとダーリヤとナジュマがチビ共の水汲みを手伝っている。


「ダーリヤ、ナジュマ、甘やかすな」


「でもワーフィル、今日は危ないよ。もしもの事があっ───あぁっ」


言い終える前にダーリヤが流されてきたチビを捕まえるが、踏ん張りきれずに俺のとこまで滑って来る。


すかさずカバーに入り、1・5人分の勢いと重さで俺も少し流されつつも押し止める。


くうぅ、冷てぇ。足の先がじんじんと痛い。


「言った傍からかよ」


「ワーフィル、ごめんね」


岸に上がるとダーリヤが顔を寄せて来た。


“チュッ”


頬に柔らかいものが当たると、全身ずぶ濡れで冷たいのに、顔だけが熱くなった。


「今日は危ないから、一人で満たそうとしないで!おねえちゃんたちが変わるから!」


上流ではナジュマが声をかけ、チビ共が指示に従って無理に水瓶を持ち上げようとしなくなる。


「あっ」


誰かの声に視線を向けると、流されているのはナジュマと別のチビだ。


大慌てで河に飛び込み、二人が体勢を戻せるように後ろから支える。見るとチビの水瓶は満タンだ。


“この重さのせいもあるのか”


「連続はやめてくれよ」


一気に体が冷えて声が震える。


「そう言いながら助けてくれるし。そんなとこも大好きだよ」


「う、うるせぇ」


震えながらナジュマ達を抱き支え、ゆっくり岸まで戻っていくが、下半身の感覚があまりない。


あともう少し……あっ。


“やば!すべっっ”


二人を巻き込まないように、反射的にすがり付かなかった自分を褒めてやりたい。


「「ワーフィル!!」」


「来るな!何とかする!」


ダーリヤとナジュマの悲鳴が聞こえ、俺は流されながらも叫んだ。何とか出来る“あて”なんか無いにもかかわらず。


俺は息継ぎに必死で、遂にはそれも叶わず意識を手放した。






★☆★☆






水門の開閉装置は、日を改めて作業することになった。


瓦礫を全て撤去した際に、水避けの範囲を制御して水を通し、貯水池を満たしたからだ。この貯水量ならば、工事が済むまで補充しなくとも十分持つ。




「早くこっちへ!」


ナスリーンの指示に子供が連れてこられる。


地面に毛布が敷かれ、そこに寝かされると、早速ナスリーンの診断が始まった。


「男の子か。意識は無し、浅いながらも呼吸はある。けど、身体が冷え切っているから、温めないと。お湯、沸かせる?」


「まずは濡れた服を脱がせましょ」


ナスリーンとエステルがテキパキと手当てを進めていく。


「あんた医者か?」


ひげ面の老人が憮然とした表情で問い掛けてくるが、そんなことに構っていられないナスリーンは対応が雑になる。


「正式な医者じゃないけれど、心得はあるわ。ああん、もう、場所空けてちょうだい───ヴィリューク!お湯、何とかして!」


「なっっ、女のくせn───」


「場所を空けてくれ」


老人を遮る様に水の帯を割り込ませ、どんどん嵩を増すと一抱え以上の水球にする。


「温度を上げるぞ。確認してくれ」


水球は河から引き揚げた水なので身を切るように冷たい。それを水操作で水温を上昇させていくのだが、熱湯にしてはいけない。


水の対流だけではなく、ぐるぐると掻き混ぜていると、エステルが手を突っ込んで温度を確かめた。


光の角度によっては湯気が見始める頃に、彼女からの合図で少年を温水で包み込む。その間も温水の温度を維持し、身体の周囲に巡らせて冷めるのを防いでいく。ついでに身体の汚れも落としてしまえ。頭も洗ってやろう。


暫くすると少年の顔色も良くなり、表情も穏やかなものへと変化した。


「もう大丈夫ね」


ナスリーンの声に合わせてエステルが毛布を広げて待ち構えている。適時温水を入れ替えていたので、結構汚れていた身体もきれいなものだ。汚れた水を河に捨てると、エステルが少年を毛布に包んでそのまま抱き上げる。


その間にナスリーンが自身のカバンを引き寄せ、中身を漁ってあれこれと並べていく。


「衰弱気味だから、念のため……」


独り言ちると、自前の薬箱から二つ三つと何やら取り出す。乳鉢にそれらをいれて今度はすり潰し始めると、頭上を風が通り過ぎるが、人垣ができていて彼女の手元には吹き込んでこなかった。


「ヴィリューク、人肌くらいの水ちょうだい。生水じゃなくて飲み水でね。半カップでいいわ」


すぐさま作り出して、黙って目の前に浮遊させる。


「その半分でいいわ。ここに入れて」


ナスリーンは乳鉢の中身を、ティースプーンで良くかき混ぜ、一掬い少年の口元へ傾けた。

少年の半開きの口に少量流し込むと、彼の喉がコクリと鳴った。


「口当たりが良い様に甘めにしてよかったわ」


ほっと一息つきつつも、ティースプーンを繰り返し口元へ運び続ける。


「これで一安心ね」


その一言を切っ掛けに、周囲からは安堵のため息が漏れ、今日の作業は終了となった。






日もとっぷり暮れ、少年は事務所に運び込んでからも、意識を取り戻さなかった。ナスリーンの見立てでは回復も時間の問題との事。


「どこの村の子なのかしらね」


近隣の村から来ている作業員たちに聞いても知らない顔だという。つまりはさらに遠い村の子供なのだろう。



「こちらへ作業に来られないほど遠い村か、そもそも用水路工事を知らない村の子供となると、場所を絞れませんか?」


ラザックはお手製の地図を広げる。これは用水路を通すために、測量して書き記したものだ。彼の地道な作業の他に、アレシアの“地図要らず”の記憶も落とし込んである。


「河の上流で水汲みするような村かぁ」


「用水路が出来るまでこの地域の人々は、片道半日かけての水汲みは当たり前でした。この少年が今もその風習が続いている村の出身だとしたらいたたまれないですね」


「けれどそれらしき村は無いわよ」


地図には右端に大河が描かれ、そこから左に向けて用水路が走っている。大河の周囲は書き込みが多く、それよりさらに用水路周辺の書き込みが細かい。これは用水路を通すために測量したからだ。


次いで書き込まれているのは、村々の位置と耕作地。それらも念頭に入れて、この計画が立てられている。


「全ての村の助けになる様に水路を通すのは不可能ですから、水路が引きやすく多くの村に一番恩恵があるのが現在の計画です」


だがそれは恩恵を受けられていない村があることを意味する。


「つまりはこの辺りの住民か」


俺は用水路から北に離れた一角を、指でぐるりと円を描く。


「私もそう思います」


ラザックが新たに取り出した紙を広げると、そこに書いてあるのはこの地方の村々の大まかな地図であった。


「推測するに北の国境線に近い、村の子供ではないでしょうか」


「近くに砦があるな。河より近くないか?」


「飽くまで位置関係だけで、距離は適当ですよ。確かあそこは平野と荒野の境目に建てられていたはずです。四・五年に一回、半月程の行軍訓練はこちらの荒野で行っていますね。以前工事中に鉢合わせしたことがあります。もうしばらくしたら、進捗確認がてらやってくるかもしれません」


“あれは態のいい索敵目標にされましたね”と、物騒なつぶやきが追加される。


俺達の会話をよそに、ナスリーンの視線はさらに北を見つめていた。地図に記されているそれは距離にして砦と同程度、国境線の向こうの隣国に位置していた。






頭を悩ましていると、外に気配と足音が聞こえた。


気配は複数。扉の前で止まると、ためらいがちなノックがされた。


「どちらさまですか」


「夜分すみません。こちらに……お医者様がいらっしゃると、聞いたのですが……」


ラザックの問い掛けに答えたのは若い女の声。


扉を開けると若い男女が立っていた。


「息子を診てくださいませんか。お金はありませんが、働いて絶対返します。もしくは何でも言いつけてください、何でもやります!」


若い男が頼み込んでくる。どうやら若い夫婦の息子の具合が良くないようだ。




「戸口でも何だし、入って貰ったら?」


「よろしいのですか?ナスリーンさん」


「追い返すわけにもいかないでしょ」


親子を招き入れると、早速子供を診はじめる。あれこれと確認して出た結論は───


「栄養失調とまでは言わないけど、足りてはいないわ。体が弱って熱を出しちゃったのね。ご飯食べられている?」


「うちはこの子を含めて子供が三人おりまして……」


何とも歯切れが悪い両親。目を配っているつもりでも、兄弟同士の争いで末っ子が負けた結果、食事を掠め取られているのだろう。


「作物が一杯収穫できるように急がねばなりませんね」


「それより明日の朝飯だろ!」


「まずは熱を下げて栄養のある食事ね」


ラザックとダイアンの言葉を制して、ナスリーンが優先順位を示す。


「手持ちによく効く薬があるのだけれど、これは……」


「あるのですね!」

「お金なら何とかします。ですから!」


両親が詰め寄るが、ナスリーンは迂闊に口にしてしまったと、渋い顔をして首を縦に振らない。


「処方してあげたら?」

「稀少な物なら、後日俺が何とかするぞ」


俺とエステルが取りなすと、ナスリーンは重い口を開いた。


「稀少でもないしあげるのは構わないのよ。ただね“苦い”のよ。子供が飲むにはちょっとね」


「あの子に飲ませていたみたく甘くは出来ないの?」


その通りだ。奥で寝ている少年に飲ませたようにすればよさそうなものである。


「たしかに甘さは加味できるけど、この薬に混ぜると“えぐ味”も出ちゃうのよ」


その解説に顔を見合わせていた両親だったが、母親がきっぱりと宣言した。


「その薬をお願いします。私が何としてでも飲ませます」




しかし子供に理屈は通用しない。


つまり一口付けて拒否、なだめすかして二口三口でギャン泣きした。


「お願い、飲んで頂戴。飲まないと辛いのが続くのよ」


母親が言い聞かせている横で、父親はどう声をかけたものかオロオロするばかり。


自分の身体の為の薬なのに、嫌なことをされている・罰を受けていると思ってしまっているのだろう。


何を言っても“いや”と声を上げ、全身で意思を表す子供。


遠慮ない泣き声に、物理的に口を閉ざしたいと思ってしまった俺を、ひどい奴と言わないで欲しい。


物理的に?口を?


俺はポーチをまさぐってある物を取り出すと半分に引きちぎり、子供が泣き声をあげている大きな口に押し込んだ。


突然の口腔内の感触に驚く子供。しかし効果覿面。


「───あまーい!」


「甘いか?」


泣いたカラスがもう笑った。


こくこくと頷きながら、口の中の甘い物をもぐもぐと必死だ。


「もっと欲しいか?」片割れを目の前で振ってやる。その正体は甘い干しデーツである。


「うん!」


「薬を全部飲めたらあげよう」


だが口を引きつらせ、母親の腕の中で身をよじらせた。


「しかたない、もう一個あげよう。誰に横取りされない、君だけのものだ」


と、ここでエステルに視線で合図。彼女はすぐさま意をくんでくれた。


「デーツの実くれるの?じゃ、私が飲む!」


「待った!甘いデーツくれるンなら俺が飲むぜ」


ダイアンもノって来た。


「俺が飲むぞ!デーツの実なら苦い薬を飲んでもおつりが来るぜ」


分かってるな、お父さん。ノリがいい。


「おとうさんダメ!ぼくがのむ、ぼくのだ!」


結果、彼は薬の味に涙を流したが、それを拭いもせず甘味を口に頬張った。







評価システムが変わりましたね。

変更後すぐに評価してくださった方がおりまして、大変ありがたく思っております。

ですが旧評価の、内容・文章ごとの評価も好きだったのですよね。

難しい所です。


今回もお読みいただきありがとうございます。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ