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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
エルフ、荒野を往く
126/196

石塊と河の流れ





堤の設置は効果的だった。


作業員たちの突貫工事で堤はたちまち伸び、七割に満たない完成度でも水の流れを抑えるという目的を十分に達していた。


問題は効果を発揮し過ぎてしまった事だ。


激流の勢いで水門の瓦礫を乗り越えていた河の水は無くなり、今やその隙間から流れるにとどまっている。塞いでいるのは水門を破壊した岩だけでなく、元は水門であった瓦礫たちも邪魔をしているのだ。


水門を通過した水は一旦貯水池に誘導され、砂や泥を沈殿させてから用水路へ流される。


ラザックの見立てでは、無駄遣いせず計画的な消費を行えばギリギリ何とかなるはずだった。


しかし住民たちは安穏と過ごしていられない。将来的な水不足の知らせに不安に駆られ、あしげく用水路へ通い水がめを満たしては自宅へ運ぶ。


昼間に咎められれば、日が沈むのを見計らってやって来る。


近隣住民ですらこうだ。


利用者は彼らだけでなく、片道数十キロを歩いて来る者たちもおり、その者たちに取水制限をすれば衝突は目に見えている。


それでも注意した者がいたのだろう。それを重く受け止めた者が事故に遭った。


用水路が駄目なら河へ行けばいいと、水汲みの子供が足を滑らせて流されたのだ。


幸いなことに、流されたのが工事現場の上流だったので発見は早く、子供は無事救助された。




事故の報告を受けラザックは、一刻も早く取水口を直し用水路に水を流さねばならないと焦燥を覚えたが、がれきの撤去は全く手を付けられず、安易に横道を掘って貯水池に水を流せば、水の浸食による破壊が起こることは必至だ。


「手をこまねいている時間はありませんね」


現状取りうる策は無いにもかかわらず、ラザックは取水口の現場へ足を向けずにはいられなかった。




★☆★☆




「そう言えばファルには声かけていないの?水術師が必要なんでしょ」


ナスリーンがアレシアに尋ねている。


「ファル?ファルロフね。隠居して息子さんの所よ。息子さんのとこの村も、ギリギリの水で生活しているそうで、おじいちゃんの水術もありがたがられているそうよ」


“年もそうだし、そんなところに声は掛けられないわ“とアレシアはかぶりを振る。


誰の事か思い出した。ナスリーンと初めて会った時に、同席していた普人の老人だ。エステルとダイアンにセクハラを働いた末に、腰をギックリさせた光景を覚えている。


アレが切っ掛けで、エステルが旅に同行したのだった。




「で、なんで私たちは砂漠で昼食をとっているのかしら?」


「久しぶりに返ってきたら砂漠で取るだろう?」


「何を聞いているんだ?って訝し気な口調に同意できないんだけど」

「うんうん」


なんとも残念な反応である。サミィなんて穴掘りに夢中だっていうのに。


「飯を食いながら見るこの風景、ホッとしないか?」


俺の言葉に微妙な顔の三人。解せぬ。


もう少しのんびりしていたかったが、現地では俺達の到着を待っている人たちがいる。


名残惜しんでいるサミィを回収し俺達は先を急いだが、現地に着いたのは四日目の午後だった。






「お待ちしておりました!さぁさ中へ!」

「エステル、ナスリーン!ヴィリュークまで!あんがとよ!」


アレシアに案内されたのは現地の灌漑事務所であった。到着するなり男女の凸凹コンビが出迎える。村と呼ぶには大きいその一角に事務所はあり、そこへじゅうたんで乗り付けた。仕事で出払っているのか人影はまばらだが、その少ないヒト達からの視線が集まっていることは分かる。


「その節はどうも」


小男のラザックと握手を交わし、大女のダイアンに背中を叩かれて中へ誘われる。そう言えばここにいる顔見知りは、砂岩窟脱出の恩人ばかりだ。




「大体は聞かせてもらったけれど、その後の進捗を聞かせてちょうだい」


席に着くとすぐにお茶が用意され、一口付けるとナスリーンが問い掛ける。


この地方の茶葉なのだろう。独特の風味で渋みが強い。


「すげぇ味だろ。こんな土地でも生える草の根っこを、刻んで乾燥させてから淹れるんだぜ。けれど飲み終わる頃にゃ疲労が軽くなるんだ」と、ダイアンが屈託なく笑う横で、ナスリーンが“数株採取したいわね”と呟いた。荒れ地の嗜好品として興味がわいたようだ。


「この地方の数少ない楽しみの一つなんですよ。さて状況なのですが───」


ラザックから説明が始まるが、アレシアから聞いた状況から少し進んだ程度のようだ。


「堤の拡大は追々やっていけばよいのですが、水門のがれきがどうしようもありません」


ラザックの説明による作業工程とは、まずがれきの周囲を水面の上まで土嚢で囲い、水の流れを遮断する。やぐらを組んだ後そこへヒトが水に入り、がれきにロープを渡し浮力も利用して岸に上げるか、無理ならば下流へ放棄する、というものだった。


「ところが土嚢で囲う事すらままなりません。そもそも水量の少ない季節に行うものであって、今の季節に人力で行うには無理なのです」


「術師が派遣されているのよね?彼らの協力は?」


「彼らが術を行使できる時間では全く足りません。堤の効果が出ているとはいえ、それは例年に比べて、なのです。土嚢を積む範囲は広いですし、堤の範囲を外れた所へ高く積もうとすると、そこから流されてしまうのです。現在我々がやっているのは、とにかく堤を増やし、河の流れを緩めることです」


“季節が廻れば水位も下がるのですが、それでは遅いのです”ラザックは繰り返し呟いた。


「見てみない事には始まらないわね」


ナスリーンがお茶を飲み干し立ち上がるので、俺もグイとあおってそれに続くが、エステルは口に合わなかったのか、口元をもごもごさせながらテーブルにそっと置いていた。






徒歩で現場に向かうと、到着する頃には日没になる距離と言われたので、じゅうたんで移動する。


ラザックは興奮した様子でじゅうたんの手触りを確認したり、周囲を見渡すのに落ち着きがない。


到着したのは、作業員たちが一日の仕事の後片付けを終わらせた頃合いだった。


そこへじゅうたんで乗り付けたものだから、俺達はすぐに取り囲まれてしまう。


「ラザックさん、この方たちは?」


現場の責任者なのだろうか、中年の普人が声をかけてくる。


その後ろからは作業員たちの、好き勝手な声が聞こえてくる。


“耳が長いぞ”

“エルフ?”

“エルフか”

“女じゃねぇか”

“よく見ろ、あっちは男だ”


エルフの事を聞いた事はあっても、見たことは無いのだろう。


俺はこの見世物扱いの不愉快な視線を無視できるが、二人はそうではないらしく、エステルは平然を装いつつも俺のそばに寄って来るし、ナスリーンは俺の影に隠れて袖をつまんで軽く引っ張って来る。


「ラザック。その壊れたという水門?取水口?とやらはどっちだ?」


そう口にすると反応は一気に変わった。


“助っ人だ!”

“術師が来てくれた!”

“おい、道をあけろ!”

“こっちだ!”

“早く!”




用水路の脇の道を歩き、貯水池を横に見ながら歩いた先に、元は立派であったであろう水門が見えて来た。


案内されたのは鳴り響く濁流のそば。そこには柱とその上のアーチだけを残した水門があり、何というか門を破壊された城壁と例えるのは大げさか。


「立派なのに肝心の物がないな」


「灌漑のかなめですから。いくら用水路を造っても、水門が機能しないと意味がないのです」


「門の開閉機構もすごいわ。魔法も使わずに技術だけで何とかしようとしてるのね」


「はぁ。魔法無しの施設とか、お金が飛んでいく訳だわ……」


ぼやくナスリーンにラザックが答える。


「実際に使うのは住人達です。魔力頼りでは使える者が限定されますし、可動・保守の観点からもこちらの方が都合よいのです。ですが……こちらです」




案内された水路には、割れた石塊が沢山沈んでいた。他にも大きな塊がゴロゴロしている。


「うわぁ……あんなに分厚いのが割れちゃうんだ」


「割れない様に頑丈なもので作ったのですが、石工が言うには十回やそこらの衝撃ではないだろうとの事です」


つまりはそれ以上の衝撃で、耐えられなくなった末の結果らしい。それも(すざ)まじいが、これを持ち上げ、支えていた施設も言わずもがなである。


上を見上げると、それらを吊り下げていた太いロープが巻き上げられている。


「お願いしたいのは、土嚢を積み上げるために作業場所の流れを鎮めて貰いたいのと、余裕があればその後の排水もお願いできればと思うのですが、いかがでしょうか」


「えっ、わたし?」


「何とかなるだろう」


問い掛けられてうろたえるエステルに変わり俺が答えを返すが、それに対して小声で“なに安請け合いしてるのよ”と周囲に聞かれぬよう抗議してくる。


「撤去後の用意は出来ているのか?新しい門を設置しないと、貯水池へ無制限に水が入るのは問題じゃないのか?」


「その通りなのですが、付与背嚢に入らないサイズなので、撤去も設置も人力なのです。新しい資材は近くまで運んではありますけれども」


「確かにあのがれきの大きさは入らないよねぇ」


水底に沈んでいる最たるものは、クレティエンヌの鼻先から尻尾よりも長い石塊だった。


「んん?」

「あら?」

「これは……」


三者三葉の言葉が漏れたが、俺を含め彼女たちも思いついたことは一緒のようだ。


「ラザック、明日朝一から作業を始めよう。ヒトの手配を頼む」


「「「おおおぉぉ!!!」


俺の言葉に周りから雄叫びが上がった。


「分かりました。けれども、その必要はなさそうですよ」


言われなくとも分かった。


なぜなら、その場に居合わせた男たちが走って帰宅の途についたからだった。




翌朝、日の出前に出発したはずが、現場に到着してみると黒山の人だかりであった。


その人数から期待の程がうかがえる。


「ラザックさん、早く何とかしてください!みんな、まだかまだかってうるさいんですよ!」


事務所の者がまさに悲鳴を上げているのを見て、ラザックがこちらを振り返った。


「昨日の打ち合わせ通りに」


その言葉を合図に、俺達は各々の場所へ散っていく。




俺は当然石塊の所だ。


「この水量は骨が折れそうだが……何とかなるだろう」


一筋縄でいかないと呟いたら、周りの見物人……もとい、作業員たちが不安気に見るので、問題ない事をアピールし、作業員の誰もが制止する間もなく軽く助走をつけると河に飛び込んだ。


「あっ、おい!」


難なく水面に着地するも、池や湖と違い河の流れに流されていく。しかし、すぐさま立ち上がると水面を駆けてゆき、石塊の上に位置すると、そこに留まる様にジョギングする。


「「「おおおお」」」


どよめきが上がるが、まだこれからだ。


「エステル、準備はいいか?」


「いつでもいいわよ!」


頭上にはエステルがじゅうたんで待機しており、またもやどよめきが上がった。


返事を耳にしてから、腰に佩いていた魔剣を抜き放つ。


余計な溜めは必要ない。


軽くステップを踏んでジャンプ。魔剣を両手で逆手に持ち替え、水面に突き立てる。


だが、剣は水に刺さらない。


俺の落下に合わせて、水は擂り鉢状に避けていき、河底に直地すると水は円柱状に避け、その範囲は水門の内側までに及んでいた。




「エステル!」


「はいはーい」


剣を片手に持ち替えて声をかける。作業が終わるまで、俺はこの状態を維持しなくてはならない。圧倒的水量に対抗できるのも、この無銘の魔剣のお陰だ。素の状態では、とても長時間の維持は不可能だ。


エステルはじゅうたんの裏側に魔法陣を展開させながら降下してくる。


じゅうたんは水底の石塊の上を覆うが、じゅうたんはもとより魔法陣からもはみ出す石塊。


「ぃよっと」


彼女が掛け声をかけると魔法陣が“ぐぐっ”と拡大し、次の瞬間じゅうたんの下の石塊が姿を消した。


三度上がるどよめきをよそに、じゅうたんは“ひらり”と河岸に舞い降りた。




群衆が周りを取り囲むが、慌てず注意を促すエステル。


「危ないからもう少し距離を取ってね。そそ、もう少し。じゃ、行くよ~」


勿体付けて声をかけて操作をすると、同じように魔法陣が現れ、今度は石塊がじゅうたんを持ち上げながら現れた。


「おおお」

「すげぇ!」

「なんだこりゃあ!」


四度目のどよめきは無く、歓声が鳴り響いた。


エステル、得意気になっていないで早く次を取りに来い。除去する石はまだまだあるんだぞ。




撤去した瓦礫やら石塊は、水門を守る堤に再利用される。


大きいものはそのまま使い、流されそうな大きさ(それでも一抱えはある)の物は、針金で編んだ網に入れられサイズを合わせて一纏めにされる。


様々な形の石たちが、パズルのように組み合わさって入っているさまは、職人芸といってもいいのだが、彼らは石工でもなんでもなく只の村人だ。それだけ石が生活に根付いているのだろう。




“む、むむむ……“


河底から上流に感じる気配は、エステルの水操作だ。


まさに“むむむ”と唸っているような水の様子は、俺のじゅうたんから投下した石塊が、目当ての場所に着底するように流れを操作しているからだ。


彼女が作っているのは、水門の防護壁。


幾つも連なる堤があるが、万が一の時の為の壁なのだ。




「この辺ですか~」


「ゆっくり降ろしてくれー!」


俺の目の前では、ナスリーンがエステルのじゅうたんを操作して、取水口を塞ぐ石柱を設置している。


通常この手の物は、巨木を組み合わせて一枚の板にしたり、金属板を組み合わせて一枚の板を製造し、それの上げ下げで取水量を調整していく。


だがこのような荒れ地で、それらを望むのは無理というもの。そこで腕利きの土術師の出番である。石工が可能な限り整えた石柱の側面を、ピタリと密着するように削り上げる。


それらをナスリーンが一本ずつ、じゅうたんで縦に吊り上げ(牽引用の鉤がここでも役立つ)水底に立てるように並べること数本(もちろん作業員たちの誘導が入る)。五・六メートルはある取水口に石柱が何本も突き立っているのだ。それぞれの天辺には鉤が刺さっていて、最終的にはその鉤に太い縄が結いつけられる。


これらを人力で行おうとしていた事にも驚きだが、あの太い縄、あの突き刺さった鉤、切れたり抜けたりしないのだろうか。


一番理解できないのは石柱に刺さった鉤。どれ位深く刺さっているか知れないが、見えない部分は抜けない為にさぞかし特殊な作りに違いない。この手の職人技は本当に想像を超えてくる。


昼食の時間を大きく超過した甲斐もあり、水門の工事はわずか半日で形になった。


残りは細かな手直しをして、実際に稼働を確かめねばならない。


俺も色々と消耗してしまった。そう、はらぺこなのだ。


しかし───


「子供が流れついたぞー!!」


頭上から大きな声が聞こえて来た。どうやらまた厄介ごとがやってきたらしい。





その時は大丈夫と思っても、投稿前に読み返すと結構言い回しや、てにをはがおかしかったり。

極力減らそうと頑張ってはいるのですが(´・ω・`)



お読みいただきありがとうございました。

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