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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
エルフ、荒野を往く
125/196

王都への帰還、砂漠への帰還






“ぼふん”


音をたててじゅうたんが元のサイズに広がった。


俺のじゅうたんは少人数で乗るには広いので、一部を収納魔法陣の中に仕舞える仕組みがある。先を急ぐためにもじゅうたんでの移動をするのだが、クレティエンヌを置いてもいけないのでじゅうたんに載せることにしたのだ。




前半分に俺達が座り後ろにクレティエンヌを座らせ、いざ出発、……と浮上させたのだが重量バランスが明らかに悪い。


なんとか水平を保つのだが、変な所に重量がかかって操縦し難いのだ。


「ね、ねぇ。大丈夫?」


「なんとか、する。大丈夫だ」


「そうだ!私のじゅうたんに載せましょ!」


ああ、その手があったか。早速エステルのじゅうたんに載せ代えることにした。




「問題ないわね。あとは追尾モードに切り替えて、ヴィリュークのじゅうたんに設定っと」


「牽引フックも繋ぐか?」


エステルは一瞬悩む様子を見せたがすぐさま決断。


「一応連結しときましょう。しとけばこちらの操作もしやすいしね」


「ぁ~……」ナスリーンが苦笑いしている。


「どうした?」


問い掛けながら発進させる。うん、今度は無理がない。動きもスムーズだ。


「いやぁ……見ようによっては、家畜を運んでいる荷馬車だなぁって」


「「え?」」


振り返ると感情の無いはずのクレティエンヌと目が合った気がした。いや、売り払う訳ないから安心しろ。


俺達は風を切って先を急いだ。




だがしかし暫く飛ばして“はっ”と気付いた。


昨日の夜の段階で情報は入っていなかった。用水路の現場からラスタハールまで人を出したとする。急ぎだから当然、馬やリディを走らせるだろう。それらがいくらヒトの足より速いからと言っても、半日で街まで辿り着けないのは地図を見ても明らかだ。


「不味った」


すぐさま二人に考えを伝えたのだが、結論として当初の予定通り街に寄ることになった。


その理由としては───


「保存食飽きた」

「野菜食べたい」

「「お風呂入りたい」」


多数決で負けてしまったが、その後の飛行は強行軍になると、二人にはしっかりと釘を刺しておいた。






★☆★☆






その日は朝から灌漑事務所に人が集まり、今後の作業の話し合いが行われた。


「水位が高い今の時期はよいですが、流れが落ち着けば水が用水路に入ってこないことは明らかです。ですがその時期を待っていれば、水門の修理中に水不足になるのも明らか。かと言って今これから作業しようにも、激しい水流では作業もままなりません」


「どうするんだ!」

「あれも駄目これも駄目って!」

「八方塞がりじゃないか!」


ラザックの説明に住民たちが声を荒げるが、彼は身振り手振りで落ち着くように促し、静まるのを待って言葉を続けた。


「流れが強いのならば弱めればいい。上流に(つつみ)を造り、河の流れを弱めるのです」


そう言って彼は地面にガリガリと何かを描き始めた。


|  ↓↓↓  |

|\       |

|  \     |


「川の流れに対して斜めに堤を複数作ります。一番上流には短いものを。下流に行くに(したが)い長いものにしていくのです。水量は変えられませんが、十分に流れが弱まれば工事は楽に安全になります」


方向は示された。材料の石はいくらでも転がっている。ラザックはお手製の地図を広げると、住民たちと具体的な計画を立て始めた。




話し合いの後、殆どの住民は現地へ出発したが、村長やリーダー役の者が三名残った。


「どうしました?」


「皆に伝えていなことがあるだろう?肝心の水門のがれきはどうするのだ?」


白く長い顎髭の老人が訊ねる。彼は工事中の水路近辺の村長だ。春の種蒔きに水路が間に合うかどうかで、今年の村の進退が決まるのだから心配するのも当然である。


他の二人は、完成している水路の近隣の村の者だ。


この工事の結果次第では、村同士での争いも危惧している。何をおいても水が必要なのだ。誰しも生きることに必死だ。


「この事を知らせにラスタハールへ、朝一でアレシアさんに向かってもらいました」


ラザックの言葉にリーダー格の若い二人は安堵の吐息をついたが、老齢の村長は硬い表情のままである。


「つまりは我々の手ではがれきの撤去は敵わないということか」


ラザックと村長の視線が真っ向からぶつかる。


「そうカリカリしなさんなって。俺達には荷が重いだろ?ほら、あれだ。シゼンのモウイってやつだ。あんたらもよく言っているじゃないか」


頭一つ上から女の声が諫める。


「出しゃばって来るな。女は家で家事でもしていろ」


「俺より重たい石を持ち上げられる男がいたら、そうしてやるよ。それに俺はあんたの村の者じゃないんでな」


意に介さず大女(ダイアン)は言い返す。


「アレシアさんを向かわせたのは、伝手があるからです。一刻も早く伝手に辿り着くために、リディ二頭で出発しています」


飢えと渇きに強いリディを乗り継いでいけば、可能な限り早く目的地まで辿り着ける。ましてや“地図要らず”の異名を持つアレシアだ。まず間違いはない。


「女じゃないか。女は家を守り、男に守られるものだ」


村長は頑なだが、若い二人はその“女二人”に敵わないことを、身をもって知っているので表情も固くはない。


「いい加減認めて貰えませんかねぇ……今回あてにしている伝手は水術師なんです。しかも砂漠の横断経験のあるエルフの水術師なんですよ」


「女じゃないだろうな」


「いい加減しつこいですよ」


今回自分達があてにしているのが女エルフであることを、ラザックはおくびにも出さなかった。






★☆★☆






街に到着したその日も翌朝になっても、新たな情報は入手できなかった。


王都から遠く離れたこの街のギルドに、現地の情報が流れてくるのは数か月後になるだろう。それも“流れてくれば”と言う話で、流れてきても風の噂程度になる。


つまり今後の情報更新は、ナスリーンの魔道書簡頼りなのだ。




昨晩は風呂に食事にと英気を養い、早起きすると朝市でしこたま食料を買い漁り、見つけた屋台で腹ごしらえをした。


「ふぅ、おなかいっぱい」


じゅうたんの上で足を投げ出し、エステルは腹を撫でさすりながら小さくげっぷをした。


「もう、エステルったら」


そういうナスリーンも、彼女にしては結構な種類の料理を腹に収めている。


「ご飯は到着後の楽しみの一つだったんだから、固いこと言わない。食事マナーは完ぺきだったでしょ?」


「量は半端なかったがな」


料理を運んできた女給さんが、テーブルの料理が減るスピードに目を見張っていたくらいだ。


「それはそうと、何日くらいで到着できるのかしら」


「砂漠みたいに一直線とはいかないからな。高度を上げればいけなくもないが、現地までどれくらい飛行するかも分からんし、じゅうたんは経済巡航速度で魔力消費を抑えたい」


エステルがよこしたじゅうたんマニュアルに、目的地まで自動で飛行してくれる機能というのがあったが、飛行したことのない土地で、試したこともない機能は正直おっかない。


「それでどれくらい?」


「慣れない土地で夜間飛行は避けたいからなぁ……それでも七日はかからないはずなんだが」


夜を徹して飛行するつもりだったのかと、目を見開く二人。緊急ならばするだろう?三人いれば交代で飛ばせばいいのだから。


「でも私のじゅうたんは、そんなに何日も連続で飛ばせないわよ」


「言われてみれば航続距離も違うか。クレティエンヌも収納に仕舞えればなぁ」


「……ヴィリュークのじゅうたんに入らないかな」


「理屈としては起動時の魔法陣の設定次第だけど、普通のじゅうたんじゃ無理だって」


|魔法陣とじゅうたんの大家 《エステル》がそう(のたま)うが、そのじゅうたんは特別な代物だ。


微妙な空気が漂ったが、物は試しと着陸させてやってみることになった。




結論としては、なんてことは無かった。


収納魔法陣の再設定の為にじゅうたんのサイズを元に戻すと、ものの十分もかからずに特大サイズの収納魔法陣が現れる。


手綱を引いてクレティエンヌをじゅうたんの上に誘導し、魔法陣を起動させると俺は足首辺りまで沈み込んだが、クレティエンヌは静かに陣へ収まった。


陣を終了させてから再度起動。じゅうたんの上にクレティエンヌが現れる。


「出し入れも問題ないな」

「これはもう収納と言うより格納ねぇ」

「このサイズを入れられるように魔法陣を大型化するのは、魔力効率の問題だけじゃないからね。それよりも───」


エステルは再度収納、いやクレティエンヌを格納し、じゅうたんに乗ると宙に浮かせる。


「これが出来ると楽なんだけど……」


エステルが操作すると、じゅうたんの裏面から魔法陣が浮かび、クレティエンヌが足から現れた。


全身が魔法陣から出ると陣の拘束から逃れたのか、蹄鉄の音をたててクレティエンヌは着地した。


続けて彼女は陣を出したまま、クレティエンヌの上から降下すると、手品の様に馬体が吸い込まれていく。


「よし、成功!これでらくちんね。けれど注意しないと頭から出てくるから、やる時はよく確認しながらね」


いやはや、エステルの器用さを褒めるべきか、じゅうたんの柔軟性を誇るべきか……これはもう両方だろうな。


「とんでもないわね」

「いや、まったくだ」






きっちり七日掛かって王都ラスタハールに到着した。


通常であればゆっくり確かめながら進む道を、マーカー探知の指輪で街のマーキング頼りに飛ぶのだが、常に感知して移動しているわけではない。


道なりに飛べばいいのだが、丘など迂回していく道があればショートカットしたくなるのがヒトというもの。しかしショートカットして飛び越えた際に、うっそうとした木々に道を見失い、かえって時間がかかってしまうこともあった。


結果紆余曲折を経て、俺の見込み通りの日程で到着したのであった。




「強行軍で申し訳ないわね、ありがとう。疲れたでしょう」


ラスタハールの門ではアレシアが待ち構えていた。研究所で待っていればいいのに、ここまで出迎えに来ているという事は、相当切羽詰まっているのだろう。


「いろいろと手配してもらっているわ。お風呂にする?食事にする?それとも……」


訂正。まだ余裕があるのかもしれない。


「「お風呂!」」


女性二人の反応はぶれがなかった。




入浴を済ませ着替えてさっぱりすると、湯気を立てた食事が待っていた。


アレシアは給仕に徹し、雑談には応じるが、今回の要件については自ら言葉を発していない。


腹もくちくなり、アレシアは食後のお茶を配って席に着くと、ようやっと口を開いた。


「遠くから呼び出してごめんなさいね。でも頼りになるのがあなた達しか思い浮かばなかったの」


そう言って彼女は現場の状況を離し始めた。


春の雪解けによる河の激流。

流れて来た岩による取水口の破損。

破損による用水路への水の減少。

修理しようにも流れが激しすぎて、がれきの撤去がほぼ不可能である事。

流れが落ち着くのを待っていると、春の種蒔きに間に合わない事。

その場合、近隣の村同士による水の争いが懸念されるという事。

などなど。


「水術師はいくらいても足りないわ。エステルは勿論、ヴィリュークにもお願いしたいの。とはいっても、当てにしているのは貴方達二人しかいないのだけれどね」


アレシアはカップの前で手を組み、俺を正面から見つめてくる。


「それなりには使えるつもりだが、あまり当てにはするなよ」


横から二人のジト目が刺さる。


「砂漠界隈で有名なあなたですもの。他に誰を頼りに出来るのかしら?」


あれこれと事情に通じているらしい。俺は彼女に向かって肩をすくめて見せた。






翌朝、日が昇る前から、俺はサミィと連れ立って砂漠まで来た。


この道中おくるみの中で丸まっていたサミィも、久しぶりの砂漠に砂煙を上げてはしゃいでいる。あの煙の大きさは、彼女についている砂の精霊も一緒にはしゃいでいそうだ。


砂丘の上に座り、砂を掴んで手のひらからこぼすが、日の出前なので砂漠の砂もまだ冷えている。


東の地平線を見つめていると、太陽が顔をのぞかせ始め、今日もまた砂を炙り始める。


エルフのイヤリングが反応し、俺の肌を少しずつ変色させていく。


ゆっくりと確実に温められた砂からは靄が立ち昇り、渇きの象徴である砂漠もこのひと時だけ周囲は白くけぶる。


水袋を軽くあおり、干しデーツを口に入れる。


太陽が連なる砂丘に陰影をつける光景に、俺はやっと帰って来た実感を噛みしめるのだ。


朝食をこれだけで済ませた事もあった。


太陽が完全に登りきった頃には、俺の肌は褐色に染まっていた。


「帰って来たなぁ」


これからまたすぐに出発だが。


ゆっくり立ち上がると、それに気付いたサミィが砂煙を上げて駆けてくるのが見えた。


もう朝市も立っているだろう。買い出しを済ませて早く帰らないと彼女たちが心配する。


書置きしておけばよかったと思ったがすでに遅し。じゅうたんを広げるとサミィがすかさず前に陣取る。


ならば急いで帰るしかない。俺はいつもより高くじゅうたんを操った。








お読みいただきありがとうございました。



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