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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
エルフ、荒野を往く
124/196

春の訪れ

二か月ぶりでございます。

「乾いた大地」「砂岩窟脱出行」に続き例の三人組が登場です。





春は雪解けの季節である。


冬の間は川幅も狭まり、水深も足首ほど。深い所でもせいぜい膝丈を超えるか超えないか程度だ。


暖かくなると山の峰々の雪は少しずつ融け、大地に染みわたっていくが、ある日を境にそれは一気に加速する。


一筋の流れは合わさるごとにその太さを増し、山肌を駆け降りる小川たちは谷底を目指し合流。


数十の小川は、やがて一本の大河に成長する。


春の音。


それはこの地方において小川のせせらぎではなく、大河の濁流音を指す。






「それにしてもこの季節はすげぇなぁ。どんだけあるんだ?アレシア」


「川幅?ざっと四十~五十メートルかしらね」


「対岸の方が低いから、水かさが増せば向こうに溢れるのは道理だね。ゆくゆくは対岸も堤防を作りたいなぁ……」


ラザックがつぶやく目の前を、五十センチはあろう石が濁流に負けて流され転がっていく。


「あの流れを何とかするとか、出来んのかよ」


やってられねぇとばかりに、ダイアンはうんざりとした声を上げた。






灌漑は国家事業である。


用水路工事に着手して数年。完成した部分から順次水が満たされている。


労働者は近隣の住人を雇っている。育つあてのない作物や家畜よりも、現場で働けば金銭も得られ家族を養える。


今日もそれを延長すべく、乾いた大地に縄張りがなされ水路のルートが決められると、数人の術師が等間隔で並び術が行使される。


国より派遣された術者たちは、地面に両手をあてたり杖の石突をあてがったりし、各々のタイミングで術を発動させる。


“ぼふっ、ぼぼぼ、ぼふっ”


口さがない者は“土木魔法”などと揶揄するが、工事を楽にしてくれることを理解しているし感謝もしている。


つるはしも容易に刺さらない固い土を、彼らの術がほぐしてくれるお陰で掘り進めることが出来るのだ。


掘り起こした石混じりの土は袋に詰めて土嚢にする。その土嚢は付与背嚢(はいのう)に詰められて運ばれていくが、背嚢の数も少ない。


溜まっていく土嚢の山に、待っていられぬとばかりに男たちが一つ二つと背負って運ぶ。


付与背嚢の仕事は土嚢運びばかりではない。


持ち上げられぬ石が出れば、周囲を掘り起こして付与背嚢に入れて運ぶ。入らない大きさの物が出れば石工が呼ばれ、適当な大きさに割っていく。


工事に厄介な石も集めれば重要な資材だ。


荷運びに適さない女性や子供は分別作業に回される。


背嚢で運ばれた石だけでなく、運ばれた土嚢からは土と石とに分けられ、石も大きさで分類されていく。


広めに掘られた壁には厚めの石垣が組まれる。これは水の浸潤による崩壊を防ぐためだ。


自宅の周囲に石で組んだ塀を作る住民にとって、材料に事欠かない石垣づくりはお手の物である。


なだらかなカーブを描き、上に行くほど垂直になるよう組んでいくと、相当な重量にも耐えられるようになり、水路が開通したあとに根を深く張る樹木を植えれば、成長するにつれより堅固になっていくのだ。


石垣も壁の全面を覆う事はしない。階段を設けた水汲み場を一定の間隔で両岸に造るし、将来的には橋も掛ける。


しかし、ここまで順調だった工事に水が差された。春の濁流である。






河から引き込んだ水を一旦溜め置く貯水池が、今にも溢れんばかりだ。


この時期閉められる取水口の水門が、河から流れて来た岩で破壊されてしまったのだ。


破壊された水門は水の下で、水量の多い今の季節は用水路に水が流れるが、水量の落ち着くこの先はその限りではない。


「がれきを撤去したいが、水位が下がらない事にはなぁ……」


ラザックがしゃがみ込んでぼやいた。


「かと言ってそれまで待つと、用水路への供給量が問題です」


「春はなにかと水が入用ですから」


同僚たちがあれこれと指摘する。


「もうじき種蒔きの時期だから、取水制限も掛けられん。水が無けりゃ付与背嚢で何とかなるが……現状、囲いを作って排水するのも無理がある」


取水口の外では、濁流がごうごうと音をたてていた。




工事は日が傾く前に終了する。


作業員たちが笑みを浮かべるのは、日当を手にしただけではなく、用水路工事が捗ったこともある。


現在工事中の区画も、完成すれば隣の水路の水門が解放され、水が満たされるのである。


和やかな雰囲気で帰宅の途に就く作業員たちを、複雑な心境で眺めるラザック。


しかし、この区画が完成するまでに取水口の水門を直さねば、ここに水が流れることは無い。


そうなればここの住民(作業員)たちと、隣の区画の住民たちとの間で諍いが起きることは想像に難くない。


ラザックは住民たちが建ててくれた住居兼事務所の扉を開けた。




「戻りましたよ」


「おう、おかえり。慌てて出ていったけど、何があったんだ?」


「ダイアン、帰って来たばかりで疲れてるんだから、せっついちゃ駄目よ」


「言われてみりゃそうだ。なんか飲むか?水と茶、どっちがいい?」


アレシアに指摘され、すぐさま気遣うダイアン。けして気が利かない訳ではなく、彼女なりに心配していたのだ。




「このままでは工事が完了しても、水を流せません」


一通り説明し終わると、ラザックはお茶を飲み干してテーブルに置いた。


「解決方法が分かっているけど、手段が無いとはね。何かないかしら」


アレシアがお茶を注ぎながら頭を悩ます。


「いまンとこ、進められる作業はなンなんだ?」


干しデーツの実を口でふやかしながらダイアンが訊ねると、ラザックが顎を撫でさすりながら考えをまとめ答える。


「壊れた水門の撤去……人手は声をかければ幾らでも集まる。撤去用機材も何とかなるだろう。囲うための土嚢や丈夫なロープと櫓も組めれば、やることはいつもと変わらない。付与背嚢も使えば効率も上がる。問題は水……作業場所の確保だ。濁流が収まらないと、どうしようもない。今日見てきた限りでは、治まるのは何時になるかもわからない。」


「どうしたらいいかオレには見当もつかねぇけどよ。そンなら分かりそうなヤツに出張ってもらうのが手っ取り早いンじゃね?」


そういってダイアンは次の干しデーツに手を伸ばす。


「俺達には水術を使える知り合いがいるじゃないか。連絡を取るのは骨だけど、取れれば飛んでやって来てくれるぜ」


ダイアンは干果を宙に放り投げると、パクリと口で受け止めた。






★☆★☆






両手の中で棍を回す。


身体の前で風車の様にくるくると。


さらに身体に沿わせて移動させていく。


くるくる


くるくる


最後に手首でくるりと回してから掴み軽く地面を突く。


ぱから ぱから ぱから

   こん   こん   こん


クレティエンヌの蹄鉄のリズムの裏を取る。


それも飽きると腰の付与ポーチに収納し、水球を呼び出して自身の周りを周回させる。


複数の水球を横だけではなく、×の字を描くように身体を中心に回し、左手を突き出すと、水球達は次々と合体してその姿を大きくする。


水使いの能力で制御していなければ相当な重量だ。


そして右手で水を毟ると、宙に向かって高く放り投げる。


毟られ高く放り投げられた水球は例外なく自由落下をはじめ、最後の一個を放り投げると同時に始めの一個が戻って来た。


そこからはお手玉である。


両手を駆使すると水球が宙に輪を描く。


「っと」


歩きながらお手玉をしていると窪みに足を取られてしまい、両手のタイミングが乱れる。


「とっ、とっ、と」


捌き切れないと判断すると、一つだけ制御下に置いた水球で、落ちてくるそれらを受け止めていく。


とぽぽぽぽぽ……


全て受け止めると、水球を手の中で引きのしていき投槍に変形、ステップを踏んで空に向かって投擲する。


風を切り裂いて飛翔した水槍であったが、制御範囲を外れると水飛沫となって散ってしまった。




「のどかね~」


「そうねぇ」


春の暖かな日差しに、馬上の二人から言葉が漏れた。サリィは?といえば、おくるみの中で寝息を立てている。


「こんなにノンビリしていていいのかしら?」


「いいのいいの。ナスリーン、ずっと働き詰めだったんでしょ。ミリヴィリスの結婚式も秋口だし、定期連絡を入れていれば、それまでに戻れば問題ないわよ」


「そうかなぁ」


「何かあればじゅうたんで一っ飛びだから安心しろ」


俺の一言に、不安げだったナスリーンも折り合いがついたようだった。




ちょっとした小川と丁度よい木陰があったので、昼飯時という事もありそこで休憩することにした。


水は川から直接汲まず(生水厳禁)、周囲に満ち溢れている水分を集め、やかんに火をかける。


同時に魔法陣収納から作り置きのスープも取り出す。これは毎晩鍋一杯に作り、三食に分けて消費しているものだ。


三食目は具の量も寂しいので、乾燥させた野菜と干し肉も足し、それらがふやける頃にはスープも十分温まった。


そして焼き締めたパンをスライスして添えれば出来上がり。これでも旅の空では贅沢である。


行商人の昼飯なぞ、硬いパンを水で流し込むのが一般的なのだ。




昼食も終わると食後のお茶だ。


エステルが淹れている間に、こっちは汚れ物を洗ってしまう。洗浄後の水滴も水術で吹き飛ばし、収納して戻ると、ナスリーンがカバンを漁っている。


ちなみに付与も何もしていない。お気に入りのカバンなのでいじりたく無いとのこと。


取り出したのはアクセサリーを入れるような小さな巾着が二つ。


「あれ?それって?」


「ん?あぁ、例の魔珠よ。魔力で染まる奴。ヴィリュークに全部上げた後、ダイアンとアレシアが来てね。二人の分だけ新たに作ってあげたんだ。それで定期的に確認しているってわけ」


ナスリーンは巾着の口を緩め、手のひらに魔珠を取り出した。


「えっ?」


「「……」」


手のひらには同じ色の魔珠が二つ。


「まさか」


もう一つの巾着からも魔珠を取り出す。どっちがダイアン巾着ので、どっちがアレシアのか知らないが、魔珠はどちらも同じ色に変わっていた。




そこからのナスリーンは素早かったが、出来ることはほとんどなかった。


定期連絡に使っている魔道書簡伝達器(交換日誌ではない)に状況確認の依頼を書き込むが、“関係各所に確認を取ります”と返事があったのは午後過ぎ。日没後にやっと返って来た返信には、“お問い合わせの契約者二人は、灌漑の工事現場におります。現場からは特に連絡もありません”と返信が来た。


別ルートの情報を得るべく来た道を戻らず先を急いだのは、そちらの方がギルドのある街に近いからだ。


「どう思う?」


「何か分からないけれど、何かが起こって私たちに助けを求めているんでしょうね。ナスリーンに助けを求めたら、あなた一人で動かない、誰かに助けを求めると予想されてるんだと思う。あなたの職場の伝手は当然として、あとは私。それから───」


「俺だな」


「そ、ヴィリューク。灌漑現場までの移動・荷物運びにはうってつけだもんね。そういえばあなたの水の事、彼女たちって知っていたっけ?」


「どうだったかな?けれども水鳥流を名乗れるのだから、そう言う事でいいんじゃないか?大っぴらにするつもりはないが、水術師(・・・)ってのを秘密にしたいわけでもないしな」


「けど連絡が届いていないのはなんでだろ?」


「現場に伝達器が備えられていないのならば、連絡手段はヒトの足しかない。そこへナスリーンの魔珠があったから、兎にも角にも知らせて来たと考えるのが筋じゃないか?となると、今現在研究所にもギルドにも連絡が届いていないのも頷ける」


「取り敢えず二人がピンチだってことは分かったけど、当の本人たちはどこで助けを求めてるのよ?」


エステルの問いにポーチを(まさぐ)り、この国の(大雑把ではあるが)地図を取り出し広げた。


「俺達は今この辺だ。半日もかからず次の街に着くだろう。王都ラスタハールがここ。ナスリーン、灌漑事業はどの辺だ?」


「───ここ一帯よ」


ナスリーンはとある一角を丸く指し示し、溜め息をついた。


その位置は適当で不正確な地図であっても、遥か彼方であることが一目瞭然であった。


「なによ!ラスタハールの向こう側って正反対の場所じゃない!」


エステルが大声を上げるのも無理はなかった。








2019年12月四日、ペシャワール会所属の中村医師が亡くなられました。ご冥福をお祈りします。

襲撃の一報を聞いた時、命に別状はないとあったので胸を撫で下ろしていたのですが、亡くなられたとの続報に目を疑いました。


この作品を思いついた切っ掛けは、ペシャワール会のアフガニスタン緑化事業の動画からです。ニコニコ動画YouTubeにありますので、よろしければ検索してみてください。


さらには中村医師の著書も参考にさせていただきました(作品に反映出来たとは言っていない)


事件から約二週間、プロット作成と今回の更新までできたのは、自己満足ではありますが何かしら残したかったからです。


皮肉にも事件が無かったら、ヴィリュークたちは今でも呑気な旅をしていたに違いありません。彼らにはしっかりと苦労してもらおうと思います。


今話は二週間で何とかなりましたが、更新は月一になるとは思います。遅筆で申し訳ありませんが、どうかお付き合いください。


お読みいただきありがとうございました。

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