それが生まれた日
「完成じゃ」
バルボーザは出来上がった魔法陣の輪を、筐体上の凹みにはめ込んだ。
同心円の三枚のうち、今はめ込んだ真ん中の輪のみが回転するよう作られている。
「さぁ、試運転しましょう!」
エステルはあらかじめ用意していた原紙を、筐体中央のホルダーにセットする。バルボーザは筺体下部に金属板を据える。
どちらも設置した位置が必ず中央に来るように設計が為されているのだ。
「で、誰がやる?」
「じゃ、ナスリーンお願い」
「ええっ?わたし?」
「使った感想も聞きたいし、私達は横で動作チェックしてるから」
突然のご指名に、戸惑いながら筺体の前に立つナスリーン。左手を天板の端に、右手を例の輪に添える。
「制御無しでコマンドワードだけで発動するとか、魔道具って便利ね……」
“透写”───魔力が緩く流れ、ナスリーンの言葉を合図に、筺体下部に転写する魔法陣が映し出される。転写対象より明らかに大きい。
“変倍”───ナスリーンの右手が魔法陣の輪を左右に回すと、それに合わせて下に映された魔法陣の大きさが変わる。スルスルと輪を回していくと、転写対象に魔法陣の画像が収まった。
“転写”───音もなく動作が終了。画像が消えた代わりに、金属板には画像の魔法陣が描きこまれていた。
「動作は問題無しね!」
彼らの仕事なら間違いないのだろうが、結果が目の前で明らかになのは見ていても気持ちがいい。
「次は動作後の確認じゃわい」
バルボーザは大きな拡大鏡を手に、各部のチェックに余念がない。
セットされていた金属板や転写の原紙をエステルに渡し、各魔法陣をはじめ可動部の動作も丁寧に確認していく。
「よし、完璧な仕上げをしたと分かっていても、己で結果を確認するとホッとするわい」
「……ねぇ、ナスリーン。これ」
「ん?」
エステルが胡乱げに原紙をナスリーンに渡してくると、彼女も角度を変え、眺め、透かして見やる。
「あれ?」
「おかしいよね?」
「どうした、なんぞ問題でもあったか?」
女二人が首をかしげていれば、もう一人の製作者もそこに加わる。
「「原紙が劣化していないのよ」」
言われてみれば原紙の劣化が無かった。通常、転写魔法の対象になった紙は、その紙の質はもとより、描かれたインクも劣化したり薄くなったりする。劣化が抑えられたとしても、再利用が一回できる状態ですら稀である。
「いつもなら読める程度なのに……これ、未使用って言ってもいい状態だよね」
ナスリーンの指摘にエステルも頷いて同意する。
“バシッ”
「ならばテストするしかあるまい!」
バルボーザが十数枚の金属板を手にして吠えた。
「……何枚転写可能なんだろう」
「劣化の兆しもないよね」
五十枚転写し終えた時点で金属板が底をついた。バルボーザは転写する素材を、まだ漁っている。
「ねーえー、もう終わりにしましょうよー」
エステルの声にしぶしぶ戻ってくるドワーフ。
「紙の劣化が無いのも分からんが、インクの薄れが無い事がもっと分からん!───鍛冶妖精の祝福の仕組みを解き明かすこと自体が無謀じゃったか、はぁ」
「小人の、いや鍛冶妖精の仕業って事で収めておいた方が、不眠症にならないと思うぞ」
「たしかに。どこかで折り合いを付けないと、夜も眠れないわ」
エステルの言葉に乾いた笑いが漏れ、この一件はここまでとなった。
「膨大な借りと言うか、貰ったものに見合う対価と言うか……とどのつまり、お主に何を用意したら良いか見当もつかん!」
やけくそとばかりに声を上げたが、その発言もすぐさま否定する。
「いや、何が相当か分かってはおる。ぶっちゃけてしまうと、正直やるのが惜しいというか愛着があるというか」
「別にお礼なんか要らないわよ。面白い物も見れたし、妖精にも出会えたし、私としては十分ね」
“そうよね?”とばかりに、俺とナスリーンに同意を求める視線を投げかけてくるのだが、俺達が頷けるわけが無かろう。
「えぇい、これだけの物を作られといて、手ぶらで返すってなぁドワーフの名折れ!ワシのゴーレムを受取ってもらおう。返品は認めん!」
“分かるよな?”とばかりに、協力を求める視線をこちらも投げかけてくる。視線をそらした先のナスリーンも、明後日の方向を見ている。
「ロバゴーレムを?!貰えるわけないじゃない!エルフのじゅうたんみたいにドワーフに広めるんでしょ?それに貰っても私じゃ乗ってあげられないから可哀そうよ!どうしてもってなら、え、と……何かアクセサリー!つくって!それがいいわ!」
「アクセサリー?妖精の祝福が授けられた魔道具の対価に、いかなドワーフの装飾品でも百や二百でも足りぬわ!」
二人そろって怒鳴り合うものだから、うるさくてたまらない。ナスリーンと揃って耳を塞ぐがあまり効果がない。
「それと渡すのはロバじゃあない、馬ゴーレムじゃ!」
意外な発言に塞いでいた手が緩んだが、その場は静まり返ってしまっていた。
「まずは見てくれ。見て貰えれば、気も変わるはずじゃわい」
工房から一つ手前の厩(と言う名の格納庫)へ戻ると、一番工房側の馬房に入る。
そこには埃避けの布がかかった物体が佇んでいた。
静かに二枚・三枚と布を外すと姿を現し、俺たち三人は思わず息を呑み、目を反らせずにいた。
「凄い……見事な馬体だ。モデルはいるのか?」
「勿論。あやつに出会えたのは幸運じゃった。月毛の闇夜に映える姿だけではなく、その走る姿も美しかった。毛並みは無理じゃが、色と質感は再現できている。少し手古摺ったがのう」
バルボーザの説明は続く。
当初ロバゴーレムを作るには、些かサイズが足りなかった。なので、馬サイズで試作品を作り、そこからダウンサイズを目指したのだそうだ。しかしそこは物作りのドワーフ。手を付け始めると、あれもこれもと搭載したい機能が山の様に積み上がる。
全て搭載しては幾ら余裕があっても足りないということで、大ナタを振るって魔法陣収納などの代替が効くものを削除。馬ゴーレムならではの機能と呼べるものを厳選した。
「───のじゃ!」
「今更ながら……エステルと同類だな」
「種族と専門は違うけど、その通りね」
「「失敬な!」」
二人して同じ言葉で否定しても説得力はない。二の句を継いだら藪蛇になると分かったのか、無視して説明を続けるドワーフ。
「特筆するのは七つの機能じゃ。
一つ、サーチライトの目。明るさはもちろん調整可能。
二つ・聴力千倍……ではなく、余計な音は無視して拾わず、遠くの異常な音を察知して知らせる。
三つ・学習機能。教えた事を覚えて行動する。最終目標は人工知能としての自立じゃ。
四つ・多言語対応。種族方言も理解するぞ。
五つ・十万馬力」
「待て待て待て。十万?ばりき?」
「十万まりき、じゃ。馬、十万頭相当の魔力を蓄えられる」
横の二人を見ると案の定、得も言われぬ表情だ。絶対語呂の良さだけで決めているだろう。
「馬一頭の魔力量って知ってる?」
「知らない。そんなの文献でも見た事ないし聞いた事もない。そもそも馬の魔力って計れるの?」
「細かい事言うな!ワシが出来る最大の魔力貯蔵量じゃから、言ったもの勝ちじゃ!」
「何でそこで大雑把になるのよ……」
「うるさい!続けるぞ!
六つ・空を飛ぶほどの跳躍力
七つ・臀部にダーツの発射口。護身用で連射も出来るぞ。平時は隠れておる」
「……意味が分かんない」
「七という数字にこだわって、無理矢理機能を加えていない?」
「あとの三つ辺りから、とってつけたような能力だよな。ネタが尽きたか?」
「なにおう!?七つ目のダーツは自動生成じゃぞ。口から土や石を食べて体内で作り出す機構のどこが適当な能力じゃ!」
「……それはさておき、面白そうね」
エルフの方の魔法陣バカが舌なめずりを始めている。さっきは“貰えない”とか殊勝なことを言っていた癖に、獲物を目前にして態度が変わりやがった
「はい、ストップ」
「なんでよ!」
得物を目の前にして制止すれば、抗議の声が上がるのは分かりきっていた。
「連日夜更かしばかりだったからな」
「言うほどしていないわよ」
それは俺やナスリーンが注意していたからである。
「バルボーザ、あんたもだ。あんたが動いていると、エステルが落ち着かない」
「儂は無理なぞしとらんのじゃが。まぁいい、今晩はゆっくりと晩酌でもするとしよう」
“ぶうぅぅ” エステルが頬をふくらませている。
「酒の肴はあるから、そんなにふくれるな」
ドワーフが紙束を手に機嫌を取るのだが、それはひょっとしなくとも馬ゴーレムの───。
「腹に入れる肴も欲しいのじゃがなぁ……」
「ううぅ……仕方ないからあなたの策に乗ってあげるわ。仕方なくなんだからね。ヴィリューク、ナスリーン、買い出しに行くわよ!」
分かりやすく元気がいいのはお前の美点だよ、エステル。
あれから規則正しい生活を送っている。誰とは言わないが夜更かしに耽る者達はいない。
俺はと言えば、切紙の伝書に掛かりっきりだがもうじき出来上がる。向かいではエルナルドさん……ではなくエルナルド師範が印可の伝書の真っ最中だ。
同じ室内での作業だが、その内容は窺い知れない。
実はこの伝書が済んだら、この道場をお暇するつもりだ。いい加減長居をし過ぎた。
エステルは楽しい日々を過ごしているが、ナスリーンは少し肩身が狭そうにしている。それでも稽古の時間は自身の鍛錬で参加しているし、道場の雑務もかって出ているので小さくなる必要は全くない。
なぜなら門下生たちは稽古で傷をこさえると、鼻の下を伸ばしてナスリーンに治療を請うありさまだからだ。
しかしこのフデと呼ばれるペンには苦労させられた。動物の毛を束ねた筆記用具で、紙に手を付かないで書くのだが、その先端だけを紙に滑らせる筆法に慣れるまで四苦八苦するありさまだった。だがスミと呼ばれるインクは、製法が違うだけで煤を原材料にしているらしい。
「できた……」
ようやくの完成に言葉が漏れた。
書き記した紙を並べてみるが、机では足りないので床にも広げていく。
「うへぇ」
前半と後半の字に差があり過ぎる。これでも納得がいくまで書き直したのだが、最後のページと最初のページの筆跡の下手さが(上手さと言うにはおこがましい)明らかなのだ。
「どれどれ?誤字脱字は無いのだろう?」
床に広げられた紙を手に、エルナルド師範が聞いてくる。
「それは間違いな……ありません」
「なら問題ないね。このまま綴じてしまおう。でも対外的に思うところがあるならば、新たに書いてもいいんだよ」
拙いページだけ書き直すか。しかし延々と書き直しが続きそうでもあるなどと思い悩んでいると、遠くからいつもの声が聞こえてくる。素早く一纏めにしてこのまま綴じることを伝えると、道具を用意してくれるそうなので明日にでも作業することになった。
「ヴィリューク、できたから来てちょうだい!」
「実家じゃないんだから走り回るな!もっと節度をもってだな」
この道場の主人もエステルに甘すぎる。なんだってこいつに対してみんな───
「さぁ、早く!」
強引に引っ張って来るのでたたらを踏みながら連れられて行くと、師範が手を振って見送って来る。何笑ってるんだ師範!
半ば強引に連れていかれた俺は、予想通り彼らのお披露目に付き合わされたのだった。
それからの三日間は淡々と過ぎていった。
伝書の装丁は何事もなく済み、オガティディ一家へ暇の意思を伝えると、労いの言葉をかけられ一席設けられた。
その席では本家道場だけでなく下町の道場からも参加者がいたが、昼間に下町道場で挨拶をした時の子供達のほうが、惜しんでくれていた気がする。
市場で出会った魚屋?一家も赤子を抱えて挨拶に来た。夫婦が口々に礼を述べ、さらには彼女らの上の子供二人が声を揃えて“おにーちゃんありがとー”と言ってきたのには、柄にもなく照れてしまった。
そして出立の当日。
最近は空気も温み日が差して暖かいせいもあり、サミィは赤子用のおくるみから抜け出して、馬ゴーレムの鞍の上に座っている。
そうそう、バルボーザからは馬ゴーレムだけでなく、馬具一式まで譲ってもらってしまった。
さすがに馬具にまで魔法付与はされておらず、それでもドワーフのメガネに適った作りの良いものだ。
はじめは屋敷の門前で別れの挨拶を済ませるつもりが、街の門まで見送られることになった。
馬ゴーレムの轡を引くくらいだったら目立たなかったのだろうに、オガティディ剣術道場の主だった関係者たちと連れ立って歩くさまは、自然と前を歩く者達から道を譲られる羽目になる。
先頭の馬の蹄鉄が石畳を鳴らす。
その蹄鉄も打ち付けられたものではなく、ゴーレムに指示することによって着脱が自由自在という勝手の良さ。
結局この馬ゴーレムの馬主はエステル、騎手は俺という事で落ち着いた……というか辻褄を合わせることになった。ゴーレムと言えども馬の姿をしている物を、飾って楽しむ選択肢をエステルは持ち合わせていなかった。
「名前はどうしようかな」
「え?名前つけるの?ゴーレムだよ?」
「名付けないのか?ワシのロバゴーレムも“ヴァロ”と言う名が付いておる」
ナスリーンの反応に二人が怪訝な顔をする。
「ヴァロか。取られちゃったな~ヤスヒコ=ヨシヒコの“鋼馬戦記”からとはいい趣味ね」
何かの本から取ったのだろう。ロバの逆読みかと思ったが、それを口にすれば彼らの口撃が始まるのは確実だ。
「お仲間が居ってうれしいわい。名作なのに知っている者が少なくて、侘しい限りじゃったからの」
そんな流れをぶった切ってエステルは宣言する。
「あなたのきれいな馬体には“クレティエンヌ”がお似合いだわ!」
「あ、それなら知っているわ。エティングス夫妻の“マロール物語”からね」
ナスリーンも知っている本なのか。エステルは“名案”とばかりに馬体をパシパシと叩いている。
「ほう。探して読んでみようかのう?」
「馬の物語じゃないからどうかしら?後世、魔道王と呼ばれた少年の旅物語なんだけど」
「かまやせんわい。大体モノづくりなんぞ、本に登場した物に憧れて研究する者もいるくらいじゃからな」
バルボーザの言葉に頷いているエステルを見て、馬鹿に付ける薬はないと、しみじみ思ってしまった。
そんなやり取りをしていると、街壁まであっという間に到着。門前の広場の端で最後の挨拶を交わす。
「これからどうするんですか?」
コロンさんが聞いてくる。隣にはエルナルド師範が寄り添っている。正式にくっつくのも時間の問題だ。
「王都に戻るのは決まっているが、同じ道を辿るのも面白くないからぐるっと回って行くつもりだ」
「大丈夫なの?」
「招待された結婚式に間に合わないようなら、最後の手段があるさ。あまり早いと旅の面白みに欠けるから、本当に最後の手段だけどな」
最後の手段を使えば“クレティエンヌ”だって問題なく連れていける。腰のポーチを叩くと違う感触があったので、引き抜いてみると花が二輪さしてあるではないか。
誰がいつの間にと視線を巡らせると、見覚えのある小僧と中年の男が軽く手を振り雑踏に紛れ、その間を馬車の列が通過し始めると行方は分からなくなってしまう。
あぁ、またしてやられたか。
「エステル、ナスリーン、これ」
二人に一輪ずつ手渡す。
「これどうしたの?」
「顔見知りが“挨拶”してきたんだ」
“挨拶かえさないと”と律儀に行ってくるが、用事を済ませたら素早く立ち去るのが彼らの流儀だ。もう行ってしまったと伝えると残念そうな顔をする。
馬車の列も最後尾が見えて来た。あれが通り過ぎたら出発しよう。
「おう、エルフの兄ちゃんじゃないか。これからかい?気ぃ付けてな!」
馭者台の横に座っていた男から声をかけられた。反射的に「おう!」と声を返したが、思い出したころには馬車は通り過ぎてしまう。
「どこの誰?ヴィリューク、顔が広いね」
「この街に来るときに知り合った奴だ。たしか……トニオといったか?商会の名前も聞いたんだが、何だったかな」
「フォルゴレー商会のトニオですね。腕も立つし人望も厚いと聞いています」
水鳥流当主の耳に入っているとは、結構な腕利きだったようだ。
振り返ってみるとこの街で沢山の知り合いが出来た。ひねくれものなら“しがらみが出来て面倒くさい”と不平不満を口にするだろう。
自分も一人で砂漠縦断配達業をやっていたからそちら側かと思ったが、思いのほかこれらの繋がりに胸の内に感じるものが有る。
「では、世話になりました。何かあったらギルド経由で連絡を貰えれば飛んでいきますよ」
「文字通りですね」
ひとしきり笑い声が響くと、三人連れ立って歩き始める。
腰には無銘の魔剣と付与ポーチ。手にはゴーレムの手綱。エステルもナスリーンも、まだ乗るつもりはないらしい。
門をくぐり街壁の外に出る。
振り返ると、それに気付いた皆が手を振るのが見えるので、三人で振り返すが適度に切り替えて前に向き直る。
さぁ、いこうか。
今度こそ本章終了です。
改めて思いますが、物語を終わらすのってホント難しいです。
自分自身の好みが、小説も漫画もアニメもエピローグ充実派なので、今話の終わらせ方に満足できていません。
出来ていないのですが、実力不足でこれが精一杯でした。
本当に申し訳ない(*ノωノ)
次章は未定です。
シーンはいろいろ思い浮かぶのですが、全く繋がっていません。これって妄想ですよね、ぶつ切りのシーンばっかり思い浮かぶんですもん。
小ネタを色々ぶっこんでしまいましたが、何卒寛大な心で許してください。なんでm(ry
感想?皆さんの反応が怖くてお願いできません。
でも、グッと来たところとか教えてくれるとうれしいです。
ではまたいつかお会いできましたら。
お読みいただきありがとうございました。