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ナスリーン受難、もしくは職人の熱量

前回で印可伝授の所を皆伝と間違えています。申し訳ありません。






「印可、おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます。しかし、まだ内定であって───」


少し離れた所ではコロンとエルナルドさんが向き合っているが、何とも微妙な距離感であるうえに、何とも甘酸っぱい雰囲気だ。


後ろから蹴とばしてくっ付けてやりたい。




「ふぅ」


俺は尻についた泥を払い落し(濡れていたのを乾燥させて、だ)、隅で待つエステルとナスリーンの所へ戻った。


「おつかれさん。それとも残念だったね、って言ったほうが良いのかな?」


「目録が貰えたのに、良かったのかい?」


そんな二人の言葉に、俺は向こうの二人をそれとなく示して否定すると、何とも言えぬ笑みを浮かべて納得してゆく。


なんともかんとも。




鍛錬場の隅で休んでいると、時折他の門弟たちから祝いの言葉や、“今度一本”と手合わせの申し込みなど声がかかる。


預かってもらっていた刀とウエストポーチを受取ると、魔力鍵を開けて刀を収める。


ウエストポーチを腰に巻いて、はたと思い出した。


「なぁ、エステル。バックルも魔力錠に出来ないか?」


「できるけど何かあった?」


そう言えばこれを掏られた話をしていなかったな。


「一度、スられたことが───」


「そこンとこ詳しく」


(えら)い迫力で迫ってくるエステルを宥めながら、例のスリ師弟の一件を話して聞かせた。


一緒に聞いていたナスリーンの反応もよく、スリ師弟相手の追跡劇を身振り手振りで話して聞かせる。


掏られた場面では機嫌が悪かったエステルも、師弟を捕まえてアジトに乗り込む所では目を輝かせ、ポーチの警報鳴り響く場面では得意気になった。


場面が敵のボスとの対峙に移り、水壁でファイアボールを防いだと口にしたところで、後ろから感嘆の声が上がった。


ぎょっとして振り返ると、気配を殺して話を聞いていた門弟たちがズラリ。


「お前、すごい事やってんな。それよかそれからどうなったんだ?なぁ」


彼らにも促され、敵のボスたちを水中遊泳で懲らしめた話が終わる頃には、俺はもう新参者ではなく、水鳥流剣士の一人に加えられていた。




「また聞かせてくれよな!」


ようやく解放されたかと思いきや、まだむくれた顔が二つ待ち構えている。


「危ない事して「何かあってからじゃ遅いんだからね!」」


「わかったわかった」


ハモって攻められると胸がチクリと痛む。


「取り出し口の留め金はしっかり作ったけれど、丸ごと掏られる事は想定してなかったな~」


「私なら魔法で鍵をかけられるけれど、なにか対策した方が……いろいろ(・・・・)入っているしね」


ナスリーンの言う通り、中には物騒な武器が入っているのだ(主に、ばあさまのせいだが)。今の留め具は二つの輪に通して留めるベルト状のものである。


「ちゃんとしたバックルはなぁ……」


「流石のエステルも、金属は守備範囲外という訳ね」


「カナモノ系は流石にねぇ……ポーチのバックルに宝玉系付与なんかしたら、派手な寄せ餌(ルアー)で誘っているようなものよ」


ばあさまが作ったという魔剣は、鍛造系じゃなくて宝玉系だ。以前大女のダイアンに譲ったフランベルジュの魔剣がそれにあたる。




「心配してくれる綺麗どころが二人もいれば、コロン嬢ちゃんに(なび)かぬのも分かろうというもんじゃの」


視線を向けるとバルボーザが髭をしごきつつ佇んでいた。


「それはそうとおめでとう。エルフが切紙を得たのは初じゃな」


「ありがとう、ございます」


返礼をしていると横から突かれるので、エステルとナスリーンを紹介しておく。


「で、だ。話は聞かせてもらった。祝いと言うには“ちと”小さいが、わしが作ってやろうか?刻む魔法陣の図柄も任せて貰ってもよいし、そっち(エルフ)の物でもよいぞ」


「すごいじゃないヴィリューク。ドワーフの細工物はちょっとしたステータスよ!」


「エルフの織物だって一財産だろうに。立ち話もなんだ、こっちへ来い」




連れ立ってバルボーザの馬房に入ると、二人の好奇心がうずき始めたようだ。


「わぁ……」


「ゴーレム、ですか?あなたが?」


「あぁ、そうだ。それよりこっちだ」


興味津々な反応に、悪い気もしないバルボーザは奥へ促す。


奥の工房には窓明かりが差し込んで暗くは無い。だがバルボーザは腰の火口箱のふたを開け一言。


(とも)せ」


細い火線が走りランプが灯る。


「デザインサンプルを持ってくる。掛けて待っててくれ」


勧められるがまま、にテーブルの周囲の椅子に腰かけて待っていると、紙束を手に戻って来た。


太い指でページを捲っていく紙束は、どうやら鎧のデザインを集めた物のようだ。


「沢山書いているのですね」


ナスリーンが言うように、これだけでも一財産だ。


「デザイン通りに作れることは稀だ。金属鎧ですら使用者の体形を見て変更せねばならん。革鎧もそうだ。革のサイズによってもどれだけ使い物になるか、討伐した時の傷が大きければ切り出せる部位は自ずと小さくなる。せっかくの稀少な獲物の革であっても、切り貼りして形にすることはザラだわい……っとこれだ」


広げたページは鎧の腰部のデザイン画だった。


「へぇ。全身鎧(フルプレート)ってこんなに部位が分かれているんだね」


「腕とか脚とか、部位を分けて固定しないと大変なことになる。昔見たシロウトのデザイン画なんざ、全重量を肩だけで支えているのがあったぞ」


「……それは、肩が凝りそうだね」


「ふはは、違いない。で、お勧めはこれだ」


ひとしきり笑った後、彼が指さしたのは四角いバックルだった。


次のページが捲られると、バックルの展開図が現れる。外見は四角い箱状だが、内部は鉤状の凹と凸がかみ合っている。


「デザインでは単なる細工物のバックルだ。凹部の両サイドを押すと細工が外れる。サイズを計ろう、ポーチを出してくれ」


バルボーザは出されたポーチを採寸し、それを元に設計図が起こされる。


「この大きさだとすると、陣は三つまで。となると……堅牢・錠前・魔力貯蔵がよかろう」


「一つに纏めて描けるでしょ?なぜ?」


エステルが意地の悪い笑顔でバルボーザに問いかける。


「陣同士の連結問題を言っておるのか?んなもん朝飯前じゃ。わざわざ分ける理由は、手入れや修理を楽にする為だわい」


“何、当たり前のことを”と彼が視線を上げると、彼女の反応は反転し喜色一杯になる。


「そうよね!バックルの取り付けは何でやるの?」


「ミスリル糸で縫い付ける。なぜなら───」


「三種の魔法陣と連結させて、ミスリル糸もその影響下に収めるため」


二人はニヤリと笑い合った。




バルボーザはサイズ違いの板を取り出してテーブルに並べた。


(はがね)にミスリルを少々、他にも数種類混ぜた合金ってやつじゃ。細かい所は聞くなよ」


「ドワーフの秘伝ってやつね」


「いや、わしの秘伝だ。金属の種類がバレようとも、配合は絶対にわからんわい」


ひげの生えた口元を歪めてニヤリと笑う。


そして紙を一枚広げると、デザイン画を元に実寸の設計図を引き始めた。


「このサイズだと手持ちがあったかのう……」


独り言ちながら引き出しを漁るバルボーザ。


ごろごろと対となった鍵部を複数テーブルに転がし、(くちばし)状のものが頭に着いた定規?を手に取り、その嘴で一つ一つ挟んでいる。


「これが良かろう」


「ね、ね、それ何?」


エステルが止まらない。いや、ここに入った時から分かっていた事なのだが。


「正確なサイズを測る測定器だ。これを考えた者を称え、その者の名前を取って、我々はノニゥスと呼んでいる。これを作れるのは大変誉れ高い事だが、精度が満たされていない物は例外なく鋳つぶされる」


エステルが手に取りたくてうずうずしているが、“不正確は悪だ”との言葉に、自重する理性は残っているようだ。




「刻む魔法陣だが、これと……これと……これだ。腹側に魔力貯蔵、中央に錠前、外側に堅牢の陣を配置する」


「珍しい形の陣ね」


エステルが指摘したのは錠前の陣だ。


「これはコイツらに描いてやるんだ」


バルボーザが二つに分けた錠前を手にし、俺達に見えるように“カチッ”とかみ合わせる。


「あぁ!かみ合って初めて魔法陣になるのね」


内側で目に見えないギミックなのに、二人とも楽しそうである。苦笑しているナスリーンと目が合ったので、肩をすくめて見せた。


ここでようやっと組み合わせ方が分かって来た。


バックルとして表から見える外側、その内側に魔法陣を描いた板が取り付けられ、中心に錠前が取り付けられる。


組み立ての順番は分かったが、これらをどうやって固定するか皆目見当がつかない。


まさか融け合わせてくっつけるはずも無かろうし、(にかわ)などの接着剤を使うとか……いや、ドワーフの細工なんだから金属同士の固定方法があるのだろう。




「堅牢と魔力貯蔵の陣も独特ね。エルフの物と違うのは、刻む対象が繊維ではなく金属だからかしら。私はこんな感じで描いているわ」


見せて貰うだけでは申し訳ないとも思っていないのだろう。ただ単にエステルは、魔法陣に携わる者として意見交換をしたいだけに見える。


「ふむ……素材の差による描き方の違いじゃろう。お主のは対摩耗性を持たせた堅牢と言うべきか。金属の摩耗とも違う描き方とは……調べてみたい所じゃが……・うむ」


刻むとか描くとか言っているが、とどのつまり手法は何でもいいから、魔法陣としての形を成せば良いのである。


布で言えば、直接描いても、刺繍で形作っても、機織り時はじめから陣を模様にしてもいい。染色で一着の服を魔法陣として成す職人芸も存在するが、ここまでくると付与魔法や強化魔法との境界も曖昧になって来る




「錠前には彫金の要領でワシが刻む。残りをまずは下書きじゃ」


次にドワーフが取り出したのはインク壺とペンだ。


「随分と細いペン先ね」


「これくらいでないと細かい陣が刻めんからな」


バルボーザは“どっか”と腰を下ろすと、取り出した単眼鏡(モノクル)をはめながらペンを取る。


「これは目が疲れるから、休み休みやるので時間がかかる。錠前の陣も併せて、まぁ、一日仕事程度じゃな。明日また来るといい」


「……これ、転写の呪文で出来ると思うのだけど?」


ナスリーンがぽつりとつぶやいた。


「なに?」


それを聞き逃すバルボーザではなかった。単眼鏡(モノクル)を跳ね上げ、ナスリーンに迫り寄る。


「近い近い!落ち着いて!」




「やって見せたほうが早いよ」


エステルは無地の紙束を取り出すと、一枚に真円を描き、その中に六芒星を描きこんだ。その中心にルーンを刻んでナスリーンに手渡す。


「おまじない程度のものだけど。はい」


「私がやるのね……まぁ、いいわ。あれから少し改良していてね……■ ■■ 透写──縮小、──転写」


手慣れたもので、ナスリーンは呪文に続いてコマンドワードを口にすると、原紙の陣より小さなものが転写される。


「むっ、むむむ……」


バルボーザは二枚の紙をひったくると、見比べ、透かし、単眼鏡(モノクル)で拡大しながら確認していく。


「これはね───」


「待てっ……これは……対象に……転写…縮小という事は……ルーンも鮮明に……そう旨い話があってたまるか……何かしらのデメリットが……」


考察を邪魔されたくないのか、ナスリーンの言葉を遮り、ブツブツ呟くバルボーザ。呟きが終わると紙を置き、彼はナスリーンに一気に迫った。


「やり方を教えろ。ただとは言わん。相応の物を支払うし、作って欲しい物があるなら言え。さあ、さあ!」


「だから近いって!!」


「これがあればどれだけ作業が楽になることか!さぁ早く!」


「……んん~イマイチ。本番は立ち位置と持ち方に気を付けないと、折角の陣が歪んじゃうわね」


そんな二人をよそに、エステルが転写した陣の感想を呑気に口にする。


「ぬっ!?」


その感想にバルボーザはナスリーンを放り出し、エステルの手から紙をひったくった。


「むむむ……言われてみれば若干歪んでいるか?発動には問題ないが、元の美しさが損なわれるのは許せん……おいっ、早く教えんか!」


「何が“むむむ”よ。エステル、任せた。私、もういや……」


「はいはい。じゃ、私が教えるわ。難しい物でもないしね」


ナスリーンはげんなりと椅子に身体を預け、身体を脱力させた。




バルボーザはあっという間に転写の魔法を習得した。しかしそれで良しとしなかったのは、彼が職人たる所以であろう。


「まずは叩き台で使い勝手を確かめるぞ」


陣を刻む金属板より少し大きめで、枠が作られた。枠の上面には“回”の形で中央がくり貫かれた板が二枚。これで原紙を挟んで設置するらしい。


「これで下の板に対して、上の原紙も水平だ。固定することによって、位置ずれや手振れも解消される」


ドヤ顔でいるところ悪いのだが、そこにあるのはどう言い繕おうとも、何の変哲もないただの金属の骨組みである。


「ちゃんとした形にするのはまた後だ。始めちまうとバックルが後回しになっちまうからの」


「ねぇ、いっその事この呪文、魔法陣に落とし込む?倍率変更の設定は、面倒くさいだけで難しくはないから何とかなるわよ」


“これから使い倒すんでしょ?”とエステルは提案する。


「できるのか!?」


「まあね」


事もなげにエステルは言ったが、バルボーザは悶え苦しんだ。


「頼みっ、たいっ、がっ!対価、対価が膨らむっ……払えるのか!!?!」


「そんなに悩むことなの?それじゃあ……アレ!アレ見せてちょうだい


エステルは何もない工房の入り口を指さす。だがバルボーザには、おのれが何を要求されているのかすぐに分かった。


「隅から隅まで───なんて言わないわ。面白そうな物作っているじゃない。あれ、試作品(プロトタイプ)?これから専用機を作るの?それとも量産機?もっと対価が要るってンなら、私の魔法陣コレクションを開示しちゃうし、なんなら魔法陣大系の写本だってあるわよ」


「───魔法陣大系?」


ゆっくり振り向く彼の姿から、“ぎぎぎ”と音が聞こえた気がした。


「ドワーフの?」

「ドワーフの」


「ドミニク氏の?」

「ドミニク氏の」


「自称神官の?」

「そそ」


「「お前のような神官がいるか!」」


……ハモる姿は以前にも同じものを見た気がする。


「小娘ぇぇ、エルフのお前が何故ドワーフの秘宝を持ってる!!?!」


「何言ってんのよ、秘宝は原本でしょ!私のは写本の写本だし!」


「なにおう!わしだって十数ページしか写しをもっておらんというのに!うらやまけしからん!」


熱くなっているなと傍観していたら、一気に暴走して取っ組み合いを始めやがった。


「水よ」


二人の頭上に水球を生み出しそのまま落とす。


「「ぶふっ」」


エステルは垂れた耳先から、バルボーザはあご髭の先から水を滴らせてせき込んだ。


「二人とも頭を冷やせ」


頭に手ぬぐいを被せ、濡れた服を乾燥させて床の水を回収していると、二人は静かに席に着き冷静な口調でやり取りを再開した。


だがその熱量は倍増してしまったようだ。













ノニゥス=ノギスです。人名のラテン語読みが、訛ったものだったのですね。


物造りが始まったら二人が暴走して止まりません。次回に少し続きます。


お読みいただきありがとうございました。

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