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剣術の段位





「もうじき祝勝会が始まるというのに、お前は何をしているのだ」


「申し訳ございません」


お父様の言葉にファビオが深く頭を下げる。


「気質は簡単に変えられないものだが、それでも克服せねば上の伝書は与えられないぞ」


「その辺りにしてやりなさい。当人も反省しているようですし。しかし困りましたね。この件が無ければ、目録試験の相手をあなたにお願いしようと思ったのですが……」


お爺様が取りなすが、あれ?目録の伝書を得られる者がいただろうか?確かにファビオは免許の伝書を得ているので、試験官を指名されても問題は無かったのだけれども。


「ではエルナルド、頼まれてくれるな?」


「はっ。それで今回の目録対象者は誰でありましょう」


「うむ……諸々まとめて済ませてしまおう。コロン、彼らを呼んできてくれ」


あ、これはもしかして……


私は少し緊張しながら、彼らを呼びに部屋を後にした。






★☆★☆






コロンに呼ばれて入った部屋には、道場のトップが勢ぞろいしていた。


「当主のディーゴと申します。この度は迅速な手当てありがとうございます。魔法の補助もそうですが、傷口も大変きれいに縫って下さり、あれならば治癒後も違和感は少ないでしょう」


「いえいえ。当人には傷口がくっつくまで運動はさせないでください」


「おっしゃる通りですな。お礼という訳ではないですが、暫く逗留していってください。今晩の宴席も是非に。……さて」


ご当主がナスリーンとエステルに礼を済ませると、どうやら次は俺の番らしい。




「うむ。ヴィリュークくん(・・)、ご依頼の魔剣の研ぎが終わりましてね」


お客扱いしてくるイトゥサさん(・・)。布の袋に入った刀を受取ると頷いてくるので、縛ってある紐を解き、刀を取り出す。


外見は変わらないのに、手に取るとしっとりした感触がする。手汗かと思ったが手のひらはさらりとしているし、鞘や柄も湿った様子もない。


「抜いてみても?」


「どうぞ」


鯉口を切っただけで、この魔剣の本当の力が窺い知れる。微量の魔力が吸われる感触に、一旦は意思を込めて抗ったが、抜きながらゆっくりと抵抗を緩めていく。


「ふむ」


「どうかしましたか」


「いえ、微量ですが魔力をもってかれているので。ですがこれくらいなら支障はありません」


「なんですと!ちょっとよろしいか」


奪われた刀はひとからひとへ手渡されていくが、魔力が吸われる感覚は感じられないらしい。


「私にもやらせてください!」


名乗りを上げたエステルも、眉根を寄せて集中する。


「ん?ん~言われてみれば吸われているような、いないような」


「どっちなのよ、もう。じゃ、私にも」


最後にナスリーンが手にすると話は早かった。


「───吸われているわ。けれど、この程度ヒトにとっては誤差よ、誤差。しっかし、魔術師張りの魔力感知ね、ヴィリューク」


どうも魔力感知お化けになっているのかもしれない。過去、いろいろとあり過ぎた。


しかし、抜いただけでこの感覚。試し斬りはしておかないと、いざという時に暴走したら目も当てられない。


刀を納刀し袋に戻すと、腰の付与ポーチに納める。


「ではこちらを」


スッと滑らされてきた紙を広げると、予想通り研ぎの請求書であったが、金額は予想通りではなかった。


いや、それなりのお金はかかると覚悟していたのだけれども。


渋い顔をして数瞬沈黙していると、彼女たちが両側から覗き見して、軽く息を呑む音が聞こえた。


「分割払いでも構いませんよ」と、にこやかなイトゥサさん。


「いえ」


腰のポーチを(まさぐ)って、金貨を取り出し請求書の上に積み上げていく。


“カチャッ”


一山十枚の山を五つ。合計五十枚、彼らの目の前で積み上げて差し出した。


「裸で恐縮ですがご確認ください」


殆どの者が顔を引きつらせる中、イトゥサさんだけはにこやかに金貨を収め、棚に仕舞った。


借金で囲い込もうとしたのかもしれないが、こちとら使い道がないので結構溜め込んでいるのだ。




「さて」


イトゥサさんが居住まいを正すと雰囲気が変わる。


「ヴィリューク、短い期間の修行でしたが、あなたの腕前はここに来た時と比べ物になりません。元々の下地はあったのでしょうが、切紙の伝書を授けられる実力があることは間違いありません。それどころか目録相当と言ってもいいでしょう」


「父上、切紙を与えるだけでもそうなのに、それを飛ばして目録まで与えるには修業期間が短すぎます。他者への示しがつかないし、非難も上がるでしょう。反対です、許可できません」


イトゥサさん(大先生)の評価に、すかさずご当主ディーゴさんが口を挟む。それはそうだろう。向こうからしてみれば、大して修行していないエルフに一人前の(あか)しを渡すという事だ。


ディーゴ当主が言う通り、今まで目録の伝書を授かって来た者たちに示しがつかない。


「切紙とか目録ってどれくらいのランクなの?」


エステルが袖を引いて小声で訊ねるが、俺にだってランクの順番なんて聞いたことがない。


「知らなければ今回の事がどういった意味を持つか分かりようもないですね。よろしい、簡単に説明しましょう」


大先生(イトゥサさん)は手元のお茶で喉を湿らせると口を開いた。




“それ相応の実力に達した者に対して、授けるものが伝書と呼ばれており、流派によって呼び名も違います。例えば『目録』だからといって、その流派のどの段位にいるとは一概に言えません。


我が流派は順番に、切紙→目録→免許→印可→皆伝、となっていますが、ある流派は、初目録→中目録→大目録→皆伝、というところもあります。主なパターンはもう二種類くらいありますが、ここではいいでしょう。それに別の流派では、印可が最高位になっている所もあるので、段位だけ聞いて実力を判断するのは厳禁です。


そう、自分で見て、感じて判断することが肝要なのです。


今回、免許を得ているファビオにヴィリュークの試験をやらせようかと思ったのですが、エルナルドに任せます。彼もまた免許を得ていますから。そもそも免許以上を伝授された者でなければ、指導を任せておりません。


ちなみに年期は浅いですがコロンも免許持ちです。




成り行きでここに世話になり、暇つぶしとは言え、教わるからには真面目に刀を振るってきた。


筋が良いと褒められて、努力した結果身について、今ここで言われるまで伝書など望んではいなかった。


「実力を認めて貰えて、伝書を頂けるのは嬉しいのですが……如何ほど包めばよろしいので?」


金がかかるからと言って辞退はしやしないのだが。


「えぇっ?お金とるの?!私は師匠から免許皆伝って言われて、それでおしまいだったわよ!」


「エステル……あれは、ばあさまだからだ。そもそも、ばあさまは流派とか名乗ってもいないだろう」


それに、ばあさまは弟子に対して色々と詰め込み過ぎる。俺が知る限りでもエステルが教わって来たのは、大きくわけて武術・織物・魔法・魔術だ。


武術の中では少なくとも棍や徒手に剣はやっているだろうし、他にも実際目にしたものでは、符術・精霊魔法・魔法陣・魔道具製作 (付与術)などがある。


こうしてみると、ばあさまはエステルを後継者として育てていたのかもしれないが、日々教え込みこそすれ一々伝書の類いを与えるとは思えない。


「それもそうね。私は師匠に認められたってことだけで十分だわ。……そうか、今まで師匠に教わった時の記録が私の伝書って事ね!後で見返してみようかな」


「確かに、おばさまのお墨付きは一目置かれるわ。それにその伝書も凄そう……けど今となってはおばさまを知るヒトも減っちゃったけれどもね」


「……どなたの事を言っているのですか?」


イトゥサさん(大先生)は、エステルとナスリーンが誰の事を話しているのか聞いてくるが───


「いえ、私の祖母の事ですので。それで、如何ほど───」


「切紙であれば八枚。目録と認められるのであれば更に十枚といったところです」


言及してないが銀貨ではなく金貨に決まっている。


「結構高いのね」


「その上で、あなた自身で伝書を筆記してもらいます。二・三日では終わる量ではありませんし、業の解説では図解を写してもらう箇所もありますから───頑張ってくださいね。一番下……いえ、一番初めの段位とは言え、のんびり書いていると一週間はかかりますよ」


俺は思わず吐き出そうになった弱音を飲み込んだ。


だが一番下の段位と言うなかれ。伝書を授けられれば、正式にオガティディ水鳥流剣術の剣士を名乗れるのだ。持っていないと「○○道場の方から来た」と間抜けな名乗りになってしまう。


「その前にエルナルドとの仕合で合格しませんとね」


伝書の心配をするにはまだ早い。ともあれ礼を述べて、俺たち三人は部屋を辞した。






★☆★☆






「先生!本当にあのエルフに目録を与えるのですか!?」


エルフ三人の退室を確認して、ファビオが小さくも鋭い声を放つ。


「自分には奴を取り込むための“義理許し”にしか思えません!」


ファビオが言う義理許しとは、本来その実力が無い修行年数の長い者に対し、お情けで伝書を与えることを指す。今回の場合ヴィリュークが足りないのは───


「それだけの実力を持っていますよ、彼は。足りないのは道場での修行年数ですが」


(おお)先生!?」


「コロンの婿候補を別にしても、あの腕前は是が非でも我が道場に取り込みたい。彼が我らの剣術を振るえば、オガティディ水鳥流剣術の名声は確実に上がるでしょう。水術に限定すれば、彼ならば皆伝……いえ、エルフの長寿をもってすれば口伝や秘伝を得ることも可能でしょう」


「父上、それはいささか気の長い話では?」


「道場経営において名声を上げることは大事ですよ。幸いなことにうちは経営も上手く回っていますが、名声だけの貧乏道場になると“金許し”も横行していますから」


「金許しなぞ恥です。ああはなりたくありません」




金許しとは伝書を金で売り渡すことである。先程イトゥサが述べたように、経営に行き詰った、気位が高く、名声も高い、貧乏道場が、裏で目録以上の段位を高額で売買することである。


主な購入者は宮仕えの貴族。仕官する時の箔付けであったり、特定の役職に就くときの条件の為だったりする。


それに目録を得ているからと言って、腕を披露する必要はない。街の往来で剣を抜くことは皆無、ましてや宮中での抜刀はご法度である。


そもそもそう言った類いの購入者は、自分が剣を抜かずに済むように、腕の立つ取り巻きを侍らしておくのだ。


万が一の状況に陥った時には、“○○様、このような者わたくしにお任せください”だとか“△△様に相手をしてほしかったら、先ず私を倒せ”だとか“このような者を相手にしては、□□様の名前に傷がつきます”、などと、兎に角当人に剣を抜かせぬよう取り巻きが割って入るのだ。




「ともあれエルナルド、頼みましたよ。これは凱旋のお披露目でもありますから、彼の本気を引き出させつつ……ね」


言葉にはしていないが、勝てと念押ししてくるイトゥサ。


「……大先生、彼に一本取られたと聞きましたが、手を抜かれませんでしたか?」


エルナルドの問い掛けに静かな緊張が走る。


「取られたことに変わりありません。彼の水術の実力は、規模も精度も(・・・・・・)目録以上です」


エルナルドの目を見ながら殊勝な言葉を返すイトゥサではあったが、ちいさなあごひげを撫でながら表す顔はそれを肯定していた。


(実力を見るための仕合で、秘伝を使ってまで巻き返す必要はない)


イトゥサの胸の内を理解できるのは、当主のディーゴくらいであろう。


だが今の言葉でヴィリュークの水術の脅威を暗に示唆したのだが、エルナルドには伝わったのだろうか。


「……では失礼します」


エルナルドは口元を引き締め、先に一人で退室した。






★☆★☆






祝勝会は盛大に行われた。


ご当主による祝辞にて、さらりと明日優勝者による模範仕合を宣言。そして伝書伝授にあたっての立ち合いも兼ねていると付け加えられる。


当然当事者の俺の名前も出るわけで、末席にいた俺へ振り返った視線が突き刺さる。


大会遠征中に入門した得体の知らないエルフが、帰って来てみれば道場筆頭のエルナルド師範と伝書伝授をかけた立ち合いを行うのだ。


好奇ならまだしも、嫉妬羨望の視線が多数を占める。


この中には俺より先に入門し、伝書伝授を目指してきた者たちがいるはずだ。道場破りに対する敵意の方がまだ清々しい。こちらはドロドロとした生々しい感情だ。


今後の道場内の雰囲気を危惧しないのだろうか。




今回も外の鍛錬場で立ち会う。


まだ関係者は誰も来ていないが、観客は鍛錬場をぐるりと囲んで今や遅しと待ち構えている。


俺はと言えば剣をナスリーンに預け、エステル相手にウォーミングアップ中である。その魔剣も使わないのだが、一応だ。


しかも木刀ではなく棍で、だ。ついでに言えば、その前は徒手で組み手をやっていた。


棍というと誤解を招くが、つまりは杖術である。扱いは薙刀(グレイブ)に似ており、切っ先と石突の区別は無く、単純に両端があるのみ。


“カッカッカッ”


木同士を打ち合う音が響く。


「あの子結構やるな」

「打ち込みも鋭い……」

「しかも美人だ」


「「「エステルちゃーん」」」


野太いコールが沸き起こった。


……エステルはあくまで俺のサポートなのだが。


しかも顔を会わせてからの期間だって、俺と大差ないはずなのになぜここまで声援があるのだ?


ナスリーンによると到着した晩の宴会で親交を深めたとか……そんなの俺が知るか!


「はっ!」


裂帛の気合と共に打ち込まれた棍を、危なげなく受け止めるのだが、俺に対して周囲から上がるのは歓声ではない。


「「「BUUUUUU!」」」


そこまで嫌わなくとも……正直不愉快である。


「この辺にしようか」


「なんかごめんね」


「私たちはヴィリュークを応援しているから」


エステルとナスリーンの言葉が身に染みる。サミィ?どこか静かな所でのんびりしているだろう。




だが煩いほどの罵声がピタリとなくなる。


成程、主役(エルナルド)の登場だ。


イトゥサ夫妻、ディーゴ当主夫妻、コロン、ファビオまでいる。


俺も主役……の筈、だよな?


「両者、中央へ」


ファビオの指示で、無刀でエルナルドと対峙し、場外中央のいい場所にオガティディ一家が陣取る。


そしてファビオより模擬刀を手渡される。


(パクパクパク)


何か注意事項を言おうとしたのだろうが、声が出ていない。あぁ、切れないようにしてあるが注意しろとか、その様な類いを言おうとしたのだろう。


つい先日、事故を起こした当人が言えたセリフではないことを気付いてしまい、何をどう話そうか言葉が思いつかなかったに違いない。


それでも何とか取り繕うように、今回の仕合の意味をつらつらと説明し何とか体裁を整えていくファビオ。


だが耳に聞こえては来るが内容が頭に入ってこない。それよりも目の前の対戦相手への視線が離れない。


「双方構えて」


エルナルドが刀を抜いたのに合わせて、こちらも抜刀する。


「始め!!」


気合いの入った開始の合図に反し、俺達は黙して対峙した。






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