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再会、彼の今


作中が冬のせいでサミィが動いてくれません(三・ω・三)

前半はナスリーン、後半はヴィリューク視点です。




ヴィリュークとは衝撃的というかあっけないというか、とにかく無事の再会を果たせた。


私たちがあれこれ話そうとするのを彼は制し、先ずは朝食を済ませることに。


この日の朝食はこの道場独特の具沢山のスープに、数種類の穀物をまとめて炊き上げたもの。酢漬けではないこの地方の野菜の漬物に魚の干物まで並べられた。


私はナイフとフォークを手に取ったが、エステルは二本の棒の“ハシ”と呼ばれるカトラリーを手にした。


同席しているコロンさんによると、なんでもこの道場では昔からこれで食事をとる習慣があるそうだ。


「使ってみると結構便利だぞ」


途中からヴィリュークが自分の朝食をもってやってきた。


彼の手つきは慣れたもので、魚の干物も器用に身をはがして口に運んでいく。


負けん気を起こしたエステルが彼の手元を凝視しながらハシを使うが、思ったように身をほぐせない。


「まず持ち方がだな……ここを、こうだ」


「ん、んん?」


首をひねっているエステルを見かねて、ヴィリュークが彼女の隣に座る。


「ここをこうで、こうだ」


「こうね!」


「正しく持てれば利き手じゃなくてもなんとかなるぞ」


彼の説明も耳に入っているか怪しいもので、期せずして接近できたエステルは満面の笑みを浮かべていた。


……私もやってみようかな。


私たちの事情を察したコロンさんの表情にも気付かずに、私もハシを手に取り彼の隣へ移動した。






食後のお茶を飲みながら、お互いの近況を伝えあっていく。


ミリーの結婚式の日程が決まった事。行方知れずでヴィリュークへの招待状を送るに送れなかった事。エステルと二人で旅立った経緯(いきさつ)。そしてこの街までの道中であったこと。


魔道書簡や緊急時の魔力で変色する珠については……割愛した。


「ヴィリュークはどうしてここに?」


「あー、話すと長いのだが、あるヒトに魔剣を見せたら研いだほうが良いと言われて。それでこの街で研ぎ師を捜して辿り着いたのが、ここの先代当主イトゥサさんだったわけだ」


「それがどうして弟子入りになるの?」


「えー……と……」


「研ぎを引き受ける代わりに入門させて、あわよくば婿入りさせるためよ」


「「え?」」


同席していたコロンさんがとんでもない事をぶちまけると、当のヴィリュークは渋い顔をして押し黙った。




「とは言っても、これまでこれといった働きかけもないし、遠征?してきた大会でも優勝してきたのだから、その優勝したヒトの方が候補筆頭ではないのか?」


「優勝者って……エルナルドさんがお婿さん候補ってこと?」


「短い道中だったけど、いいひとっぽい印象だったわね」


「道場でも一目置かれているわ」


何の気ない口調と表情だが、耳が紅潮しているので悪感情を持っているわけではなさそうだ。


「ミリー姉さんの式まで余裕はあるし、研ぎの進捗を聞いておくか。場合によっては預けていって戻ってもいい」


ヴィリュークはそう言うが、話を聞いていると簡単に行かせてくれそうにもないと思う。それに横入りされた感じで、胸のうちがもやもやして仕方ない。


「今晩、正式な祝勝会を開くそうだ。買い出しを頼まれているから、観光がてら一緒に来ないか?」


思いがけない申し出に私 (とエステル)は二つ返事で了承した。






身支度も済ませ、いざ出発───と意気込んだが、水を差されてしまう。


「エステルさんとナスリーンさんの尋ね人が、うちの新弟子?!」


ヴィリューク捜しの手伝いをすべく、朝食もそこそこにエルナルドさんがやって来たのだが、あっけない結末に声を上げる。


周囲のお弟子さんたちは二日酔いから回復したのか、エルナルドさんの大声にも顔をしかめない。


「───お世話になっております……」


歯切れの悪さからヴィリュークの困惑が察せられる。


「お世話───って、道場的にはそうかもしれないが、彼女らについてだとお世話になったのはこちらだし、つまりなんだ、“これからよろしく”でいいと思うよ」


と言ってはにかむエルナルドさん。道場でも人望があるのだろうなぁ。




「なぁ、なぅー『エステル、ナスリーン』」


不意に温かい塊が脛にこすりつけられる。見下ろすとそこには懐かしい毛並みがあった。


「わぁ……サミィ、久しぶり」


どれだけぶりかの邂逅に身を屈めて抱き上げると、コロンさんが目を見開いてわなないている。


「まだ、わたし……・触らせてもらえないのに……」


「なあに、サミィ。さわらせてあげてないの?」


エステルも手を伸ばし、サミィの額から耳の後ろを掻いてやる。


「大丈夫よ、手を伸ばす時は下からね。突然上から影を落とすと警戒するから」


サミィも緊張しているが、私が抱き上げエステルが撫で擦っているので大人しくしている。


そこへコロンさんが正面下から指を伸ばし───顎の下を掻いてやる。


余程嬉しかったのか“ぱぁぁ”と笑顔が咲き、その手は首元から毛並みの良い胴体へ移っていく。


サミィからは徐々に緊張がほどけ、コロンさんが嬉しそうに“もふもふ”している様子を眺めていると、ヴィリュークが私をつつき、視線で合図してくる。


視線の先には、サミィを愛でているコロンさんを見て相好を崩すエルナルドさんが。


彼もまんざらではないのかと見ていたら、視線がばっちり合ってしまう。


「ん゛、ん゛」


エルナルドさん、誤魔化して咳払いしても駄目です。


「じゃぁ、このまま一気に距離を縮めてしまうか」


ヴィリュークが手にした布をテーブルに広げてそう言った。






★☆★☆






大まかな食材は出入りの商人が手配してくれる。


それでも買い出しに行く理由は、そう言った商人たちが手を出さない食材を手に入れる為。個人の露店商などが並べる食材や、ときには掘り出し物が見つかったりするからだ。


「とまぁ、近隣のヒトたちが開く露店を巡るのさ」とエステルとナスリーンに説明するが、二人とも街並みに意識がいっていて半分も聞いていない。


さらに同行している二人も静かである。


コロンは抱っこ紐(スリング)に包んだサミィを愛でるのに夢中だが、付き添っているエルナルド“師範”はコロンに夢中だ。並んだ二人の姿は如何にも───


「あら~お二人さん。そうしていると新婚さんみたいよ~」


案の定、馴染みの店のおばちゃんが茶化してくる。


そりゃそうだろう。


抱っこ紐の中身はサミィだが、にこやかな二人の姿は赤子を抱いて街を歩く夫婦にしか見えない。


「あっ、いえ、これはっ」


「分かってるわよーう。エルフの兄さんのネコちゃんってね。それはそうと優勝おめでとさん。これ、持っていきな。となると夫婦(めおと)になるのもすぐじゃないのかい?」


コロンは渡された商品をあうあう言いながら受取り礼を返す。


その後も行く先々で冷やかされたコロンは、遂には茹だった顔で抱き紐ごとサミィを渡してきた。






露店も大体回り終え、商店が連なる通りまで戻って来た。


「何か始まるのかな?」


エステルの指さす先には、肉屋の軒先に鹿が吊るされていた。


既に内臓は抜き取られ、血抜きも済んでいるものだ。


数個の桶には水が張ってあり、テーブルの上には大きな葉が何枚も積み重なっている。


「それでは始めますので、もう少し下がってくださーい」


肉屋の小僧が声をかけ、野次馬たちを下がらせると、秤を手にした肉屋の主人が現れる。


その腰のベルトには四本の包丁が刺さっており、その姿はさながら勝負に挑む剣士であった。


「では」


一言挨拶。腰の包丁を手にすると、慣れた手つきで鹿の身体に切れ目を入れ、あっという間に皮を剥いでしまう。


皮は横で待ち構えていた小僧の手に移り、待ち構えていた客に手渡される。


恐らく革職人であろう。


いつものやり取りなのか、金をやり取りすると客は足早に立ち去っていく。


「まいどありー」


小僧は声をかけながら、主人の補助をしに走り寄る。


スパン……スパン……


肉を切る音ではない。


要所要所で包丁を変える時、手にした包丁が腰のベルトに収まる音だ。


プロの仕事だ。余計な音が出るようでは、折角の肉の旨味が漏れてしまう。


ロース、フィレ、バラ、モモ、スネ、などなど───


切り分けられた肉は、部位ごとに葉に包まれテーブルに並べられていく。


可食希少部位は猟師の取り分で、内臓を抜きしなに確保されている。


そして全ての部位が切り取られ、鹿が骨だけを残すと、主人は野次馬の方に身体を向け、最後に手にしていた大振りな包丁を手の中で回転させながら右へ左へと見せつける。


“スパン!”


一通り見得を切ると、包丁は音をたててベルト背面のホルスターに収められた。


「お待たせ」


解体ショーは終わり、鹿肉の量り売りが始まった。


「客寄せでこんなこともやっているんだね」


「包丁さばきは見事なものだが、最後の見得の切り様はなぁ……」


「エルナルドさん、道場とは違うのだから」


どうやら師範は、肉屋の主人の刃物回しがお気に召さないらしい。


「全く……納刀の稽古とか、格好つける前にやることがあるだろう……」


門下生達にもいろいろあるようだ。


買い出しも済み、なだめるコロンを見ながら俺たちは帰路に着いた。






気勢を上げる声で、道場の近くまで戻って来たことが分かる。もちろん声だけではなく木刀がぶつかり合う、打ち合いの音も鳴り響いている。


下町道場でよく聞いた音がここでも聞こえる事に新鮮味を感じるが、ここで鳴り響くのが本来の姿なのだろう。


門をくぐると数人の門弟たちが対峙して型稽古を行っている。


「ただいま戻りました」


コロンが声をかけると彼らは手を休めて返事をし、再び稽古へ戻っていく。


「そこは腕の動きだけでやるのではなく、体捌きと連動させて───」


性分なのだろう。エルナルド師範が至らぬ点を指摘し、門弟たちに正しい動きを指導し始める。


そんな彼へ、先に行くと声をかける彼女の表情は優しいものであった。




「私は稽古場(なか)を見てきますね」


「俺は荷物を台所へ置いてくるが、二人はどうする?」


「私は中を見させて欲しいかな」


いつも通りの俺とコロン。即断即決のエステル。ナスリーンが少し悩むので───


「お茶を貰ってくるから一緒に行くといい」


“じゃぁ、そうする”とナスリーンははにかみ、三人は稽古場へ。


久し振りに会うナスリーンが変わったような気がする……優しい感じというか何というか、雰囲気がどことなく変わった。


俺は息を一つ吐き、台所へ向かった。






「「「きゃ~」」」


お盆片手に稽古場へ向かっていると、向こうから黄色い歓声が響き、すぐさま静かになる。


「エイ」

「ヤッ」


パチパチパチ


廊下の角を曲がると稽古場に人だかりがある。見物人か?何を見ているのだろう。


覗き込んでわかった。型演武だ。


イトゥサ夫妻の姿は無いが、コロン達三人はそこにいた。


「ちょっと失礼。茶を運んできた」


門弟たちや、宴会のお手伝いの女性たちの隙間をぬって彼女たちのもとへ辿り着く。


「お待たせ」


ひと声かけて彼女らの前にお茶を並べていく。顔を上げると視線がちらほらと集まるのだが、好奇の視線や立ち居振舞いの確認はましな方で、幾人かは軽い蔑視が見て取れる。


大方“お茶汲み”とか“おべっかつかい”とか思われているのだろう。場合によっては“お嬢さんに近付くな”とか念を送っているのかもしれない。


これがあるから俺は集団というものが好きではない。だからといって一々構いやしない。


「では」


そそくさと立ち去ろうとする俺に待ったをかける声。


「ヴィリュークさん、見るのも修行ですよ」


コロンがここに座れと目で圧力をかけてくる。周りをよく見ているな。


そばに置くことで、俺に対する意識を改めさせるつもりだろうか。


ふぅ……いずれ王都へ帰る身だ。お付き合いしますか。




その後も型演武は続いていくが、コロンは微動だにせず演武を見つめていく。


始めのうちは歓声もあったが、彼女の無反応ぶりに周囲は次第に沈静化してゆく。聞こえてくるのは演者の掛け声と散発的に響く拍手のみだ。


そうした流れでの〆の演武は手数も体捌きも複雑なもので、鍛錬を積み重ねただけでは習得できず、見る者も実力を兼ね備えてなければ何をどうしているか分からないだろう。




演者双方、刃を潰した模擬刀で切り結ぶが刃同士が合わさることは無く、彼らが発するのは鋭い掛け声のみだ。


型をなぞった演武とは言え、本気で刀を振り下し、本気で身体を捌いていく。


“キンッ”


本来、演武は聞こえてはならない、刃同士がぶつかる音が室内に鳴り響いた。


そこで演武を止めればよかったのだ。無反応が続くコロンを何かしら反応させてやろうと気負いがあったのだろう。


無理に続けた演武の歯車はかみ合わなくなり、止める間もなく歯車は一瞬で欠けてしまう。


「あ゛―っ」


悲鳴の主の腕から血が飛び散った。






紙一重のやり取りをするつもりだったのだろうが、それは演者二人の呼吸が合っての事。


片方の気が逸り、片方が気負ってしまった結果、これは不運な偶然ではなく、成るべくしてなった事故であろう。


刃引きの剣でも事故は起きる。


「ファビオさんって三位入賞じゃなかった?」

「焦れると剣筋が荒くなるってホントだったんだ」

「立場として、ちょっと不味いんじゃないか?」


ファビオという名なのか。


怪我を負わせてしまったファビオは相手に近寄るわけでもなく、青い顔をし唇をかみしめて戦慄(わなな)いている。


「いでぇぇーっ!」


「我慢してじっとしろ!手当てが出来ん!それから場所を空けろ!」


中の様子に気付いたエルナルド師範が飛んできて、負傷者の傷を確認すべくシャツの袖を切り開いていく。


「大の男が悲鳴を上げない!」


救急箱を受取ったコロンが声を上げると、とりあえず男は悲鳴を我慢するが、うめき声は漏れてしまう。


エステルも自前の道具袋片手に控え、ナスリーンも魔法で補助をしようと杖を握り締めている。


俺?俺はと言えば、邪魔にならない様に場所を空ける側だ。






傷口を検分する為に水で清めるのだが、運ばれてきた桶の半数以上には水がなみなみと満たされている。


「ここら辺はさすが水術系の道場ね。水に事欠かないわ。だけど───」


エステルが口淀むのも無理はない。


斬れないように刃引きした刀で、無理矢理切った傷口は酷いものであった。


「治ったとしても違和感が残りそうね」


「けれど、きれいに縫い合わせば、傷跡の引き攣れは最小限に抑えられるわ」


「それが難しいんじゃない」


ナスリーンが痛みを与えない様、そうっと傷に手を伸ばすが……


「んぐぅぅ、早く何とかしてくれ」


一々うるさい怪我人である。


「ああもう仕方ないわね。■ ■ ■ 麻痺(パラライズ)


「あ、あれ?痛みが……お?おお?う、腕が、腕が動かねぇ。感覚もねぇ!俺の腕!もう駄目だぁぁぁ!!?!」


魔法で痛みをブロックしてやったのに、何をしても男は騒がしい。


「あーもう鬱陶しい。ちょっと眠らせてちょうだい」


「任せろ」


エステルの依頼に二つ返事で拳を握る師範の姿。ナスリーンが慌てて制止する。


「怪我人に何しようとしてるんですか?!■■■ 眠り(スリープ)


素早く呪文を唱え、怪我人の額を指で小突くと、当の本人はくたりと脱力する。


「……治療を始める前から疲れたんですけど」


「私も……」


「……難しい縫合なんだろう?よろしく頼みます」


師範の言葉に女三人の治療が始まったのだが、結論から言うと、エステルの針捌きが冴え渡ったとだけ付け加えておこう。







お読みいただきありがとうございます。

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