宴会、その裏では
GWまでには……と思っていたら、思いのほか早く書き上がりましたので更新です。
日もとっぷりと暮れた頃、私達は何とか閉門前に古都クティーロアに到着した。
もう少し経てば、周囲を照らすのは夕日ではなく月明かりになるだろう。
道中、先行した者達が手配した修理業者が街からやってきて、仮の車輪を取り換えた。
またもやエステルのじゅうたんが車体を持ち上げたので、作業はあっという間に終わり業者も大喜びだった。
理由は野宿の用意をしていたところ、日帰りになったからだ。この冷える季節、仕事とはいえ野宿は嫌だったのだろう。
牽引していたじゅうたんは仕舞われ、馬車は本来の姿で進んでいった。
門前で身元確認を受けていると、門番の兵士からお祝いの言葉が投げかけられる。
先に到着した者達から結果を聞いていたのだろう。それを受けてエルナルドは頭を掻きながら礼を返していく。
一介の門番から声をかけられるとは、彼の流派は有名かつ好意的に見られているのだろう。
疑っていたわけではないが、少し安心してエステルと視線を交わした。
街の門をくぐると業者とは別れる。
馬車はレンタルだそうで、同時に借りていた他の馬車を明日にでも返しに行き、そこで預けていた保証金を含めて精算する契約らしい。
「ギルドに行くのは明日でいいよね?ナスリーン」
「いいんじゃないかな?閉門ギリギリに入ったから、ギルドに着く頃には通常窓口も閉まっているでしょ?それよりも今夜の宿をどうするかだよ」
そんな心配をしているとエルナルドが割って入る。
「その辺も含めて任せてくれ。宿の手配は道場に着けば顔の利くやつがいるから心配しなくていい」
馬車は蹄と車輪の音をたてながら、小綺麗な街並みの間を進んでいった。
★☆★☆
剣術大会に行っていた一行が帰って来た。
しかも優勝と三位だそうで、今後の入門希望者も大いに望めるとの事だ。
買い出ししてきた食材を出していると、続々と門下生の関係者(母親や奥さん)が祝いの品を手に到着。
正式な宴会は後日だそうで、今晩は前祝いだとか。宴会も一回や二回では済みそうにない。
たらいの中の水を操作し、食器の汚れを綺麗にしていく。汚れの落ちた食器は隣のすすぎ用のたらいに移してすすぐと、これまた隣の水切り籠に並べていく。籠を食器で一杯にしたら、水操作で付いている水を集めることで脱水完了。
「洗い物、一区切りついたぞ」
「助かるわぁ、しかも早いし~。うちの旦那、水術使えても家事なんか手伝ってくれたこと全くないわ!」
「ヴィリュークさん、お嫁に貰ってぇ~」
「あんた今の旦那はどうするのよ?」
「そうだった!じゃあ娘の婿に!」
「まだ六歳でしょ!」
「あ!」
“そうだった!”と普人女性が反応すると、周囲の女性たちが一斉に高笑いを上げる。
「お酒足りないって~」
「樽で宴会場にあるのに?!」
「燗にして欲しいとか言うのよ」
“面倒くさいわね”とか愚痴りながら、大振りな徳利を並べていくおば……妙齢のご婦人。
「酒を入れるのは俺がやろう」
じょうごと柄杓を手にした女性を制し、樽の酒に意識を向けると酒の紐が一本うねり、次々と徳利を満たしていく
「燗は任せる」
「「「「頼りになるわぁ~」」」
……良い様に使われていないか?
だがあのテンションの宴会の中に入るのは少々気が引けるので、こちらも利用させてもらおう。
台所でご婦人方とひたすら料理と酒を出していく。
忙しさは延々と続くわけではないので、波の合間に手を動かしながら摘まみ食いをして小腹を満たす。
もちろん酒も飲んでいるが、俺も女性陣も一杯の量は大したことはないので酔いはしない。
“エルナルドさんが戻ったぞ~”
馬車の音がしたと思ったら外から声が上がる。
「あら?戻りは明日の筈じゃぁ……っと、男共がまた乾杯を始めるわ」
台所を仕切っているご婦人が“みなさーん”と声をかけると、それぞれが動き出す。
新たに料理を始めるもの。酒の準備を始めるもの。あるものは宴会場の食器を片付けに台所を出ていく。
「洗い物でもするか」
俺は手にした杯を飲み干し洗い桶の前に立った。
★☆★☆
「大先生、ただいま戻りました」
「おめでとう、エルナルド。面目躍如といえる活躍ですね。その立役者を見張り番に置いてくるとは───」
「大先生、自分から志願しましたので責めないでやってください。それよりも彼女らの助けがあったお陰で、本日戻ってこられたのです」
エルナルドがこちらへ水を向けてくれたので、エステルと二人で会釈をする。大先生と呼ばれているけれど、小さな老人だ。あごにちょろりと生えたひげが可愛い。
「彼女らは人探しをしているそうで、お礼に力になれたらとお連れしました」
「隠居のイトゥサと申します。お世話になったそうでありがとうございます。詳しい話は明日にでも。まずは一緒に祝ってください。酒も料理もたくさんありますよ。それに今晩は泊っていくと宜しい。あとで孫娘に案内させましょう」
“ディーゴも呼びなさい。さぁ奥へ!”と声をかけながら半ば強引に中に案内される。
慶事で気が大きくなっているようで、どうやら断るのは難しそうだ。二人で苦笑いを交わしながら追随していく。
大広間に案内されると、宴会はすでに大盛況だった。
席に着くと次々と料理や酒が並べられていく。
「ご相伴に預かるのも気が引けるのだけど……」
「気にしたら駄目よ。気にして小さく座っているのも駄目。こういうのはね────」
エステルは料理をまとめて頬張り・咀嚼・嚥下し、杯の酒を一息に飲み干して酒臭い息を吐く。
そして酒瓶を手に取って酒宴の輪に飛び込んだ。
「おめでとうございまーす!」
「お、おう、なんだなんだ」
「おー、ありがとー」
「エルフのねーちゃん呑んでるかー」
「のんでますよー。ささ、一杯どーぞ」
その勢いで“武勇伝聞かせて欲しいなー”なんてエステルが言おうものなら、その場の酔っ払いたちは先を争って決勝戦の再現を始める。
「相手がこう斬りかかって来たのを……」
「何とエルナルドさんはこう捌きながら刀を……」
「わぁすごーい」
「いや、そこはこうだろ?」
「ほんとですかー?」
決勝戦の様子を何度も再現していく男達。
エステルに酒を飲ませられながら身体を動かせられるので、男たちは次々と酔いが回って床に転がっていく。
しかしまだ意識がある男たちは意に介さず、“俺の番だ”とばかりに剣筋を演じていく。
しまいにはエステルの存在を忘れ、“あそこではこうしていた”と言い争いを始める始末。
「よしよし。こんなとこでしょ」
楽しかったとばかりに帰って来たエステル。
「なーにやってるのよ」
「宴会で夢中になっている方は、酒も料理も尽きないと思ってるのよ。実際は裏で用意してくれているのにね」
「で?」
「裏で頑張っている女のヒトたちを楽にしてあげたの。楽しく早く酔い潰れちゃえば丸く収まるでしょ?」
やろうと思っても出来ないわよ、このコミュニケーションお化けが。
しかし大広間の片隅では、静かに飲み食いしている男たちもいた。
「ちっ、エルナルドが優勝できたのは、前の試合で俺があいつを削っておいたからだぜ。……もしトーナメントが逆だったら優勝していたのは俺だ」
「まぁまぁ。うちの道場の名が売れたのですから」
男の取り巻きが宥めるが彼の気は収まらない。
「優勝していればお嬢さんを嫁にできただろうし、ゆくゆくはこの道場を継ぐことだって……」
そう愚痴ると彼は手にした酒をグイとあおった。
彼らと別の輪でこのようなやり取りが為されているとは露知らず、私は酔い潰れた男たちが隅に転がされていくのを眺めていた。
オガティディ一家が大広間にいたのは最初の乾杯の時だけで、それ以降は別室に移っていた。
当主ディーゴの私室に一同が集まると、おもむろに口を開いた。
「エルナルドを婿に迎えようと思う。大会も優勝し、皆からも慕われている」
元々候補として挙がっていたのだ。人望は申し分なく、あとは実績が伴う事を待っていたのだろう。しかしそれに“待った”をかけるものが。
「決めるにはまだ早いわ。あなた達が留守の間に候補が一人見つかったの」
「おばあちゃん、それって!」
「我がオガティディ水鳥流剣術は、水術ありきの剣術です。優勝した実績は認めましょう。ですがエルナルドの水術はお世辞にも行使回数が多くありません。果たして術を軸に攻められた際、太刀打ち出来ますか?」
イトゥサが入り婿の為、実の所アザミの方が発言力は上である。さらには現当主の母。話の筋は通っている以上、母親の言葉に息子は逆らえない。
「確かに母上のおっしゃる通り。ですがエルナルドは結果を出した。大会での優勝は十分な功績です。ここで波風立てる必要もないでしょう?」
「───うちの人から一本取った者がいる、と言ってもですか?」
アザミの言葉に当主夫妻は息を呑む。
「やらせれば良いではないですか」
イトゥサの言葉に視線が集まる。
「彼と仕合わせればよいのです。理由は何とでも付ければよろしい」
どちらが勝っても道場としては問題無い。しかしヴィリュークが勝った場合、彼への囲い込みが推し進められるだろう。
当事者であるコロンの意見は聞きもせず、またヴィリュークの与り知らぬところで事態は動き始めたのだった。
★☆★☆
台所で手持無沙汰になった俺は、酒の小樽と大皿につまみを盛り、バルボーザのいる馬房にやってきた。
案の定バルボーザは複数の灯りの中、ロバゴーレムの前で座り込んでいた。
よく見ると手は動かしておらず、図面を前に腕を組んでいる。
「熱心だな。休憩にしないか?」
「ああ、あんたか。いろいろ持ってきてくれたみたいだし、そうするか」
バルボーザは腰を上げると、テーブルの上の物を寄せて俺の差し入れを置くスペースを空ける。
大きな徳利は持ってきたが柄杓はない。
さっきやってきた事の繰り返しで、意思を込めると小樽から酒の帯が徳利に注がれ、一杯目はそのまま直接盃を満たした。
礼のつもりか、バルボーザは盃を掲げてからグイっと飲み干すと、煎り豆を口に放り込み大徳利から手酌で始める。
俺は既にそこそこ飲み食いしているので、バルボーザよりペースは遅い。
「大広間の方には顔を出さないのか?」
「……冬の間の居候だからの。一応祝いの言葉は伝えたし……流派を超えた親交はあれども、ワシはやはり部外者じゃ」
「……」
「それよりもコイツじゃ。ワシ個人で使う分には良いが、量産化へ耐久性はクリアしたが魔力効率が“ちと”悪い」
といってロバゴーレムを見やり、酒を一口。音もさせずに喉仏を動かすと、ワイルドボアの角煮を箸で摘まんで大きく一口。髭を大きく動かしながら咀嚼する。
使っている箸の繊細さと指の太さがなんともアンバランスだ。
角煮は柔らかく、俺のへたくそな箸使いでも容易に半分に切れ、ひとかけを口に入れる。うん、味も浸みている。
「ロバの姿に恥じない力と頑固さを形にできたが、旅の共にするには……」
つまりは稼働時間に難があるという事か。
「動力源である魔力なんざ、どうとでも確保できる。魔石を使うか己の魔力を使うか……お前のとこのじゅうたんにゃ、魔力タンクともいえる機能が付いてるんだってな」
聞き覚えがある。確か初めてエステルと会った日……ばあさまの工房でだったか?
「……ベヒモスの肺?」
「そんな古文書に出てくるような伝説級の素材、ホイホイ使われてたまるか!」
バルボーザはもどかしくなったのか、光沢のある真鍮製のコップをどこからともなく取り出し、テーブルに置いて合図する。
小樽に直接突っ込まない分別はあるようだ。
俺の分のコップも出してくれているが、満たすのは彼のものだけ。ドワーフのペースで酒なんざ飲めるか。
「お前さん妙な知識持っとるな。仮に伝説級の生体素材で魔力タンクを作っても、魔力回路を何とかせにゃ無駄ばかりだ」
魔力回路?魔法陣として形にはなっているのか。細かい不具合なのだろうが、ここで質問したら藪蛇になりそうだし、部外秘もあるだろうからなぁ……
俺の脳裏に、そんな事情を飛び越して喜色を浮かべるエステルの姿が思い浮かんだ。
★☆★☆
チチチチチ……
生け垣に隠れている雀たちが騒がしく鳴き続けている。
昨晩はあの後、この道場の一人娘であるコロンさんの案内で一泊した。
今朝は寝坊することなく目覚め、エステルと身支度していると、私達の案内にコロンさんがやってきた。
案内されて井戸端にやって来ると、水術で桶に水が入り、顔を洗って汚れた水も水操作で排水溝へ直接放り込まれる。
エステルも郷に入りては何とやらで、水を桶に入れるので私のもやってもらった。
井戸端にいるのは私達だけでなく昨日酔い潰れた男たちもおり、顔をしかめながら水を操っているのは二日酔いだからだろう。
宙を漂う水の動きがなんとも覚束ない。
着膨れしつつも、冷たい水での洗顔は気分もさっぱり。
「昨晩は泊まりの門弟が多くて、朝食は彼らと一緒で良いですか?」
「なんといいますか、お世話になっちゃって」
「恐縮です」
案内されたのは昨日と同じ大広間。
違うのは席が整然と用意され、そこに男たちが皿の中身をゆっくりと匙で掬っている光景だった。
「ううう……」
「スープが沁みるぜ……」
「麦粥うめぇ……」
どうやら二日酔いの軽重を考慮して、メニューを用意しているようだ。
周りには給仕役の女性たちがお盆片手に動いており、三人並んで席に着くと、すぐさま目の前にお茶が並べられ声をかけられた。
「おはよう、というか久しぶり。元気だったか?朝飯はどうする?あんな二日酔い用じゃなくて、ちゃんとした肉や魚もあるぞ」
その声は女性のものではなく、聞き覚えのある男性の声だった。
声の方向に振り向くと、お盆片手のヴィリュークが“よう”と合図してくる。
「「あーっ!!?!」」
私とエステルの悲鳴に、周囲の男たちが二日酔いの頭を抱えて、声にならない痛みに耐えていた
お読みいただきありがとうございます。