彼を探して
「んん~」
伸びを一つし、歩き始める。
じゅうたんに座りっぱなしなのも疲れてしまう。凝り固まった身体をほぐしながら、身一つでテクテクと。
そのじゅうたんはエステルの後をふわふわと追尾している。
私たちは街道を真っ直ぐに辿りはせずに、途中途中の村々を寄り道する。
エステルのじゅうたんには野宿装備も収納してあったが、初めての土地で女の二人旅となると不安の方が大きい。
徒歩や馬車であったらそんな事は言っていられないのだが、じゅうたんがあるとうまい具合に村から村へ辿り着けたのだが、それでも已むに已まれず、出会った行商人と野宿を共にすることもあった。
「ねぇ、あれ何だろう」
徒歩での厚着で身体が温まる頃、エステルが何かに気付いたようだ。
「幌馬車……じゃないかな?」
「っぽいね。傾いでない?」
言われてみれば、路肩に寄せられたそれは斜めに傾いで見える。
じゅうたんを一旦しまい、近くまで来ると傾いでいる馬車の幌は閉じられていた。それどころか馬の姿もない・
「あー、車輪が割れてる」
「簡単に割れるものじゃないと思ったけれど……誰かいますかぁ?」
「んあっ」
問い掛けの声に馬車の中から反応が返ってき、物音と共に幌が開かれる。
「随分と早かったな……ってあんたら誰だ?」
「誰って通りすがりの者ですけど、何かあったんですか?」
寝起きの声で出てきたのは若い普人であった。中から誰何の声が聞こえる事から、まだ何人かいるのだろう。
「見ての通り車輪がいかれちまってな。修理も出来なくて見張り番ってとこだ」
男が言うには馬車三台で街へ帰る道中だったのだが、穴を避け損なって嵌まった時に破損してしまったとの事。
ある程度の荷物は残りの馬車に移して先に行かせ、さらにこの馬車の馬を先行させて人の手配に向かわせたそうだ。
「通りすがりの行商人が予備の車輪を置いて行ってくれたが、如何せん交換しようにも馬車が持ち上がらん」
幌の内から新たに男二人が顔を出してくるが、こちらが女二人なのを見て得も言われぬ表情だ。
つまりは修理要員としての当てが外れたといったところだろう。
「手伝いましょうか?」
「「「えっ?」」」
エステルが被っていた外套のフードを外して申し出ると、男三人驚きの声を上げる。
自分たちより非力そうな女に助力を申し出られたからか、それとも相手がエルフだったからか。
恐らく両方だろう。
収納魔法陣がじゅうたんの裏面に現れ、鉤付きの鎖が四本地面に音をたてる。それを馬車の四隅に掛けると、私の操縦で車体が水平になるまで持ち上げた。
“ギッ…ギギギ……”
馬車の車体がきしみ、音をたてる。
「さってと、どんな感じで取り付けてるのかな?」
エステルは自前の工具箱から木槌と鏨を取り出し、唸りながらも車軸から割れた車輪を取り外す。
そして男たちの手を借り、車輪を交換し終えたのを確認すると、ゆっくりとじゅうたんを降下させた。
「気持ち小さい車輪だから、街に付いたらちゃんとした物と交換を勧めるわ。でも間に合わせには十分でしょ」
「ありがとう、エルフの姉さん。俺はオガティディ剣術の師範、エルナルドだ」
リーダー格の男が笑顔で礼を言ってきた。
ゴトゴト音をたてて牽かれていく幌馬車には、馬は繋がれていなかった。
「エルフのじゅうたんって奴は凄いもんだな」
「私のじゅうたんだから付いているのよ。百年以内に織られたじゅうたんでは省かれている機能ね」
本来馬をつなぐ場所にはじゅうたんから伸びる鉤が引っ掛けられ、馭者台に座るエステルの手にはじゅうたんから伸びる編み紐が握られている。
当然ただの編み紐ではないだろう。あれでじゅうたんの制御をしているに違いない。
「へぇ、ヒトを探しに?」
「そう。手紙を届けなくちゃならないの。次の街に着いたら、まずギルドで聞き込みね」
「クティーロアはでっかいから人探しは骨だぞ」
城塞都市クティーロア。
エステルはきょとんとした顔だが、クティーロアは王都ラスタハールに次ぐ街だ。
古都と呼んでも差し支えない歴史と広さを持ち、普通に考えればそこからヒト一人を探すには簡単にはいかないのだが───
「あてが無いわけじゃないから心配いらないわ」
とは言っても魔道書簡に書き込みをするだけだし、ヴィリュークの事だから街に入ればギルドでタグを登録しているはず。
「そう言いなさんな。クティーロアのオガティディ道場と言えば結構名が知れているんだ。頭数もいるから手伝わせてくれ。それに───」
「それに?」
エルナルドはニヤリと笑って続ける。
「俺たちは今、凱旋の途中なんだよ」
「オガティディすいちょうりゅうけんじゅつどうじょう?」
「そうだ。水術も駆使した攻防一体の流派だ。そして先日の大会で一位と三位を取ったのが我が流派さ」
「そして優勝したのがエルナルドさん、てわけだ!」
彼は名乗らなかったのだが、一緒に乗っていた若い門弟がバラしてしまう。
「僅差だった。運が良かったんだ」
「エルナルドさん、そればっか!もっと誇ってくださいよ。運も実力のうちって言うじゃないですか!」
当の本人も嬉しくない訳ではないようで、照れているのか片手で頭を掻いている。
「てなわけで、めでたい席なんだ。あんた達も来て祝ってくれ。ヒトが大勢来るから、そこで尋ね人の聞き込みをすればいい。この調子なら閉門までには街に着くだろうしな」
私とエステルは顔を見合わせ、その申し出を受けることにした。
★☆★☆
寒い室内に規則正しく音が響く。
時折音は止むが、しばらくすると再び響き始める。
寒い室内ではあったが、砥石を前にしたイトゥサの背中らから薄く湯気が立ち昇っている。
身体に魔力を巡らせていると、魔剣に宛がった手から砥石へ少しずつ魔力が浸みていく。
砥ぐとは言っても刀身が目に見えて形を変えることは無い。
しかし砥石はゆっくりとその身を痩せさせ、砥石を代えるのもかれこれ五つ目である。
代えると言っても目の荒い砥石から始まり、段階を踏み細かい砥石へ交換していくのだが、素人目に石の違いは分からない。
だが砥石を代えていくにしたがい、イトゥサは手ごたえを感じていた。
単純な剣の状態ではない。
魔剣としての能力の復活である。
そしてある時、その一研ぎで魔力が突き抜けた。
「……」
イトゥサは魔剣の茎を握り意識を巡らせる。
まず室内の湿度が増した。
壁が結露したかと思うと、すぐさま消えてなくなる。
周囲は一気に乾燥し、宙には水球が形を変えながら浮遊する。
「まるで水使いではないですか……」
自在な水操作に小さく呟くと、ハッと持ち主のエルフが頭に浮かぶ。
「そういう事でしたか。敵いませんね」
前の立ち合いを思い出したイトゥサであったが、深呼吸を一つすると最後の仕上げに取り掛かった。
★☆★☆
「じゃあ最後に、いつものやろうか」
「「「わーい!」」」
コロンの言葉に子供たちが歓声を上げる。
今日も下町の剣術道場の手伝いだ。
定期的に子供たちの稽古の手伝いをしているのだが、最近俺はお楽しみの相手をさせられている。
小手に脛当て、稽古用の胴鎧。稽古用の兜もあるが、俺は使わない。木刀を腰に差せば準備完了だが、使うつもりはない。
子供たちの準備も万端の様で、防具で身を固め、手にした木刀を素振りしている子もいる。
「準備はいいね。では、はじめ!」
「「「やーっ!」」」
コロンの掛け声とともに、十名強の子供たちが一斉に木刀振りかざして飛び掛かって来た。
一斉にとは言ったが三人一組での波状攻撃だ。
何回もやっていれば作戦を立てられ、彼らはそれぞれタイミングを合わせ、頭・胴・脛を狙って武器が振るってくる。
いずれも思い切りのよい攻撃だが、当たってやるわけにはいかない。
ギリギリで身を引いて躱すと、勢い余った頭狙いの子がつんのめり、両脇の胴狙い・脛狙いの子たちの攻撃を食らってしまう。
「ぁ痛ったー!」
「泣き言いってないでどんどんいく!休ませちゃだめだよ!」
コロンの掛け声に一斉攻撃が始まるが、そこは素早く立ち位置を調整する。
いくら子供相手でも囲まれてはやられてしまうので、回り込まれない様避け、捌き続ける。
振りかぶって来る者には捌きながら兜をはたき、胴狙いで薙ぎ払うものは切っ先を受け流して身体を泳がせ、脛狙いのものは屈んでいる身体を飛び越えしなに、尻を蹴とばす。
道場のスペース、全てを使って逃げ回れていたが、コロンの乱入で事情が変わった。
「えいっ!」
「うおっと」
流石に彼女の攻撃は油断ならない鋭さだ。
「「「やぁ!」」」
その隙を逃さぬ子供達ではない。小さくとも剣術道場の門弟である。
仕舞にはコロンのサポートもあり、道場の隅に追いやられてしまう。この閉鎖空間で、相手のこの人数ではよく粘った方だと思う。
「まいった、まいった」
降参を告げるが、彼らは物足りなかったらしい。まぁ、いつもの事なのだが。
「「「やぁ!!」」」
一斉に掛かって来る子供達───に、コロンまで混ざって来るではないか。
これは喰らってやるわけにはいかない。すべからく攻撃を小手で受け・捌いていく。もちろん受ける順番を間違えれば、痛い目に合うのは自分自身だ。
コロンも攻撃は繰り出してきたが、子供達に順番を譲り、自身は最後の詰めだ。しかも本気で振り下ろしてきた。
となるとこちらも反射的に身体が動く。
左腕で回し受けを試みる。
“ガッ”
左の小手で受け、回しつつ衝撃を流し、木刀を握り締め、彼女の側面に回りながら引く。
文字に起こしてみれば簡単に見えるが、これを流れるように一瞬でやらないと、いつぞやの様に大きい青痣をこしらえることになる。このやり方だと真剣では斬られるな。やり方を代えねば……
───すると、前に流されまいと後ろへ力が入るので、木刀を離すと体が軽く反りかえり……
そこへ更に回り込みながら足払いをかけて正座をすると───
ひざ元に彼女の頭が落ちてくるので、ぶつけない様に両手で受け止めた。
「ひどいな。本気で打ち込んで来ただろう?」
膝枕をしながら彼女を正面から見つめる。
「「「───………ヒューヒュー!!!」」」
子供たちが囃し立てると、コロンは顔どころか耳まで真っ赤になり飛び起きた。
「ヴィ、ヴィリュークさんン!!?!」
「「「ヒュー!」」」
「仕返しだ」
俺と子供達とどちらを咎めるか迷っていたコロンであったが、囃し続ける子供達に決めると声を張り上げる。
「こンのマセガキどもー、からかうンじゃないっ!」
追いかけっこはしばらく続いたのであった……
下町道場での稽古も終わり、さあ帰ろうかと言った時、男の子が一人駈け込んで来た。
「コロンねーちゃん、本家の先生たちが戻って来たよ!しかも優勝だって!」
男の子の報告に、道場に居合わせた者たちから歓声が上がる。
“おおぉ!”
“やったぁ!”
“今夜は宴会だ!”
「優勝って、誰が勝ったの?」
「もちろんエルナルドさんに決まってるじゃん!」
それを聞いてもコロンは歓声一つ上げないが、その眼は喜色に染まっており、握りしめた拳は小さく上下に動いている。
「じゃ、じゃあ買い出しに行ってこないとね。うちは大喰らいが揃っているし───」
彼女の反応に何となく察した俺は、黙って荷物持ちに徹することにした。
買い出しを終え道場に戻ってくると、今までは閉まっていた門が開いており、中には数台の幌馬車が並んでいる。
到着から間もないのだろう。大勢の男たちが積み荷を降ろし、屋敷へ運んでいる真っ最中だ。
「お父さん、お母さん!お帰りなさい!」
コロンが声を上げて走り出した先には、イトゥサ夫妻と話している男女二人。彼女の両親、つまりはこの道場の現当主夫妻に違いない。
「今帰った。留守の間、何もなかったか?コロン」
小綺麗に刈り込まれた髭の男は、普人にしては気持ち小さめの背丈だが、その体躯は厚くがっしりとしている。
「問題は無かったわ。けど、新しい門弟というか依頼というか───」
「研ぎの依頼を受けましてね。ついでに新しい門弟が加わりました」
「えっ?」
イトゥサの何てことない口調に振り返る当主。
「そこの彼ですよ」
「えっ?」
今度はこちらに振り返るので、会釈をしておく。
(父上が研ぎを引き受けた相手……さらには入門だと?……)
値踏みをするような視線と何やら呟く当主サマだったが、女性陣に催促されて一息つくべく屋敷の中に入っていった。
名乗る前に連れていかれたが、いずれ機会もあるだろう。こちらは買い出した食材を置いてこなければ。
俺はコロンと連れ立って炊事場へ向かったが、コロンは向かいながらも誰かを探すかのように視線を彷徨わせていた。
お読みいただきありがとうございました。




