彼を捜しに
ご無沙汰してます
久しぶりに登場した人物紹介とヒロインたち
ヤースミーン
言わずと知れたヴィリュークの祖母。ばあさま。現役時代は向かうところ敵なし。チートっぷりは今も健在。
ミリヴィリス
研究所職員。ヴィリュークの父の末妹。つまり叔母。とは言っても、ヴィリュークと年が近かったため嫁候補だった。セツガの婚約者
セツガ
研究所職員。ミリヴィリスの婚約者。今回出番は無い。
エステル
嫁候補その一。ヤースミーンの弟子。免許皆伝。師がチートならば弟子もチートだった。
武術・水術をこなし、魔法陣作製、織物職人としても一流。なかなかの行動派で、時々やらかす(ぇー
ナスリーン
嫁候補その二。国立緑化研究所名誉顧問。王族として名を連ねているが、隔世遺伝でハーフエルフとして生まれた為、表には出てこない。尤も、彼女の身分を知る普人達は寿命で墓の下なので、現在彼女の行動に制限は無い。また、誕生時のひと悶着をヤースミーンがとりなした関係で“おばさま”と慕っている。ヴィリュークを意識始めてから、一人称が“僕”から“私”に変化した。
エステルとミリヴィリスは、互いの事を知ってはいますが面識はありません。
カップのお茶を口に含むと、香りが鼻腔を通り抜けてゆく。
「いい香り~」
向かいに座るミリヴィリスが、うっとりとしている。
「とか言いながら、自分用は別の銘柄を買ってるよね?」
「あの味も捨てがたいのよ。それに飲みたくなったらナスリーンの所に来ればいいし」
「まぁいいけど。───それはそうと準備は進んでいるの?」
「一応は。結婚式はラスタハールでやるから招待客を詰めている所よ。けど、うちと彼の実家で改めて結婚報告をするから、そっちでもお祭り騒ぎになるんだろうなぁ……」
研究所のミリヴィリスとセツガが結婚を決めた。
普人の結婚式には幾度も招待されているが、エルフの式は久方ぶりである。しかも自分が現在進行形で思い人がいるともなれば、心中穏やかではいられない。
「村だったら適当に告知してもあっという間に広まるけど、ここじゃ精々研究所内止まりだし。誰かを忘れようものなら不義理と後ろ指さされちゃうわ」
「森の魔女への招待状を忘れちゃ駄目だよ」
「呪いをかけられるから?って童話じゃあるまいし」
二人で微笑み合って私は軽く息を吐き、誤魔化すようにカップに口を付ける。
「─────で、あなたはどうなの?ナスリーン」
「え?どうって?」
「何言ってんのよ。あいつのこと、ヴィリュークのことよ。取り合ってるんでしょ?」
「と、取り合っているだなんて……」
はた目にはそう見えるのかもしれないが、私とエステルが一方的に彼へ好意を寄せているに過ぎない。
嫌われてはいないのだろうが、彼は特定の異性に好意を持ってはいない。それが恋愛感情なら尚更だ。
「昔、私とくっ付けられそうになっていたからね。お互いに嫌いではなかったけど、お互いに何か違うと思っていたから。そのせいか分からないけれど、あいつ、色恋に関して斜に構えて見てるのよ」
そう決めつけ、ミリヴィリスはさらに続ける。
「あなたたちは仕事の後、間を空けちゃったのが失敗だったのかもね。空けずにもっと積極的にいっていたら違っていたのかも」
「そんなこと言ったって仕事だってあるし……彼も仕事の関係上、こっちにいつもいられないから……」
「そうなのよね~、ラスタハールにはあなたがいて、シャーラルには恋敵がいて……仕事で街を往復している限り、天秤がどちらか一方に傾くはずもないか」
言われてみればそうかもしれない。けれども配達での移動中、彼は何を思って歩を進めているのだろう。
私の事を考えてくれているのならば嬉しいけれど、それがエステルだとしたら、ちょっと、何というか、もやっとする。
それでも私と彼女の関係は不思議と悪くない。
その後、なんとか話題を反らすことに成功し、私はミリヴィリスの惚気話に付き合った。
ある日いつものようにミリヴィリスがやってくると、ヴィリュークの行方を聞いて来た。結婚式の招待状を送る為だそうだ。
「山向こうの男爵領までは行方を追えたのだけど、その先が分からないのよ。心当たりない?」
「ヤースミーンおばさまに聞いてみた?」
その男爵領の手前にはおばさまが住んでいる村がある。
「そのおばさまからの情報なのよ。サミィとじゅうたんに乗って旅に出たって」
じゅうたん直ったんだ。だとすると、相当遠くへ行ってしまっている可能性がある。最近私の魔道書簡に連絡が無いのも、そのせいかもしれない。
「じゅうたん相手では追いかけるのも難しいわね。ギルドの魔道書簡網を使うとしたら……うぅ、手数料がおっかないわ」
思いつく方法としては彼の足取りを追い、私の魔道書簡の更新範囲内に入ることだ。予め問い掛けを書いておけば、範囲内に入った時に書き込まれる。
問題はその範囲内に入れるか。その範囲内に辿り着けるか。見当違いの方向へ行ってしまえば、範囲に入ることすらできない。
うーん、どうしよう。
あれこれ悩んで数日、解決策は向こうからやって来た。
「ナスリーン、いるー?」
となり近所から来たような気安さで、エステルは私の執務室の扉を開けて入って来た。エルフのイヤリングの効果で肌は褐色、普段着ではなく少し埃っぽい旅装であることから、今さっき到着してそのまま来たのだろう。
「エステルどうしたの?久しぶり」
「元気そうね、休暇取れる?ちょっと遠出しましょ」
相変わらず彼女の発言はいきなりだ。行動力があるというか、思いついたら走り出している。
「……え?どこ行くの?」
「ここの所、交換日記にも書き込みがないから、相当遠くへ行ってるんじゃないかなーって。最近退屈していたから暇つぶしに、ね?」
何処へとも言わないし誰の事かも言及していないが、ヴィリュークの事に決まっている。
それに交換日記ではなく魔道書簡だ。尤も発明者に言っても無駄。彼女の中では交換日記なのだ。それに前は日記ではなく日誌と言っていたような……どっちでもいいけれど。
「ね?じゃないわよ。お店はどうしてきたのさ」
「閉めて来た。無期限休業。うちの親にお願いしてきたから、何かあったら連絡来るから問題ないわ」
店を簡単に閉められるはずもない事から考えるに、それなりに前から動いた結果なのだろう。ここ最近彼の事を思い返していた私と違い、エステルは相当前に思いつき、あちこち根回ししてきてやってきたに違いない。
「大した仕事任されてないから大丈夫だと思うけど、二・三日ちょうだい」
渡りに船だ。ミリヴィリスの件も引き受けてしまおう。
二日後、エステルと私は、街の門前で見送りを受けていた。
「ナスリーン、エステル、頼んだわよ」
「まっかせて!」
ミリヴィリスの言葉にエステルが元気よく答える。
あの後エステルをミリヴィリスに紹介した。休暇を取って彼を探しに行くとなると、その足となる彼女を紹介せざるを得ない。
「ふーん、貴女の事はナスリーンから聞いているわ」
「“あの“緑化研究の第一人者にお会いできて光栄だわ」
「「ふふふ」」
不穏な出会いであったが、それもすぐに解消された。
ミリヴィリスが女子会と称し、酒の勢いでエステルからヴィリュークへの想いを聞き出すと、エステルはミリヴィリスから彼の昔話を誘導する。
女子会と称した宴会で、二人が意気投合するのにさほどの時間を要しなかった。
二人とも馴染むの早すぎ……
「じゃあ行ってくるよ」
「気を付けてね」
「よーし、一々道なりに飛んでられないわ!ショートカットしてくわよ。じゃあねー」
彼女にとって、ラスタハールからおばさまのいる村までは勝手知ったる道だ。
エステルは緩やかにうねっている道を、一直線にじゅうたんを飛ばしていった。
エルフの村、クァーシャライで一泊。
ヤースミーンおばさまはお留守で、ギルドで尋ねると定期的に隣の男爵家へ通いの家庭教師をしていると分かった。
山越えして隣のグルーバー男爵領。
失礼にならない様に、予め魔道書簡で先触れを出しておく。
私も一応は王族の末席に名を連ねているが、王室としては秘しておきたい存在なのでエステルの名前で弟子が訪ねる態を取った。
じゅうたんの旅も順調で、グルーバー男爵領のギルドに到着すると先触れの返事が届いていた。
それも“いつでもお待ちしております”との事だ。
宛て先は男爵家で宛て名はヤースミーンおばさまにしたのに、返信は男爵家から来ていた。
“いつでも”って、格式張っていないのか敷居が低いのか、いずれにせよ余計な手間がかからず楽で助かる。
到着が昼過ぎであったので早速向かうことにした。
応接室は明るい笑い声が響いていた。
テーブルを囲んでいるのはリヴェーナ先代男爵夫人、ブレンダ現男爵夫人、家庭教師のロシエンヌ、ヤースミーンおばさまにエステル、そして私。
話しの中心はブレンダ男爵夫人とエステルだ。彼女は本当に相手の懐にするりと入る。
「この統一感、本当に素敵!」
エステルが数回目の感嘆を上げる。もう何度目か数えていない。
話題は応接室のインテリアについてだ。
椅子やテーブルは言うに及ばず、シャンデリアは流石に無いが代わりに置かれている数個のランプ、その中でもエステルが注目しているのはカーテンとじゅうたんだ。
入室してしばらくはカーテンに張り付いて、その模様をつぶさに観察して離れなかったくらいだ。
そこへヤースミーンおばさまからの“遠くから眺めてみなさい”と言う言葉で、ようやっと着席してお茶を飲みながらの鑑賞に落ち着いた。
「私達からすればいつもそこにあるものですのに、そこまで称賛してくださると嬉しい限りですわ」
「リヴェーナの結婚の時、織るには時間が足りなくて外注せざるを得なかったのは不本意だったわ」
「何をおっしゃいますか。ヤースミーン様は王都の織物職人を動員・監督して贈って下さったではないですか」
「だからなのね!どうも模様から師匠の気配がしないと思ったんです。いい作品は刺激されるわぁ、模写してもいいですか?」
エステルは許可を得ると嬉々として模様を写し取っていった。見せて貰った模写はそれは精密で、今日の日付と男爵家カーテンと一筆入っていた。
帳面を捲ってみると、細かい葉脈の葉っぱや、鳥の羽のデッサンなどが何枚もある。言わばこれは彼女の日々の積み重ねなのだろう。
「さてと。少し席を外すわ」
ヤースミーンおばさまが断りを入れて席を立つ。
「お仕事ですか?」
「まぁ、そんなところかしら」
「いつもうちの主人が済みません」
なぜかブレンダ婦人が詫びてくる。何事か小首をかしげていると答えが返って来た。
「息子の術の家庭教師だけでなく、騎士団の訓練も見てくださっているのです」
「最近マシになってきたの。鍛え甲斐があるわ」
「見学してもいいですか!」
部屋の調度品を見ていたエステルが声を上げると、なぜか全員で見に行くことになってしまう。
エステル、あなたほんと巻き込むわね。
結局あの後、エステルはおばさまと一緒に騎士団相手に訓練……もとい、一戦やらかしていた。
更には興が乗ったリヴェーナ老婦人まで参加する始末。
鍛えられた身体をした男の人たちが、線の細い女性たちに良い様にあしらわれる。エルフの二人の実力は知っていたが、老婦人まで同類とは……彼らが気の毒で仕方ない。
「それでは道中お気をつけて!」
そのまま男爵家で一泊した朝、私達は騎士団による見送りを受けている。
普通女の二人旅は心配されるのだが、見送りの言葉も礼儀として言っているのだろう。
そもそもグルーバー男爵領の治安の良さは評判だし、魔物の類いも定期的に討伐されている。
「お世話になりました」
「では、また!」
別れの挨拶を済ますと、するりとじゅうたんが飛翔する。
ヴィリュークが飛び去った方向と、その先にある村や町を昨晩のうちに確認した。
あとはその先々で聞き込みをしていく。
「何とかなるなる!」
エステルがそう口にした。
この先の道中はどんどん寒くなるそうだ。砂漠にいた時には考えられない厚着をし、襟元をキュッと閉じる。
うん、何とかなりそうだ。
もこもこした厚着の温もりに、私は根拠のない確信を得た。
昨年末に別作品を投稿してます。まだの方は是非ご一読いただけたらと思います。
新しい章として分けてはおりませんが、お付き合いください。
お読みいただきありがとうございます。




