ギャング相手と甘い対応
薄暗い階段はすぐに終わった。
一階分下ったようであり、薄暗くはあるが魔法による明かりが灯っていて不自由は無い。
水球を周囲に浮遊させ、さらには仕込みも十分、いつでも発動できる。
隙間から漏れた光のお陰で、奥の扉がよくわかる。
“ぎ……”
忍び足で進んではみても、床の立て付けの悪さの前には意味は無かった。
扉の前に立ち、ノックはどうしようか手を挙げたが今更と思い直す。そして一歩下がって“剛力招来”。
力任せに扉を蹴りつけると、しっかりした作りだったのだろう。蝶番を弾き飛ばして扉は部屋の奥へ飛んで行った。
「失礼するよ」
埃舞う部屋に入ると横からナイフが一本飛んでくるが、待ち構えていた水球で受け止める。
「随分と乱暴なノックだな、エルフの兄さん」
「そっちの入室の許可もな」
正面には蹴り飛ばした扉が転がっており、声のする右側に男が二人佇んでいる。
ちっ、正面にいたら楽だったのに。
「あいつらはどうした?」
「分かりきっていることを聞くとか……全員外でおねんねしてるよ」
やれやれと手振り付きで答えてやる。
「使えねぇ奴らだ……おい」
ボス?の言葉に、控えていた男が小剣を構えてにじり寄る。
水球を浮遊させている時点で水術師と警戒しないとは……・いや水使いなんだがね、武器を携帯してないからと舐めているのか、それとも自信があるのか。
ならば道場での覚えたての技を披露するとしよう。
俺が左手を緩く握ると水球が三つ四つ吸い込まれていく。するとその中から水の鞘が後方に伸びるので、右手の人差し指・中指を揃えて左手へ差し込んで身構えた。
男はするりと間合いを詰めるがもう遅い。
もうこちらの間合いだ。
揃えた指を抜き打つと、帯を引くように水の刃が現れる。切り上げた水の刃を、男は咄嗟に受け止めはしたが、数歩後退してなんとか止まる。
“水刃”
ここに来て覚えた水術の一つだ。一括りで水刃と呼んでいるが、複数の形態があるうちの一つを放った。
追撃すべく振りかぶったが、殺してでも奪い返す為に来た訳ではない。
水の刃を水球に戻すと、今まで後方に浮遊させていた水球達と一緒に規則正しく周囲に並べ、自分を中心に回転させていく。
回転と言っても単純に床と平行に回りはせず、角度を変えて斜めにしたり、伸縮させて楕円軌道にして回転させたりする様は、一種の示威行為だ。
「大人しく返せ。そして今後、俺に対して構うな」
「返せと言われて“はい”と答えるとでも思ってんのか?」
「はぁ……そもそも誰の仕切りだ?裏に誰かいるのか?」
「ふざけた事抜かしてんじゃねぇ。黒腕一家がここら一帯を仕切ってんだ。誰かの下に付くわけがねぇ!」
「……はぁ」
男と口でやり合っていると、面倒くさそうなため息が部屋に響いた。
「口で言って分からないなら分かるようにするだけ、だっ」
剣呑なセリフと同時にナイフがまとめて飛んでくる。その速度と飛んでくるナイフの数は、このボスが実力でこいつらの上に立っている事を窺い知れる。
同時に小剣の男が回り込んで剣で突き刺しにかかる。何度も行った連携なのだろう。それほど息の合った攻撃だった。
だがこっちも準備万端であることを忘れないで欲しい。
飛んでくるナイフを片っ端から水球で受け止めて床に落とす。全て水球内に保持していると、次のナイフを受け止めきれない。
そこに小剣の突きがくる。
ナイフが顔や胴体を集中している所へ、小剣は足の太ももを狙ってきた。
その攻撃で俺の脳裏には、ばあさまの声が響いてくる。
“ほら、足元がお留守よ”
なんのこれしき。
こいつらの連携は目を見張るものが有るが、到底ばあさまには及ばない。
閉鎖空間では下手に避けると追い詰められそうになるので、水球でがっしりと受け止めてやる。
さぁ、仕上げに掛かろう。
仕込みは流々、仕上げを御覧じろ。
右手を突き出すと周回していた水球が、俺の前に整列・結合すると水壁へと変化。そして仕込みを発動すると、拡大した水壁は俺と男たちを隔ててしまった。
扉がこちら側にある以上、秘密の扉でもない限り水壁を突破することは不可能である。
それに奴らが俺に対抗できる魔法や術を使えるとも思えない。
「こんな水!消し去ってやる!!」
なんと、あったみたいである。
ボスは左手首の大振りな魔石が付いた腕輪をこちらへ向け、大声で叫んだ。
「“火の玉!!」
水壁の厚みを増したのと、火の玉が着弾したのは同時だったのだろうか。
いずれにせよ俺にダメージは無く、火の玉による水蒸気爆発は向こう側へ飛んで行った。
白い水蒸気は視界を塞いだが、その威力は男たちを壁に吹き飛ばし家具類も破壊。すぐさま蒸気を水へと集めるが、水壁の向こうでは風が渦巻いている。
完全に塞いでいた水壁を、上部だけ空けると熱気が押し寄せるので、その水壁で熱を吸収。ついでに男たちを水壁に取り込んで顔を検めると、水蒸気の熱で顔を火傷しているではないか。
自業自得とはいえ酷い有様なので、息を確保しつつ頭のてっぺんから全身くまなく水を循環させて冷やし始めた。
火傷はいかに素早く冷やせるかで、その後の治りが変わって来るのだ。
しかし攻撃された側の俺が気を使うとか、我ながらお人よしが過ぎる。
床にポーチが転がっていたので、忘れずに回収だ。水の手を伸ばして手元に手繰り寄せ、腰に巻きなおすと開錠、動作も確認。じゅうたんも出せるし、収納も問題ない。ようやっと胸をなでおろせた。
さてどうしてくれようか。
“ビクッ”
身体を痙攣させた。残りの一人がどうやら目覚めたらしい。
彼らが気絶している間に部屋を物色していたが、日常的に血生臭い事を行っていた跡を見つけてしまった。
壁際の床には血の跡があり、掃除する気すらなかったことが分かる。
「どうするつもりだ?」
「どうとはねぇ……火傷も冷やしてやっていたのに、礼の一言もないのか?」
「頼んじゃいねぇ」
「ま、そうだ。こっちは物騒な魔道具を向けられたんだからな」
「ここぞの一発が……喰らわせてりゃ元が取れたのに、ったく大赤字だ」
威力重視の一回限定の魔道具なのだろう。何個もあるとしたら(金額もそうだが)、肝が冷える。
「ポーチは返して貰った。あとはあんた達だ」
「あン?殺すか?」
確かに二人とも首から下を水で拘束しているので、やりたい放題できるがそんな趣味もない。
「ヒトを殺人鬼みたいに言うな。上の連中だって、やり過ぎて後ろめたい所があるんだからな」
「甘いな。中途半端な事してると報復に出るぞ」
金目的なのだろうが、どうしたら諦めるだろう。一々背中を気にしながら歩きたくはない。そんな気が起きなくなる様にするには……
「あんたの言う通りだ。だけど俺は血生臭いのは好きじゃなくてね」
「けっ、ヘタレが」
俺が壁際の血痕を目にしたのを気付いたようだ。ふん、何とでも言え。
「深呼吸しておけ」
“どぷん”
少し待って俺は水で部屋を満たした。
けれども自分の周囲は水避けを施し、部屋から廊下へ出た時点で二人の拘束を解いた。
廊下へは扉があるかのように、水が溢れ出すことはない。さながら水の壁である。
その向こうでは男二人が下手糞な動きで水を掻いている。あれでは犬掻きの方がましだ。いや、泳ぐ習慣のない街の人間が、あれだけの動きが出来るのは大したものである。
そしてようやっと上半身を廊下に出した二人は、息も絶え絶えに空気を貪っている。
「おう、空気はうまいか?」
「ぜぇっ、ぜぇっ……てめえ……、ぶっ殺す」
「元気あるな。もう一回行ってこい」
問答無用で二人とも部屋の奥まで引きずり込む。手下の男は口答えどころか、一言も発していなかったが連帯責任だ。
その結果。
手下の男は二回で詫びを入れてきたので、今は水の枷付きで廊下にうずくまっている。
ボスの男は五回やってもへこたれなかったが、六回目で水を掻く腕の動きが極端に鈍ったので、即座に廊下へ引きずり出す。
「ぜぇっ、ぜぇっ」
腕が動かなかっただけで意識は残っていたようだ。
荒い息が続いて収まらない。それでも震える腕で上体を起こすと、壁に寄りかかり足を投げ出して座った。
「まだやるか?」
部屋の水を解除すると水は一気に溢れ出し、彼らの足や尻を濡らすだけでなく、水位は二・三十センチにもなった。
当然自分の足は濡れることは無い。
「今度は部屋の奥から一階まで泳いでみるか?明かりがないから迷ったら溺死だぞ」
「はっ、はっ、はっ……」
お互い黙りこくったが、それは空気を貪るのに必死なだけで、息が整うと男は漸く話し始める。
「勝手にしやがれ」
「返事になってないぞ。もう一度言うぞ。残りの要求は、俺に構うな・報復なんて考えるな。分かったか?」
それでも男の目つきは強い。もう一押しか。
「あれを見ろ」
手下の男の方を指し示す。俺の背後だから見えはしない。けれども水の感知を元に、何がどうなっているかは推察できる。
そして水の枷の上あたり、丁度顔の真ん前に水球を発生させる。
「お前らそれなりに水を飲んだよな?ただの水じゃない、俺が出した水だ。それのお陰でお前らの位置を把握できるし、多少離れていても問題ない」
只のハッタリだ、そんなことは出来ない。けれども十分理解させるために間を置く。
「……水球を顔に突っ込ませるように出してやろうか?水気の無い部屋でも、俺なら溺死させるのは容易いぞ」
さらに続ける。
「隠れ家を渡り歩こうが無駄だ。お前らが雇ったスリ相手に、ここまで辿り着いたんだ。それに比べればお前たちの居場所を探るとか造作もない」
男は口を開いては閉じを何度か繰り返したが、最終的には同意に至った。
「くそっ」
悪態吐くくらいは許してやるよ。
俺が道場に帰った時には、もう日が暮れていた。
「どこまで行ってたの?待ってたんだから!」
コロンが声を上げるのも仕方がない。目立ちたくなかったのでじゅうたんは使わず、徒歩で帰って来たのだから。
方向は分かっていても、道は望む方へは続いているとは限らない。追跡中もそうだったが、帰り道も同様とは……そして街の石畳は、ひどく俺を疲弊させた。
まさか迷ったからと言って、身体強化をかけて屋根の上を跳び回るわけにもいくまい。屋根は道路ではないし、踏み抜いたら大ごとだ。
何はともあれ、預かっていた荷物を台所に積み上げる。
「例の妊婦さんの旦那さんが挨拶にいらしたわ。元気な女の子ですって」
“男だったらあなたの名前を貰ったのに”と残念がっていた、とアザミさんが笑いながら教えてくれるが、何とも背中がこそばゆい。
「それは災難でしたね」
全員が揃った食事の席で、市場から飛び去ったその後を説明していく。
スリ師弟の追跡の場面ではイトゥサさんが穏やかに感想を述べる。
必死の追跡の結果スラムまで追い詰め、捕まえたが肝心のポーチが無かったこと。盗品も扱っている故買屋に乗り込んだこと。ポーチの警報。止めようとした店主の無駄な足掻き。警報に対して苦情を言いに来た男たちが、実は故買屋を隠れ蓑にした暴力組織の一員だったこと。
「その手の輩は消えないのう」
イトゥサさんとバルボーザが顔を見合わせ、お互いに頷きあっている。
また、男たちを無力化した方法は流して倒した事実だけを告げ、黒腕一家のボスとも遺恨なくポーチを取り返せたと告げるにとどまった。
「あいつらと?」
「遺恨なく?」
「ええ」
「話し合いであいつらが納得したと?」
「ええ、十分に話し合いましたから」
「……そうですか」
話しはそれで終わり、その日の夕食は塩漬けニシンで酒も食事もすすんだ。
若いニシンの塩漬けは脂ものっていて、これほど旨いとは知らなかった。これは当たりをひいたか?
★☆★☆
はっはっはっ
いきなりアジトが襲撃を受けた。
昼間豪い目にあって、もう関わり合いたくなかったが、それでもボスは報復の為にヒトを集め始めた。
そんな最中の襲撃だった。
突然小柄な人影が飛び込んできたと思ったら明かりが消え、次々と叩き伏せられる。
裏口から逃げ出せたのは運が良かったが、今でも追ってくる影が見えるのだ。
とにかく真っ直ぐ逃げずに、あちこちの路地に飛び込んで撒くしかない。
しまった!
何個か目の路地に飛び込んだが目の前は行き止まりで、慌てて引き返そうと振り返ったそこには、長い得物を手にしたずんぐりむっくりとした影が待ち構えていた。
「うちの人手が無いからチャンスと思ったのかのう?不埒なことをしてくれよったな」
「ど、どこのモンだ?俺はもうかかわらねぇ、かかわらねぇから見逃してくれ!」
「心当たりがあると?まぁ、どこのモンかと言えば“道場”のモンだが、お主のボスとやらはうちのチョビ髭がお話し中だわい。さて、お主もお話ししようじゃないか」
“チキッ”
得物が抜かれる音がする。
「こっ、殺さないでくれっ!」
「何を言っておる?お話しと言っておろうに……」
「ひ、ひぃいい」
路地に男の悲鳴が響いた。
★☆★☆
「あなた、昨晩は随分と遅かったですわね」
朝の食卓でアザミさんがイトゥサさんに訊ねる。
「バルボーザにゴーレムの相談を受けまして。ついつい興が乗ってしまったのです」
涼し気に返答するイトゥサさん。
「ロバゴーレムの動作テストですか?夜遅くですとご近所迷惑ですから、ほどほどになさってくださいね?所によっては治安もよろしくありませんから」
「わしら二人なら危険も踏み潰して押し通るわい」
「あら?その様な所へ行っていらしたの?」
「「ん゛、ん゛ん゛ん゛」」
ドワーフが二人、そろって咳払いを始めた。
「エルフのじゅうたんに対抗して、ロバゴーレムの開発に勤しむのも良いですが、その調子では代名詞として呼ばれるのも当分先ですわね」
アザミさんはツンと澄ましてお茶を一口含んだ。
引き伸ばし過ぎたので、この章はここまで。とってつけたような終わり方は作者の実力不足であります。
舞台の季節は秋から冬にかけてですが、サミィが寒がっていそうです。どうしたものか(´・ω・`)
ぬくぬくと室内にいてもらうか、抱っこ紐で連れまわすか、はたまたヒトガタに変化して厚着してもらうか。
次回は当分先になりそうです。その前に新しい短編の方が先かなぁ。もしものときは宜しくお願いします。
小学生の頃、プールでクラスメイトに足をもって引き倒されました。不意を突かれて水に引きずり込まれるのは本当に洒落になりません。冗談でもやっちゃ駄目です。
ニシンの塩漬けは王室御用達になるものから、シュールストレミングになるものまでいろいろあります。御用達の塩漬け……一回食べてみたいなぁ。
お読みいただきありがとうございました。




