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スラムの故買屋

エステル特製マーカーは、スマートウォッチによる携帯電話探索より便利です。


火曜の午前投稿をすっかり忘れていました(*ノωノ)




男とガキは師弟関係だそうだ。


かっぱらい程度スラムの子供ならば珍しくもないが、スリという技術は自己流で身に付けるには難易度が高すぎる。


懐の財布ならいざ知らず、今回の様に腰のポーチ丸ごとを気付かせずに盗るのは、無理と判断しての犯行らしい。


──らしいというのは、これらの事をこのガキがびくびくしながら自供したからだ。


確かにポーチの所まで案内しろとは命令した。


それに応じて無個性の男は黙って歩き始めガキも付き従ったのだが、別に身の上話をしろとか、犯行に至った経緯を説明しろとか言ってない。沈黙に耐えられなかったのだろう。


「あの扉は出口専用なんだよ。外からは開けられないんだ」


少々うざったいが、黙っていても解説してくれる分には目をつむるか。




目的地へ行くには一区画分大回りする羽目になった。


通りに出るとまばらにヒトの姿が見え始めるが、二人の水の枷を目にするやそそくさと立ち去ったり、物陰に隠れていく。


見た目が明らかに厄介ごとであるから、その反応も理解できる。


一つ隣の通りに入り進むにつれ、遠ざかっていたマーカーの反応が近づいてくる。


男の様子は相変わらずだが、ガキの方は先程の饒舌が嘘のように黙りこくる。

「ここだ」


辿り着いた店は店先にガラクタも積まれておらず、結構綺麗なものだった。店と分かったのは扉に打ち付けられた看板のお陰なのだが、もはや書かれていた文字も薄れ判読不能であった。また店を構えている場所がスラムではあったが、片付いてはいるものの、ヒトが通った所だけ埃やごみが無い状態である。


“獣道みたいだな”


それは実際その通りで、一定の出入りがある証拠だった。




“ぎいぃい”


店の扉を引くと、きしむ音をたてながら開いていく。


店内に物はあまり並んでおらず、奥のカウンターには男が一人暇そうに座っている。


だが客が入ってきたにもかかわらず、男は手に弄んでいた骰子(さいころ)をカウンターの上の器に落とす。


“ちりりん”


「ちっ」


見ると骰子(サイコロ)の一つがこぼれ落ちていた。


「うちは買取りがメインだよ」


さもこぼれ落ちた原因がこちらにあるとばかりに、男は忌々し気に伝えてくる。


「売ったのか?」


「売った」


訊ねると無個性男が一言答える。


「幾らだ?」


「金貨三枚」


くそっ、エルフのじゅうたんが入ったポーチだぞ。分かっている筈なのに、二束三文で売るとか馬鹿じゃないのか。だが後になって思えば、それはスリに対する報酬で、品物に対する報酬ではないのだろう。


男の身体を(まさぐ)る趣味は無いが、金貨はまだ男のズボンのポケットにあったので引っ張り出す。


「こいつが売ったポーチを返してくれ。あれは俺のポーチだ」


金貨をカウンターに積みながらその奥を窺うが、意外と整理整頓されており、幾つかのチェストが並ぶばかりでポーチは見当たらない。


チェストの横にも扉があるが、あれは私室へ通じているのだろう。


「あぁん?何の話だ?見覚えがねぇし、どこのどいつだ?」


およそ客商売とは思えない口調である。


「仮にあんたの言う通りだとしても、うちで買い取った以上、その商品はうちのもんだ」


「だから金は返すから返してくれと言っている」


「知らんものは知らん」


だがこの会話中もマーカーの存在をひしひしと感じており、それはチェストの一つから発せられているが分かる。


おまけにこんな場所でやっている店だ。後ろ暗い商売だろうし、盗品ばかりを扱っているだろう事は想像に難くない。


となると馬鹿正直に交渉しても、しらを切られるばかりだろうし、無個性男もそれを分かっていて素直にここまで案内したのだろう。


「買い取った覚えは無いと?」


「無いね。証拠でもあんのかい?」


証拠……マーカーを感じられない相手に、それを説明しても理解できないだろうし、正攻法で返してくれるとも思えない


……やり方を変えるか。




「証拠……俺のポーチが在ることを証明すればいいんだな?」


「出来るもんならやってみろ。っと、こっちに入って来るのは無しだぜ」


言ったな?ならばそっちから返すように仕向けてやる。


俺はおもむろに右手を掲げ、魔力を放出。マーカー用の指輪があれば楽なんだが、ないものは仕方がない。


そして魔力を込めてキーワードを口にした。


『所在を明らかにせよ』


“───”


俺を除いた三人が、何が起こるかと静かに待ち構えるが、目立った変化は無い。


「大見得切っといてハッタリか“………ン”??!?」


「「「ん?」」」


どこからか絶え間なく聞こえてくる音。


普段耳にしたこともない、注意を喚起させられるような音。


それは次第に音量を増し、発せられる場所が分かるまでになる。


店番の男がそっとチェストを開けた瞬間、音が爆発した。


“フォーン”


爆音に驚いて男は反射的にチェストを閉めるが、中の爆音は継続してチェストの蓋をも振動させる。


「てめぇ!くそったれ、早く止めやがれ!」




これまでは追跡中に、ポーチのマーカーに対して受動的(パッシブ)捜索を行っていたが、これは範囲が狭められた時に能動的(アクティブ)捜索を行うためのものだ。


これはエステルによる遭難対策の機能だ。普段は部屋の中で荷物に埋もれたポーチの位置を探るのに使っていたようだが(何ともエステルらしい)、本来は先日の砂への埋没を想定して作ったそうだ。


発動後徐々に大きくなるその音は、一日やそこらでは収まらない。消費魔力はもとより、魔力供給をどうクリアしているか知らないが、一日二日では鳴り止まないどころか最大音量は近所迷惑も甚だしい。


『発見』


停止のキーワード共に、爆音は鳴りを潜める。


「さ、返してもらおうか」


「うるせぇ!ありゃぁうちが買い取ったものだ、欲しけりゃ金貨百枚持ってきやがれ!」


本当は百枚どころか千枚でも買えやしないのだが、何とも開き直ったものだ。


三枚で納得していれば良いものを。こういうのを盗人猛々しいと言うのか?


『所在を明らかにせよ』


金貨を忘れず回収し、俺は再び警報?を鳴らすと店の外へと避難した。スリ師弟の二人も、店とは関係ないとばかりに、一緒に扉をくぐって来た。


あの騒音だ。逃げ出したくなるのも分かる。




音量はますます大きくなる。


中からは男が“発見!”とか“止まれ!”とか叫んでいるが、本来は指輪をはめないと操作は出来ない。それを俺は力技でやったのだから、事情を知らない者が出来るはずもない。


「なぁ、これ何とかしてくれよ。これじゃあ耳も塞げやしない」


水の枷を持ち上げながら、小僧が懇願してくる。少し溜飲が下がったので、ガキから小僧に格上げだ。


黙って水を操作すると二人の枷は腕輪に変化するが、何があっても再拘束はできる。




扉の外で待ち構える俺達であるが、中からは音が鳴り響くばかりで、様子も分からない。


隣の二人と言えば耳を塞ぐのも諦め、暇そうに佇んでいる。というか、逃げる気は無いのだろうか。


小僧を見やると、大銅貨を人差し指の背に乗せると、指から指へと回転させながら移動させていく。指の隙間から銅貨が落ちそうなものなのに、回転の勢いなのか指の隙間の具合なのか、その滑らかな移動は器用なものである。


「上手いじゃないか」


「え?」


うるさくて聞こえないのだろう。素早く銅貨を跳ね上げて手のひらに納め、こちらへ聞き返してきた。

「スリなんかやめて、それを見世物にすれば儲かるんじゃないか?」


小僧はきょとんとした顔で見つめ返してくる。


「スリの指先の訓練なんだけど……うけるかな?」


「うけるとおもうぞ。だけど飽きられない様に、ネタは複数用意しないとな。それで稼げるならスリなんかより余程健全だ」


「……へへへ、そうか。ジジイ、なんか他にあったっけ?」


小僧のまんざらでもない問い掛けに、無個性男は頭を掻きながら考え始めた。意外とこの男も、この先小僧がスリで生計を立てていくことを、良しとしていないのかもしれない




そろそろ店の外にいても、うるさくなってきた。


相変わらずのトンデモ性能を見せつけられると、この場にいないエステルの事を思い出さざるを得ず、苦笑いが漏れだす。


呑気なことを考えていると、店の向こう三軒両隣の扉が次々と開き、刃物や棒など得物を手にした男たちが現れた。


俺としては、店の男が泣きを入れてくることを期待していたのだが、少し薬が効きすぎたようである。


店へ文句を入れに来たと思って道を譲るが、目的は俺の様であっという間に取り囲まれてしまう。


一見多勢に無勢に見えるが、普段の鍛錬の相手と比べるとこの程度の相手、先手必勝でどうとでもなる。だが目的はポーチだ。


促されるままに歩を進めるが、俺だけではなくスリ師弟もまとめて扉に押し込まれた。




その爆音は扉をくぐる前から聞こえていたので、全員耳を塞ぎながら入っていく。


先程の店主が目の前でがなり立てて居るのだが、全く聞こえやしない。


音を止めろと言っているのだろうがわざとらしく眉をしかめ、片耳をピコピコ動かしながら相手に向ける。尤も、耳孔は指で塞いでいるので、聞くつもりもないのだが。


明らかなおちょくり様に店主は前蹴りをしてくるが、こちらも足で迎撃して横へ流してやる。


元々腰も入っていない蹴りなので楽勝なのだが、店主にとっては予想外だったのだろう。そのままバランスを崩して転んでしまう。しかも耳を塞ぐのに必死になり、身体こそ丸めたがまともな受け身を取れない。


店主が痛みをこらえて床でもがいているのを尻目に、俺は片足を上げてつま先に魔力を込める。


『発見』


別に手で操作する必要もない。普段から、足先でもじゅうたんの収納魔法陣を操作している俺にとって、これくらい造作もない。


警報が鳴り止んだ室内は、今度は静寂で耳が痛い。




耳から手を外している俺を見て、他の者達も恐る恐る手を下げる。


「この野郎───」


罵声もおれが手を掲げると尻すぼみになる。


「黙って返せ。金なら返す」


「馬鹿野郎、この人数前に寝言ほざいてんじゃねぇぞ!」


その言葉を合図に、(いか)ついご近所さんが手にした得物の音をたてて威圧してくる。


だが狭くは無いが広くもない店内だ。数の利を得るには、逆に人数が多い……あ、いつの間にか師弟が部屋の隅に移動している。良く分かっているな。


一触即発の状況で、お互い焦れてゆくのが分かる。何故掛かってこない。何かを待っているならこちらから───


「静かに出来たンならとっとと持ってこい!」


一目でその筋の者と分かる雰囲気の男が、奥の扉を乱暴に開けて怒鳴って来た。しかしその彼も前座に過ぎず、続いて入って来た男の剣呑さは、俺の周囲男たちを素早く壁際に引かせるほどだった。


じろりと睨まれたと思ったら、だらりと垂れ下げた腕が跳ね上がる。


かろうじて視認できた反射光を頼りに、際どいタイミングで叩き落としてみるとそれは細いナイフだった。


「ほう。当てるつもりはなかったが、それを叩き落とされたのは初めてだ」


「いやいや、結構早かったぞ」


結構どころではない。あんな早撃ち、もう一度防ぐのは難しいだろう。俺は屈んで足元に落ちたナイフに手をかけると、軽くつまんで手首のスナップで投げ返す。


「あだっ」


切っ先でなく柄から飛んだナイフは、店主の額に当たって落ちた。


剣呑な男の横を通して、後ろの店主に当てたのだが、男は自分に当たらないと分かって無視した結果がこれだ。


結果まで予想できなかったのが腹に据えかねたのか、こちらを睨む目つきが鋭い。明らかに投擲速度で劣っているのに、そう睨まれてもな。




「肝心のブツは?」


「たっ、ただいま!」


額を撫でさするのを止めて、店主がチェストからポーチを取り出して手渡す。


こちらを睨んで牽制してくるので、間に割って取り返すことも出来ない。だからといって漠然と佇んでいるわけではなく、今この瞬間も仕込み(・・・)を行っている真っ最中だ。


男は受け取ったポーチを開けようとするが、俺が鍵を閉めているポーチが開くはずもない。


すると今度はナイフを取り出すではないか。


「収納付与のポーチなんだから乱暴な真似をするな。それに俺のだから返してもらおう」


付与鞄の類いが破けたらどうなるのだろう?エステルの特製だから信頼しているが、破けたらどうなるかなんて知りやしない。


「つまりお前なら開けられると……おい、物分かりを良くしてから連れてこい」


男は言うだけ言うと、お付きを連れてさっさと扉の向こうに消えた。


「おいっ!俺のポーチ───」


その声を切っ掛けにしたのかは分からない。とにかく周りの男たちは俺目掛けて飛び掛かり、手にした得物を振り下した。




始まったのが突然ならば、終わったのもあっという間だった。


仕込んでいた力を開放する。


音をたてて水球が宙に浮かぶと、男たちの顔目掛けてぶつかっていった。


何人かは得物で受け止めようとしたが、水球は得物を素通りし顔にまとわりつく。


拷問で“水責め”の類いがあるが、拷問をする者も相応の膂力がなくてはいけない。ヒトは苦しみから逃れる際に、尋常でない力で抵抗するからだ。


ヒト一人を拷問するのに、数人がかりで押さえつける必要が出て来る。


だが水使いの能力を使えば、どうということは無い。


非常に残酷な仕業で、普段なら考えはしても実行には移さない。どうもじゅうたんを盗られたことに、思った以上に好戦的になってしまっているようだ。


様子を見計らって、大人しくなった者から水を剥がしてやる。


部屋の隅ではスリ師弟が固まっており、小僧なぞは目を見開いて震えている。


「おい」


「ひぃっ」


「扉を開けてくれ」


小僧があけ放った扉から、男たちを次々と放り出していく。息も絶え絶えな男たちは、襟首と腰紐を掴まれても抵抗出来ずにいるので、これ幸いと路地目掛けて放り投げていく。


「あ」


一人加減し損なったようで、息をしていないのがいた。つまり溺れたのが一名。


「後味悪いな……」


うつぶせの後ろから抱きかかえると、手を組んで鳩尾を持ち上げるように押し込む。下手をすると、吐き出そうとした水が気道へ逆流してしまうのだが、能力で確認しながらだから心配ない。


“がはっ“


よかった。吐き出した勢いで息を吹き返した。殺したくないとはいえ、男相手に口から息を吹き込むとか御免だ。


そして、もれなく外に放り出した。




「あとはこっちで何とかするから、もう行っていいぞ」


スリ師弟の水の腕輪を解除してやる。


「これも持ってけ」無個性男に金を返す。


「いいのか?」


「取り立てる相手が分かったからな。二度と妙なことを考えないようにしてやるし、諦めが悪いようなら誘き寄せてホームグラウンド(砂漠)で干乾びさせてやるよ」


腕を一振りすると、室内の湿気が無くなる代わりに、俺の周囲に数個の水球が漂っていく。


「あいつらが回復する前に逃げたほうが良いと思うぞ」


二人が姿を消したのはあっという間だった。


「さてと」


ここのボスであろう男が消えた扉を開けると、踊り場、そして下り階段が眼下に見える。


再び仕込みを始めながら、俺は階段を下り始めた。





ポーチ奪還まで行けなかった(´・ω・`)



小僧がやっていた暇つぶしは、コインフラリッシュと呼ばれる曲芸の中の、コインロールという技の一つです。興味がある方は検索してみてください。

マジシャンがカードマジックに入る前に見せる、華麗なカード捌きをカードフラリッシュと呼びます。

作中では“スリの~”とかありますが、ジャグリングの一種ですので誤解なきようお願いします。


今回もお読みいただきありがとうございました。


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