子連れ(?)エルフ
新年あけましておめでとうございます(震え声
一月の更新だし、まだセーフですよね?
今年もよろしくお願いします。
ロバが荷物だけを載せて幌馬車の最後尾を付いてくる。
「遠目にはロバにしか見えねぇ……」
「ドワーフは鍛冶ばかりかと思っていたが、あんな魔道具も作れるとは」
「ドワーフは鍛冶が上手いのではなく、金属の扱いに長けてるんじゃ。ドワーフの彫金師だっておるじゃろう?」
言われてみればその通り。ドワーフ作の緻密なアクセサリーは女性の憧れであり、上流階級になってくると髪飾りから始まり、イヤリング・ネックレス・指輪などをワンセットで揃え、場合によっては衣装に合わせる為に数セット所持する者もいる。
こうなるとある種のステータスシンボルともいえよう。
それはさておき。
同乗メンバーの振り分けは、最後尾はトニオ・俺・バルボーザ。先程まで同乗していた男は前の馬車に移った。
ロバゴーレムが幌馬車の速度に付いてこられるのも、重しがなくなったからである。
そして七輪が一つ増え、その網には肉が炙られている。カエルのモモ肉だ。
大量の化けガエルの足のうち一本だけ処理がなされ、各馬車の七輪で串に刺されて炙られているのだ。一本と言っても結構なサイズなので、各馬車に切り分けてもつまむには十分な量だ。
新たに増えた七輪には、湯の貼られた鍋。そこに赤ワインの入ったコップが四つ。
湯煎してホットワインにしているのだ。
「一応仕事中だろう?酒飲んでいいのか?」
「うちのオーナーは気前が良くてなぁ、馬車一台に小樽で支給してくれてんだ。あとは自腹さ。それも往路で飲んじまったから、これは俺のとっときてわけだ」
つまり、寒さ対策で配給があるらしい。支給分を飲み干し、足りなければ自腹。こう寒くてはいくらあっても酔うに酔えない。
「とっときならば、こちらも出さざるを得ないな」
じゅうたんから取り出したのは密閉された小瓶たち。ラベルを確かめながら二本取り出すと、中から取り出したのは香辛料である。
エステルが気を利かせてくれ、実家の香辛料店から詰め合わせを収納魔法陣に忍ばせてくれたのだ。
安いものではないのに、ありがたい。
「ホットワインなら、この二つだ。入れるか?」
嗜好品とはいえ好みもある。
「「「おう!」」」
「───耳聡いな」
馬車内どころか前方の馭者からも返事が来て、苦笑しながら二つの香辛料───クローブとシナモンを入れていく。
ふつふつとワインが温まるにしたがって、香辛料の香りが立ち昇り、隣の七輪ではバルボーザが肉を取り上げた。
「こんなものじゃろう」
「熱いから気を付けろよ」トニオが前方の馭者に串焼きとワインのコップを手渡す。
「あんがとよ。くうぅ、香りがたまんねぇ~」
その声に三人して口元を歪め、酒をちびりと含むが、湯気と共に立ち昇る酒精に軽くむせる。
「いい酒だから水で薄めちゃいないぜ。寒いときは強い酒をってな」
「そうこなくっちゃ」
バルボーザは俺なぞと違い、一口目は味見だったが、上物とわかると大きく口に含む。
「……旨い」
幌馬車内がマシとは言え、吐き出す息は温かい酒のせいもあり、白い。
そして膝の間にはサミィ。
あまりにも寒がるので、毛布ごと胡坐の中で抱きかかえている。俺の身体で風除けにもなるし、七輪の近くで寒さも凌げるだろう。すると足の間から鳴き声がする。
「にゅぉーぁぃ『ちょうだい』」
「頂戴って聞こえたぞ!」
「そう言うと思って、お前用のを炙ってるから待ってろ」
「爪を立てられないのもそうだが、会話できんのか?なんかすげぇ」
本当にできるとも言えず笑って誤魔化しながら、焼きあがった(塩を振っていない)カエルのモモ肉を食べやすいように裂くと、軽く冷ましてから与えるが、それでも毛布から頭だけを出してハフハフしながら食べている。
「どこまで行くんだい?」
「……知り合いに会いにな」
とバルボーザは答え、俺を見てくる。眉で目が見えず、声を出さなくともこちらに問い掛けているのは分かる。
「こっちはあてもない旅さ」
目的地があるなら、じゅうたんを思い切り飛ばせばいい。無いからのんびりとやっているのだ。
「じゅうたんでの旅か……エルフならでは、だな」
「エルフがじゅうたんなら、俺達は馬車?いや、馬とか家畜の類いか?」
つまりはヒトを背に乗せる、様々な動物と言いたいらしい。そう言えば砂漠でリディに乗っていたエルフは俺位なものだった。
とバルボーザを見ると、驚いたのか眉毛の下の目が見えたのも一瞬、だが視線を追った先にはロバゴーレムがいた。
「あのゴーレムはあんたが?」
「……そうだ。ヒトの手は借りたがの」
「しっかし何でまたロバなんだ?あー、あれか?ドワーフが乗るのに丁度いいサイズだからか?」
トニオが空いたコップにワインを注ぎ、前の方では馭者がチラチラこっちを見ている。早いな、もう二杯目が。
しかしロバか……性格的にもドワーフとお似合いなのかもしれない。
暇な上に酒も入り、目新しい同乗者がいるとなると、退屈凌ぎに話題を求めるのは自然な流れであろう。
しかし詮索されるのを厭う者がいるので、通常は探るような問い掛けになるものだ。だがしかし、良い酒に肉や香辛料まで提供され、自身が何も報いていないとなると、当たり障りのない所で話題を提供、もしくは返答となる。
それでも本当に詮索されたくない場合、お構いなしに無言を貫く者もいる。
しかし口数少ないながらもバルボーザが答えていくのは、彼の性根が悪いものではない証なのかもしれない。
「その、あれだ。あんたの剣も結構な迫力だよな」
「……太刀だ」
「?」
「片刃でこのような反りのあるものを太刀と呼ぶが、単に刀と言ったほうが通りがいいかもしれん。中でもワシのはその長さから大太刀に分類されるものじゃ」
バルボーサが荷台に寝かせてあった大太刀を立てると、その異様な長さがはっきりわかる。
真っ直ぐ立てて持てば柄頭が彼の目のあたりまで来るし、肩に担いだり背負うとなると取り回しに難がある。
かと言って平均身長が140から150センチのドワーフが、この大太刀を腰に佩く姿は異様である。
分厚い身体から長い鞘が伸びる様は、人のいない旅路ならば地面に擦らぬように気を付ければいいだけだが、街中ではいい迷惑である。
それを訊ねてみるとバルボーサは黙って馬車の端に行き、口笛を鳴らしてロバゴーレムに合図した。
その合図に駆け寄るロバゴーレムへ大太刀の鞘尻を差し出すと、小ぶりな魔法陣が現れるのでそのまま差し込み、“つっ”と放すと大太刀はそこに納まり、陣も消えていく。
「抜いても鞘が邪魔でな。専用の魔法陣を設置してしまったわい」
……これはエステルたちと同じ匂いがする。恐らく見た目通りのゴーレムではないだろう。
「俺も一振り持っているのだが見てもらえないか?押し付けられたのだが、価値が今一つ分からなくてね」
いい機会だから、ばあさまからの刀を見てもらおう。
「どれ……」
じゅうたんから取り出した刀を手渡すと、バルボーサはすらりと引き抜き検分し始める。角度を変え、光に透かし、立ち上がって上段・中段と構えたが、素振りはすることなく鞘に納めた。
「悪くはない。よく手入れはされているが、一度研ぎに出したほうがいいじゃろう」
「すげぇな。ドワーフの“悪くはない”は誉め言葉だぜ」
受け取った刀を眺めるが、今一つ実感が湧かない。そもそもばあさまに押し付けられた武具類が、唸るほどあるからだ。しかし良いものだと聞かされると、使わずに仕舞っておくのも勿体無い気がしてくる。ならば一緒にあった教本も見て貰おう。
バルボーサが太い指でページを捲っていく。
時折動きを確認するかのように手刀をひらひらと振るい、納得したのか小さく頷いている。
「いい教本じゃがこれ一冊で独学でやるには、時間がどれだけあっても足りないじゃろうな。これは一通り教えを受け、ある程度の腕を備えた者が読む物じゃ」
「てぇことはアレかい?どっかの道場に通う奴が読む本だってか?」
「そう言うことじゃ」
刀自体初めて見るのも同然なのに、それを教えてくれる道場を探すなど難易度が高すぎる。そんなことを考えながら、受け取った教本を捲っていく。
バルボーサは興味を失ったのか、ホットワインをちびりとやりながら“むふー”と鼻から息を吐き、トニオは馭者に急かされておかわりを持って行っている。
“なぁーぅ”
俺はサミィの鳴き声に急かされると、教本を横に置いて焼き上がった肉を小さく裂いて与えていった。
道は小高い丘を迂回して続き、その丘を通り過ぎた先には堅固な城壁が霧雨で煙って見えてくる。
城塞都市クティーロア。
王都ラスタハールに次ぐ規模の街で、旧王都が壊滅した今となってはこの国一番の古都と言えよう。
城門は街の四方に開かれており、その外周に沿って隣の門までの道も拓かれているが、この幌馬車隊以外の馬車の姿は無く、街からこちらの道へやってくる馬車すらなかった。
「なんかおかしいな?」
「けど妙な雰囲気もないし」
「城門も開かれているから、物騒なことでは無いのだろうがなぁ」
そう言い合いながらも、行けば分かると馬車を進める一行。理由はすぐに明らかになった。
「あんたら、化けガエルに出くわさなかったのか?」
クティーロアの街の城門に着くと、門番の第一声がこれだった。
幌馬車隊を仕切っているトニオが得意気に討伐を自慢すると、門番はあきれ顔で溜息をついてくる。
「はぁ、そいつぁご苦労さん。街でも奴らの動向は把握していてね、あの数だろ?んで、この寒さを利用して、もう少し弱らせてから討伐隊を向かわせる予定だったんだよ。討伐隊のメンバーも集結していてな、酒場で英気を養ってる最中なんだが、こりゃあ無駄になっちまったな」
つまりは魔物がいると分かりきっている方面へ、今時分商売に赴く輩はいないということである。
「ギルドも赤字だな」
「俺たちのせいじゃないし」
「襲われたから退治したまでだ」
「そこいらは俺たちの領分じゃねぇしな。獲物も含めて番頭さんに任せるのが一番だ」
トニオが丸投げを決め込むのを合図に、俺たちは順番に門番たちのチェックを受けて門をくぐっていった。
「じゃぁ、ここでお別れだな。うちの商会で買い物があったら俺の名前を出してくれ。値引きは───怪しいが、多少のおまけくらいはいけるぜ」
邪魔にならぬよう門前広場の隅で挨拶を交わすが、トニオの頼りになるのかならないのか怪しい言葉に、軽く苦笑が漏れる。
「雨をしのげて助かった。またどこかで会う事もあるじゃろう。ではな」
そうバルボーサは言うとロバゴーレムの轡を取り、あっという間に人混みに紛れていった。何ともあっさりとした別れである。
「さて……これをどうするか」
じゅうたんは石畳の上で浮遊しているが、そこの占拠者が動こうとしない。かと言って飛んで移動するのは悪目立ち必至。
「仕方ない」
毛布ごとサミィを抱きかかえると、じゅうたんの端を蹴っ飛ばす。くるくると巻き上がって屹立したじゅうたんは、腰の収納ポーチに倒れ込み、その中へ姿を消した。
“エステルのものぐさ改造さまさまだ……”
魔法のじゅうたんの凄い光景を見た筈なのに、幌馬車の面々の表情が微妙に見えるのは気のせいだろうか。
「では俺も」
何はさておき、街に着いたらギルドへ顔出しである。地元のトニオに場所を聞くと、両手でサミィを抱えて別れを告げた。
ギルドの扉をくぐる頃には、耳の先が冷たくなっていた。服は寒さに見合った物を身に着けているが、頭は砂漠にいた時のクーフィーヤから変わっていない。もう夕方だから、明日にでも帽子を探そう。
しかしサミィを毛布で抱えるのは中々辛いものがある。毛布のサイズや身動ぎをするサミィのせいで抱えにくいのだ。
建物に入る時には扉を肩で押し、ギルドのカウンターに毛布の塊をのせて一息。固まった肩をほぐす。
首元からタグを出して到着申請をしようとするが、受付嬢の視線は毛布にいっている。本人はチラ見のつもりでも、これはもうガン見だ。
そっと毛布を捲ると一瞬サミィの片耳が見えたが、すぐさま奥に隠れてしまう。
その様子に受付嬢は目をキラキラさせて手を伸ばしてくるが、そっと押しとどめると悲しそうに眉が下がる。
「寒いせいなんだ」
その一言で諦めてくれるとタグの処理を始めるので、ついでに宿屋を二・三軒紹介してもらう。初めての土地ならこれが一番確実だ。
「はい、いらっしゃい。泊りも食事も、今だったら案内できるよ」
ふくよかな普人の女性がトレイ片手に挨拶してくる。その奥に並んでいるテーブルは既に幾つか塞がっており、酒を傾けている者が数組いる。
「泊りで頼む」
「おや、赤ん坊連れのエルフさんとは珍しい。うちは食堂もやってるから少しうるさいよ?」
「赤ん坊じゃなくてネコなんだが」耳は隠れて見えないはずなのに、一発でエルフと見破られてしまう。
「まぁ!ネコちゃん!毛布で抱いているからおかしいと思っていたけど、ネコちゃんだったのね!だーいじょうぶよ、うちもネズミ退治に飼ってるから!ここいらの宿じゃウチが一番清潔だよ。だけど何で毛布なんだい?病気かい?んまぁ可哀相に───」
「ただの寒さ対策だから!」
「それでも旅の道連れに連れてるんだろう?あー、私もネコちゃんと一緒に旅してみたいわぁ。だけどその子の為に毛布で包んで運んでやってるとか、あんたいいとこあるねぇ……そうだ!良いものあるよ、ちょっと待ってな。最後に使った時に洗濯しといたから清潔だし、あれを使えばあんたの移動も楽になるさ!ちょっと待ってな!」
“ちょっと待て”と二回も言われ、ほっぽらかされてしまう。あれはネコ好きなのか、お節介気質なのか、兎に角いきなりで困惑が半端ない。
しかし大して待たされることもなく、女将が何かを手にして戻って来た。
「お待たせ~。じゃあやり方を教えようかね。なーんにも難しいことは無いよ。あんた子守とかしたことは?ない?じゃ分からなくとも仕方ないね。私が子供の頃はよくこれでやらされてたもんだよ。でだ、端っこをこの金具にこう通して、こう。大体この位置に合わせるんだ。するとこう広がるから……あぁやっぱり毛布じゃ大きいね。これも上げるから、こっちに移して───はぁい、ちょっとこっちに来てね~。で、こう包んだら中に入れるっと。はい出来上がり!」
俺もサミィもされるがままに身を任せた結果(余りにも自然で、サミィも女将に爪を立てることは無かった)、横抱き抱っこ紐にネコを抱えたエルフが出来上がった。
「……何が起こった?」
お読みいただきありがとうございます。




