もはや自由自在
遅くなりました。
最後の戦闘シーンを書き終えたらPCがハング。仕方なく再起動した画面には、文字化けしたテキストが(ノД`)・゜・。
泣く泣く終了ボタンを押したら今度は”セーブしますか?”とのこと。
怖くてセーブできんわ(ノД`)・゜・。
小さくも頑強なその馬体は、荷物をうず高く積まれても足取りに衰えは見受けられない。
しかしその馬面についている耳は長く、その耳のせいである地方ではウサギウマと呼ばれている。
だがもっと異様なのは鼻の先からお尻まで、艶のある陶器のような質感を湛えている事だ。しかし尻尾はどうしようもなかったのか、一房のそれはまとめて一本の造形だった。
そう、それはロバの形をしたゴーレムだった。
ゴーレムがヒトを背に乗せ小雨の中を進む。
そしてその背に揺られているのも、小さくとも堅固な体つきをしている人物。
老齢なのであろう。
マントの隙間から出ている手綱を握る手は皴が多く、指先は固い皮膚で覆われている。編み笠の下の頭はバンダナで覆われて髪量は分からぬが、膨らみ具合からうっとおしい量なのだろう。
眉毛も年輪の様に嵩を増し、瞼の上に掛かるほどだ。目を細めると眉毛のせいで目が隠れてしまう。
そして眉毛もそうだが頬から口・顎にかけて覆う髭もまた白い。
彼は老齢のドワーフだった。
この季節の長雨を秋霖と言う。
大風が吹くわけでもなく、激しい降雨でもなく、只しとしとと降る。
降雨は長いが雨量は知れているので、近隣の河川の水量もいつもより多いくらいで左程危険は無い。しかし土地の保水量の限界はまだ先とは言え、道から一歩外れれば靴はもとより、服の裾にもたっぷりと水を吸わせることになるだろう。
今となっては水や泥を避けるというのは無駄な努力なのだが、それでも彼らは轍を避け泥や水を撥ねぬように淡々と進んでいく。
★☆★☆
馬車は進むがゴトゴトと音は立てない。例えるなら、”びちゃ”とか”どちゃ”と水と泥を混ぜた音を響かせて進む。
中に乗り込むと、幌馬車の中には七輪が置かれ、やかんからは細く湯気が上がっている。
「茶なんて洒落たものはねぇがどうだい?」
「白湯でも温かいものは有難い」
トニオに勧められるまま一杯貰う。
注いでもらうのにやかんが持ち上げられると、その下の七輪の中には赤く燃える炭と一緒につるりと丸まった石が入っている。
「あぁ石を焼いてな、十分熱くなった奴を布で巻いて腹に入れるんだ。馬車内で火は使いたくねぇが、こうも寒いとやってられんのよ」
あの後そのままじゅうたんで去ってもよかったのだが、雨避けに乗っていかないかと誘われたのだ。
「しかし、こう、落ち着かねぇな」
トニオが上目遣いで独りごちた。
「すまないな。うちのがゴネて」
ちらと上を仰ぎ見ると、幌馬車の天井一杯にじゅたんが浮遊している。
彼らを洗い終え、馬車に移るぞと伝えるとサミィは一言。
『いや』
毛布の奥から光る眼は強く主張していた。よほど今の温かい毛布の下から出たくないらしく、仕方ないので馬車へそのまま突っ込ませてもらった。
雨垂れするほど濡れていなくて良かった。幌の下で雨漏りとか笑い話でしかない。
しかしはた目にはネコの鳴き声と会話しているふうにしか捉えられない。語弊のある言い方をすれば、奇人扱いって奴だ。
それもすぐに流してくれ、馬車に乗り込むと軽くお互いの自己紹介から始まる。
このフォルゴレー商会所有の馬車三台には、近隣の農家から買い取った野菜類と炭が積んであるとのこと。
この長雨で、畑の作物が腐る前に収穫したものを買い叩いた代わりに、これから値が上がる炭を高めで引き取ったそうだ。尤もその売買をした担当者は先に帰ってしまい、悪天候の中運ぶのは彼らの役目。
積んでしまえば退屈な馬車移動。
トラブルも無事解決して余所者が同乗するとなると、乞われるのは異国の話そして俺のじゅうたんについてだ。
慣れたもので、何度話したかも覚えていない鉄板の話をしてやり、じゅうたんについては当たり障りのない程度にお茶を濁す。
極限まで手を加えられたじゅうたんだ。あれこれ口にできるわけがない。まぁエステルとばあさまの魔改造のお陰で、防犯が万全なのは覚書きで確認してある。
「ちょっと失礼」
トニオが馭者からの合図で、身を乗り出して前方を確認し始めた。
霧雨の視界の悪い先にはロバに跨った姿が一つ。荷物もそれなりに積んである。
「この雨の中街を目指しているのは俺達だけかと思ったが……」
「ご同輩がいたようだな」
速度は馬車より遅かったようで、しばらくすると追いついてしまう。だが馬車は轍から抜けることは困難だ。
「おーい、先に進ませてくれ!」
先頭の馭者が声をかけると、返事も合図も返してこないがスッと騎手はロバを寄せる。
「すまねぇな」
追い越ししなに声をかけると、やっと小さく手を上げて合図が返って来た。それでも声は聞こえてこない。
三台の幌馬車は泥濘の中、追い越していった。
「一つ聞きたいんだが」
「ん?なんだ?」
「三台の馬車で馭者を入れても九人。野盗とかでないのか?」
「ああ、それな」
話によると、ここの領民は食うに困らない程度の収入はあるらしい。そして領主もそれに比例した税収を得ている。幸いなことに税を搾り取ろうとしない先代領主の時代から、この領内では平穏な暮らしが出来るとの事。
「それでも万事問題なし、って訳にゃいかなくてな……聞こえないか?」
そう言われて耳を澄ませてみる。
馬車の音ばかり聞こえるが、それでも耳に集中すると───
”む゛ぅぅぅ~”
低く鳴り響く鳴き声。
「聞こえたか?化けガエルの鳴き声だよ。長雨が降ると水辺から上がってきて獲物を探しに来るんだ」
「この季節はめんどくせぇよな」
もう一人の男に続けて、トニオは詳しく説明し始める。
化けガエルとは正式名称をラスプトードと言う魔物の一種である。
通常、口腔内に納まる相手を捕食するカエルであるが、この化けガエルは自身と同じもしくはそれ以上の相手にも舌を伸ばす。
水辺に生息するが泳ぎは得意でなく、かと言って跳ねるのもそこそこ、歩く速度は言わずもがな。唯一の武器はその長い舌だ。
それを獲物の顔目掛けて飛ばし、窒息させるのが常套手段。丸呑みできない獲物を窒息させると、やすりをかけるように少しづつ噛み切っていく。
最初に窒息させるのはその歯が小さく、噛み切るのに時間がかかる為なのだが、肝心のこの舌、不意打ちで防ぐのは大変だが、心得のある探索者ならば盾で防ぐのは容易である。
「基本群れない魔物なんだが、長雨になると群れて徘徊しやがる。なんでここいらの酪農家は、雨が降ると必ず家畜を小屋に戻すんだ」
たまに牛一頭が化けガエル数匹にやれた話も聞くんだ、とトニオが身震いして話す。
「窒息させるのも惨い話だが、奴らの歯は鋭いが小さくてな。でかい口してて少ししか噛み切れねぇ。死んでる家畜に群がる奴らも気持ち悪いが、生きている家畜に……いや、これ以上はよそう」
「でも何とかなっているんだろう?」
「ああ、一人で群れ相手は無謀だが、人数集めりゃ万が一舌に絡め捕られても無事な奴が叩き切れば、簡単に抜け出せる。他にも───」
突然馬の嘶きと共に馬車が急停止する。
「トニオさん!!でけぇ群れが!」
それを合図に各々武器を手に飛び出した。
三台の幌馬車に馭者が三人、荷台に各二名+α(俺)がそれぞれ馬車を囲む。
見渡すと化けガエルの群れは道を塞ぐ形で現れた。しかもその数、十以上。後方にもまだいるようだ。
逃げるのに後ろは空いているが、魔物の数もそうだが路面の状態としても方向転換は無理である。
「数は多いが、やってやれねぇ事はない!油断するな!」
馭者たち三人は戦力しては数えられない。
なぜなら、へっぴり腰で盾を構えている姿で一目瞭然である。しかも一人は薪割り用の鉈を構えている。
となると七人でこれらを退けねばならない。
じゅうたん一人旅ならば飛び越していけるが、こうなってしまっては見過ごすわけにもいかない。今は目の前の敵だ。
先ずは先制して一当て。盾の裏のバインダーからブーメランを外して投擲する。
飛翔するブーメランは、霧雨を裂いても勢いを減ずることは無い、が───
化けガエルに当たったはずが、不自然な流され方をした。
「粘液がひでぇな!打撃系は滑るぞ!槍で刺すか斧で叩き割れ!」
「その手の情報は早く、ぅへぇ」
戻って来たブーメランをキャッチすると、当たったところが粘液まみれだった。キャッチできたのは握った所に粘液が付いていなかったからなのだが、盾にそのまま仕舞いたくない。当然だ。
後方の馬車目掛けて放り投げると、切り裂きのシャムシールを抜いて他の奴らに追従する。
”む゛ぉぉぉ~”
奴らは威嚇し、舌を伸ばす。
対してこちらは盾で受け止め、舌を切り落とすのだが上手くいかない。
その中でもトニオは手馴れているようで、短槍片手に確実に仕留めている。
化けガエルに対峙すると、まず舌を盾で受け止める。そこですかさず間合いを詰めると、短槍で下あごから脳天まで貫いて仕留める。
ここまでは鮮やかなお手並みなのだが、盾にくっついた舌を引き剥がすのに手間取っている。
俺も駆け寄るが、複数相手にならぬように相手を見定めると、おあつらえ向きの相手が。
向こうもこちらに気付いたのか、すかさず舌を飛ばして来るので盾で受け止め、伸びきった舌に刃を振り下ろす。
───が、半分切れ目を入れただけで切り落とせない。
それでも化けガエルは舌を自由に動かすことは出来なくなったのだろう。何も出来ずに俺の接近を許すので、開きっ放しの口腔内にシャムシールを突き入れる。
すると何かを断ち切る手応えと共に、化けガエルは崩れ落ちた。脊髄辺りをやったか?
武器を引き抜き、一瞬だけ剛力を発動させて盾の舌を引き剥がし、次の相手を探すとまだ群れを成して接近してくる化けガエル。
一匹相手に手間がかかるので、むやみに突撃して舌に絡め捕られては元も子もない。
時間はかかるが、周りをフォローしながら確実に退治するしかないだろう。
★☆★☆
雨の中、進行方向の先で人影が動いている。しかも複数のようだ。
バルボーサは長い眉毛の奥から道の先へ目を細めると、争っているのはヒト対ヒトではない事が分かると直ぐに察しがついた。
すぐさまロバゴーレムの首筋に手をあてがい魔力を注ぐと、ゴーレムは力強く走り出す。
バルボーサはゴーレムを走らせながら更に魔力を注ぐと、ゴーレムの背からは収納魔法陣が展開されるので目当ての物を引っ張り出す。
それはショルダーガード付きの胸甲だったが、胸甲は仕舞い直すとショルダーガードだけを馬上?で身に着けはじめる。
速度も緩めることなく防具の金具を留める頃には、先程追い越していった馬車たちが化けガエルを相手にしているのが分かってくる。
今の所遅れは取っていないようだが、数が多く手古摺っているのが見て取れる。
「助太刀するぞ!」
バルボーサは速度を落としながらロバゴーレムから飛び降りた。
★☆★☆
「助太刀するぞ!」
突然の声に視線を切って振り返ると、先程追い越したドワーフがロバを引いて飛び込んできた。
視界の端の影に盾を合わせることなく間合いを取ると、やはり化けガエルの舌であった。そして皆が反応できない中で返答したのは、やはりトニオである。
「頼む!ありがてぇ!」
ロバの鞍に魔法陣が見えたかと思うと、剣と思われる柄が飛び出す。
魔法陣からは鍔と鞘までが飛び出しているが、柄が長いのだ。三十から四十センチはあろう。そして引き抜かれると鞘は留め置いたまま、一メートル近い刀身が姿を現す。
ドワーフはその身の丈に合わない剣を担ぐことなく、その重厚な身体に隠すように下段後方に構えると、上体を殆ど揺らさぬ歩法で滑るように前進。
しかし端から各個撃破する俺たちの戦列には加わらず、化けガエルの群れに飛び込んだ。
いきなりの突撃にフォロー出来ようはずもなく、当然戦列の俺たちは各個迎撃中だ。
近くにいた化けガエルからしてみれば、いきなり飛び込んできた格好の標的である。
窒息させんと伸ばした舌はドワーフの顔には当たらず───いや、顔に当たるところを肩当で受けたのだ。
そして普通ならば舌を断ち切る所を、彼はそのまま身を任せて引き寄せられ、鈍重であるはずのドワーフは宙を駆けた。
ドワーフは空中で武器を振りかぶるが、着地前に間合いに達してしまう。だが彼はお構いなしに、化けガエル目掛け真っ向から振り下ろす。
過たず、それは頭蓋を断ち割られるが彼はそこで止まらない。
勢いに任せて地面を滑り、次の間合いでは足をねじって泥に足を埋め、運動エネルギーを失う前に新たな化けガエルを下顎から脳天まで貫く。
その後はもう戦闘ではなく狩りであった。
化けガエルの群れの中心でドワーフが乱戦を仕掛け、俺達はその外周で芋の芽をこそぎ取るように一匹ずつ処理をする。
最後にドワーフがぐるりと薙ぎ払うと、獲物は泥の中に這いつくばった。
「助かったぜ、ありがとな!」
早速トニオが礼に走る。
「なんの。一本道だしの、進路上に障害があれば手伝うのもやぶさかじゃないわい」
太い眉毛の下の眼は見えず、顔を覆う豊かな髭で表情も見えないが、追い抜いた時とは違い社交性はあるようだ。
「しっかしドワーフといえば斧ってイメージがあるが、見慣れない剣だな。しかも達人級ときた。俺ぁトニオってんだ。名前を教えてもらっても?」
「バルボーサだ」
ドワーフは、名乗りはしたがトニオの称賛にも肩をすくめるばかり。
「ついでと言っちゃぁなんだが、もう一つ手伝ってもらえないか?勿論、礼はする」
トニオの視線はバルボーサだけでなく、俺も含まれていた。何をさせるのだと無言の視線を返すと、答えはすぐに返ってくる。
「化けガエルの足だ。結構旨いんだよ。酒付きで奢るぜ」
肉屋へ普通に卸せるらしい。
「ほう」
酒と聞いて呑兵衛達が動き出した。
★☆★☆
化けガエルを撃退出来て、どいつもこいつも気が緩んでいる。あのエルフもそうだ。
じゅうたんは最後尾の馬車の中。同乗した時のままなら、ネコの為に広げたまま入れている筈だ。
全くペットを気遣うたぁ、あのエルフの気が知れねぇ。そもそも自腹を切ってペットに飯を食わせる辺り、俺から言わせりゃ頭がおかしい。
この隙にっと、へへ、まだ浮かせたまま馬車ん中にあったぜ。幌内の上のほうがあったけぇのは七輪のお陰か。
上にあるじゅうたんだが、腕の力で下に降ろせた。
さぁて操縦はどうすりゃいいんだ?この手の物は始めに魔力を流すのが相場なんだが。
…………おぉ。魔法陣が出た。何だ簡単じゃねぇか。へへ、さっさと乗っておさらばだぜ。
”すっ”
えっ?ネコの手?上に戻った?
……再度下に降ろす。何がどうなった?なんて思っていると、毛布の塊から再びネコの手が伸び、魔法陣に触れるとスッと天井に戻る。
くっ、くそネコのせいか!下に降ろすと寒いから再上昇させてるのかっ!
数回繰り返したが、その度に元に戻されてしまう。ならばネコをどかすまでだっ。
腕尽くでじゅうたんを引き下ろすと、すかさず毛布の塊ごとネコをひっつかむが───
「ぃだだだ!!?!」
掴んだ瞬間、手を数回引っかかれ噛みつかれた。痛みに腕を引っ込めると、砂色をしたネコの手が魔法陣をバシバシ叩き、幌の天井に戻ってしまう。
くぅぅ、痛ぇええ。手には爪痕だけでなく噛まれた跡は深く穿かれ、血が流れ落ちていく。槍で刺されたかのようだ。
「ちきしょう!」
怒りに任せてじゅうたんを引きずり降ろそうとするが、びくともしなくなっている。くそったれ、これもネコの仕業か!
「何やってるんだ?」
トニオが戻ってきやがった!
「い、いやぁ。ネ、ネコを撫でようとしたら引っかかれて……」
「お前がネコ好きとは知らなかったな」
「お、おぅ。皆には内緒にしといてくれよ」
「……そうしてやりたいのはやまやまなんだが」
トニオの指さす幌の裏を見ると、にやにや笑いの仲間たちが揃っており、それを目の当たりにすると噛み傷の痛みが増してきた。
何とか年内更新出来ました。
今年一年、拙作はいかがでしたでしょうか?評価ボタンを押していただければ幸いです。
お読みいただきありがとうございます。
それではみなさん良いお年を。




