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帰ってきたじゅうたん、そして

本日二話目になります。

お気を付けください。


夜も更けそれぞれが自室に戻る中、あてがわれた寝室で俺はばあさまと過ごしていた。


部屋は別々だったのだが、ばあさまが酒を片手に訪ねてきたのだ。


俺の部屋のサイドテーブルにもグラスとワンセットで備えてあるので、わざわざ持ってこなくともよかったのだが。


さらには今までどこに隠れていたのか、サミィが部屋の中をうろついている。


「自分の家にいるとどうと言うことは無いけど、場所が変わるとあれこれ考えてしまうわね」


「不安でも感じるのか?らしくもない」


「そうね。まだ古老という年でもないしね」


……昔の活躍が石碑に刻まれるほどなのに、何を言っているんだか。


「それでどうするの?」


「どうって?」


「昼間、エステルに手紙でもとか言ってたじゃない。砂漠に戻るなら交換日誌越しに遣り取り出来るのに。それを手紙とか、ね」


一々”魔道書簡”と訂正するのも面倒になって来た。


軽く含んでいたのを飲み込むと、酒気を帯びた息を吐く。


「砂が懐かしい気持ちはある。だけど少し砂から離れようかとも思うんだ」実家程度の距離では砂から離れた感覚が薄いのだ。


「……たまには私にも手紙よこしなさい」


「はは。善処します」


足元ではサミィが執拗に俺の脚に身体をこすりつけている。二本の尻尾も健在だ。


「お前とこうするのも久し振りだな。これからどうするんだ?俺と一緒に来るか?」


サミィを抱き上げると、膝の上に降ろして聞いてみた。


『どこか行くの?』


頭に響く声も久しいものだ。サミィはぷるりと身を震わすと、もう一つの姿を現した。


「エステルがじゅうたんの飛ばし方、教えてくれたの。じゅうたんで行くなら飛ばしたい」


砂色の髪、長い耳の先にはふっさりと毛が生えている。


俺の膝の上には、小柄だが成人エルフの姿になったサミィがチョンと座っていた。変化ももう問題ないのだろう。いつぞやと違い、ちゃんと服を着た姿だ。


「基本歩きだが、やっと直った俺のじゅうたんだ。勿論使うさ」


「じゃあ、いく」


サミィは二つ返事で答えると、額を俺の胸元にこすりつける。


そして膝から降りたと思ったときには、既にスナネコの姿に。今度はばあさまの膝に飛び乗るとそのまま丸くなった。


「そうそう。あの子、あなたのじゅうたんで色々やらかしてるから、確認しておいたほうがいいわよ」


「確認て……」


じゅうたんが入っている鞄を探ると、それらしき帳面が見つかった。パラパラと流し読みをするが───思いつくままに機能を追加するんじゃないよ、エステル。


「そろそろ部屋に戻るわ。練習メニュー作らないと」


「クリフォードのか?」


「定期的に見には来るけど、基本一人での鍛錬になるからね。やる気や本気も見たいし、術はさぼったら身につかないから……えーと何を言いたかったんだっけ?」


「ばあさま、酔っぱらって無茶なメニューを組むなよ」


ばあさまは”大丈夫よ”と言って酒瓶と自分のグラスを出ていった。


俺は”もう一杯”と酒瓶に手を伸ばすが……


「っ!いつの間に」


ばあさまが持ち出したのは、この部屋の中身が入った瓶。手元のそれは、二人で飲んでいたせいで中身が心もとなかった。






昨日と同じ場所で、同じ顔ぶれで見送りを受けている。


違う点は、ばあさまが居り、自分のじゅうたんが手元に帰って来た事だ。


一日前は普通に帰宅するつもりだったのだが、一晩明けると新たな旅に出る俺がいる。状況と言うやつは、こうも簡単に変わるものなんだな。


腰のポーチを意思を込めて叩くと、巻き上がったじゅうたんが飛び出して広がっていき、すかさずサミィが飛び乗った。


そして地面に着地することなく、アイドリング状態で浮遊。これは俺が立ち止まっているからで、移動していれば追従してくる。


これはどうやって俺を認識させているんだろう。全く持って分からん。


「エステルの作るものは想像を超えるわね」


ばあさまにこう言わしめる辺り、エステルは一皮も二皮も剥けているんだな。




「それじゃあ」


「気を付けるのよ」


俺の挨拶を皮切りに、ばあさまはじめグルーバー男爵一家、騎士団の面々が声をかけてくる。


サミィはじゅうたんの上で身をくねらせてご機嫌だ。


団員たちからは体を叩かれ、手荒な別れを済ます。


グルーバー男爵とは固い握手を交わし、ブレンダ婦人は両手で優しく、リヴェーナ大奥様からは軽く身を預けるようなハグを。


「本当にお世話になりました」


「これからだ。まだスタートラインに立てただけだ、クリフォード。あとはお前次第だ」


「……あの、これお返しします」


そう言って彼はマーカー用の指輪を差し出してくる。


「ん」


受け取った指輪をポーチにしまうと、アレを思い出し大小の巾着を引っ張り出す。


ナスリーンが作った魔力で染める珠だ。


珠を四つ出すと二つは自分で握りしめ、二つはクリフォードに渡す。


「これは?」


「握りしめて魔力を込めるんだ」


そうして開いた二人の手の平には、琥珀色の珠と黒々とした土色に水色混じりの珠があった。


クリフォードが物珍し気に珠を見つめる中、ひょいと交換し空の巾着に入れて渡してやる。勿論この珠がどういう物かの説明もだ。


「ま、どこにいるとも知れない俺より、頼りになるばあさまが近くにいるからな」


「いえ、ありがとうございます」


ぐっと巾着を握りしめて、彼は答えた。




”ぷぉん!”


聞きなれない音に、その場の者が発生源に振り返ると、再度鳴り響く。


”ぷぉん、ぷぉん”


サミィがじゅうたんの警笛魔法陣を操作していた。かと思うと、じゅうたんがするすると進み始めるので、俺も駆け出した。


「それじゃあ!また!」


俺が飛び乗るのに合わせて、サミィは速度と高度を滑らかに上げていく。こいつ、操縦結構上手いな。


「お元気でー!」

「また来てくれーっ!」

「怪我すんなよー!」


背後からの声に腕を大きく振って応えるが、人の姿はあっという間に小さくなり、眼下には領主の館や練兵場などの施設、規則正しく区画分けされた畑が広がる。


”いい景色だ”


「サミィ、右に三十度ほど。あっちだ」


頭越しに方向を支持すると、サミィは緩くバンクさせて修正。急ぐ旅ではないが、今日くらいは好きに飛ぼうか。


俺は軽くじゅうたんの風防領域を展開させると、そよ風を感じながら久し振りの飛行を楽しむ。






★☆★☆






”ゲゲッ”

”ギョガガガ”

”グギューィ”


背後からゴブリン共の声が迫る。


ゴブリン如きに後れは取らないが、視界の悪い森の中となるとそうもいかない。身の小ささと数に任せた乱戦となると分が悪い。


囮として飛び出したが、うまいこと全てのゴブリンを引き付ける事ができたようだ。奴らにとっては負傷した部下たちより、逃げ惑う自分を優先したのだろう。


自分を始末した後に部下たちを嬲る魂胆が丸見えだ。




いつもの領内の巡回中、国境沿いの村でゴブリンの被害が報告された。


村人たちがいつもの調子でゴブリン退治に出たのだが失敗、このゴブリン達は狡猾だった。


けして見通しの良い場所には出ず、襲撃するのは見通しの悪い森か、夜の闇に紛れてだった。


そこで小隊を組んで森に分け入ったのだが、気付いた時には小隊同士の連携が取れなくなるほどかき回され、立て直しの撤退中に襲撃。部下が足をやられてしまう。


「隊長、クリフォード隊長」


部下の呼びかけにハッとする。


「指示を、指示を下さい」


見習いのこいつらを無駄死にさせられない。


「自分が囮になる。その隙に撤収しろ」


「しかし隊長っ」


小声で反論してくる。


「大丈夫だ。流れる水を感じる。川が近い(・・・・)


上司の言葉に、部下の目に力が戻った。




必要以上に草木をかき分けて音を出す。


その後ろからはゴブリン共の汚い声が追いかけてくる。逃走に必死なのだが、振り切ってしまっても意味がない。


”ギャギャッ”


追いつかれたか!


後ろを見下ろすと、錆びた小剣を振り下ろすゴブリン。


素早く足を畳んで避ける。祖母の脛打ちに比べればぬるい一撃だ。そのまま振り向きざまに剣を抜き打ちするが、牽制が精いっぱいでゴブリンの足止めにしかならない。


だが、ここで遣り合うつもりはない。


素早く納刀して走り出す。もう近い。


”ガー”

”ギャギャッ”

”ギュイィィ”


今のやり取りで距離が詰められたか。


だが、いける。


先程から川のせせらぎが聞こえているのだ。そして木々の切れ目が見える。あの先だ!


その間にもゴブリンの鳴き声が近づくのが分かる。


構わず飛び出したそこは、水面まで四・五メートルはある崖だった。




「■■■ ■■ ■■ 水面ンン───」


落下中に水術の詠唱は完了したが発動には至らず、激しく水柱を立てつつ沈降していく。


”歩行”


水中での発動と同時に、術の効果で身体が水上に跳ね上げられる。


水音に気付いて振り返ると、ゴブリン共が次々と飛び込んでくる姿があった。


落下には焦ったが結果オーライ。急いで岸まで水面を走る。


岸に着くなり術を解除、新たな術の詠唱を始めようと振り返ると、こちらへ泳ぐゴブリン共の姿が。いや、泳ぎとは言えない下手糞っぷりに、深呼吸を一つ。


これなら十分間に合う。


「■■ ■ 礫」


相変わらず土術のほうが制御しやすい。詠唱完了しても、発動させずに留め置く。


「■ ■■■ ■ 渦」


水術はそうもいかない。すぐさま発動させると、ゆるやかな瀞場の水面に渦が起こり、さらには渦の水柱が屹立。ゴブリンたちを飲み込んだ。


そして土術を発動。水底の砂礫が勢いよく誘導される。


「■■ ■■ 水礫渦(すいれきか)




渦から逃れようとゴブリンたちは息を止めてもがいていくが、その中に放たれた砂礫がゴブリンたちの身体を叩き・削っていく。


その痛みに吐き出した息は死への連鎖だ。砂礫による傷からは血が滲み、全身からゆっくりと血が滲み消耗は必至だ。


しかしそのような悠長なことでは魔力も尽きる。溺死させるまでの時間も定かではない。


クリフォードは魔力が尽きる前に、渦からゴブリンを一匹づつ岸へ吐き出させる。




「はあっ、はあっ、」


必死に息を整えながら抜刀。


一匹のゴブリンに近づくと懸念していた通り、小さく痙攣して溺死まで届いていなかった。だが後もう少し。


魔力不足の身体に鞭打ち、なんとか止めを刺し終えると、剣も納めず放り出してへたり込む。


”足りない。こんな調子じゃ、あの人に申し訳が立たない”


遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。


クリフォードは教えを受けた師だけではなく、少年の頃に水術の切っ掛けを貰ったエルフへ誓いを新たにするのであった。




お読みいただきありがとうございます。

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