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なし崩しで引き受けたこと

男爵夫人の名前をブレンダに変更。



豪華な夕食後、食後のお茶を前に話をせがまれたので、食事の礼とばかりに語って聞かせた話題は、当然砂漠の旅についてだ。


大人三人は適度に相づち打ってくるが、一番目を輝かせていたのは令息のクリフォード。


砂漠の旅の基本装備から始まり、旅の注意点・進行方向の決め方・水と塩の重要性。


そしてそれらを怠った者たちの末路。


また、熱砂の砂漠が、本当は生命にあふれている事。




「王都ラスタハールと港街シャーラルを行き来するルートは二つ。一つは大回りだが安全なオアシス経由。街道も整備されているから、専ら馬車などで大量輸送に使われている。もう一つは砂漠の縦断ルート。ガイドを雇わないとまずたどり着けない。それでもそこを通る理由は、時間が金で換算されるからだ」


「ヴィリュークさんは?」


「当然縦断ルートだ。ギルドの配達員やっていたからな。運ぶのは専ら手紙の類いさ。それに一人で縦断できる実力がないと配達員にはなれないし、ある程度の魔力を身に着けることが推奨されていたんだ」


そこで区切るが次の言葉を待っている。あまり知られてないのだろうか。


「主要な街にはマーカーが設置されているって聞いたことは無いか?専用の指輪に魔力を通すとそのマーカーを感じる事ができて、それを目印にすれば迷うことがないという訳だ」


ポケットから出した指輪を見せながら説明する。


「試してみるか?」


クリフォードが両親に視線で問いかけると、二人は笑ってうなづいた。


「はいっ!」


彼の人差し指に指輪をはめてやると、やり方を教えてやる。


「指輪に魔力を流したら、腕を伸ばして一回転してみるといい。───どうだ、感じられたか?」


言われるがままゆっくりと一回転すると、王都と反対側では首をかしげていたが、王都側に回るにつれ反応が変わってくる。


「こっちです!この先に王都があるのですね!」


「魔力感知はまずまずだな。だが反応に従って真っ直ぐ行っても辿り着けないぞ。道は一直線ではないし、地形や障害物もいろいろあるからな」


少年は、すごいすごいと口にしながら魔力を流し、反応に喜んでいる。


「その辺にしておきなさい。魔力切れで苦しくなるわよ」


母の指摘に少年は名残惜しそうに指輪を返す。


「あとは大人の時間よ。そろそろおやすみなさい」


その言葉に素直に従ったクリフォードは、扉の前で振り返ると”おやすみなさい”と挨拶をして下がっていった。






「昼間の話、考えてくれたかしら」


会話が止まり、ブレンダのティーカップがソーサーにそっと置かれる。


「あまり役には立てないぞ。俺の事もギルドに照会済なんだろう?」


「勿論。私が問い合わせしましたからね。誓って口外はしませんし、口留めはしておきましたから安心してください。水使いのヴィリュークさん」


大奥様はソーサーをテーブルに戻すが、音一つ立てない。ギルドでの個人情報の非公開を曲げているあたり、ここのギルドは彼女に頭が上がらないのだろう。


「水術と水使いの能力は別物だ。コツは教えられなくもないが、当てにされても困る」


「そのコツをお願いしたいのよ。あの子は出来るはずなの」


「ブレンダ……」


「お母さんは黙っていて」


「武術と勉強ができればいいじゃないか」


「あなたもよ」


グルーバー家の三人の中では、教育方針にずれがあるようだ。


「期待しないでくれ」


一通り教えて、気が済んでくれればいいのだが。






翌日クリフォードは、午前中は遅れていた勉強、昼食後からは鍛錬場で剣を振るっていた。


鍛錬もそろそろ終了の頃合いに今日も訪れる。今日は大奥様・ロシエンヌ・俺の他にブレンダも一緒だ。


我々の来訪にその場の者たちはすぐさま気付いたが、大奥様は”構わず続けて”と合図してその場で終わるのを待った。




「本日はこれにて終了っ」


当番の騎士の掛け声とともに一糸乱れぬ敬礼が成され、そして駆け足と共に散っていった。


その中男爵様がクリフォードを連れてやって来る。


「鍛錬ご苦労様です、婿殿」


「汗かいたでしょう、水分補給して」


ブレンダが空のコップを二人に持たせ、そこに俺が手をかざす。


”とぽぽぽぽ”


水を集めているのではなく作り出しているのだが、まだクリフォードには見分けられないようだ。とは言っても横の大人たちも、ブレンダさんが違和感に眉をしかめている程度だが。


「ちょっと埃っぽいな」


さらに大きめの水球を作り出し、そこから鍛錬場いっぱいに噴霧すると降雨直前特有の臭いが鼻を付く。さらには気温が若干下がると、鍛錬して身体が火照っていた二人からは息が漏れた。


「井戸は……んっと、あそこか?」


だが届かない距離ではない。感じた方向に手を差し伸べると、向こうでどよめき声が上がるのが聞こえ、壁の上から水球が浮遊してきた。


しかしやって来たのはそれだけではなく、複数の足音と共に先ほどまで鍛錬していた騎士たちが剣を片手にやってきた。


しかも汗を流している最中だったのか、上半身裸の者や、防具を全部脱いで剣と盾の者もいる。


「何事ですか!」


「驚かせてごめんなさい。水が欲しくてつい、ね?」


「奥様、水やりは畑だけにしてください。水もおっしゃってくださればお持ちいたしますので」


ブレンダが説明すると騎士たちは安心して戻っていく。


「申し訳ない」


「いいのよ、私がやったことにすれば余計な詮索もないでしょ?───で、クリフォード。彼から水術の指南を受けなさい」


「母上!水術は」


「大丈夫、私の息子なんだもの。頑張りなさい」


それだけ告げると彼女は一人帰ってしまった。




「何とも強引じゃないか?」


「私と婿殿からは武術を教えてますが、あの子からクリフォードに教えられていないからでしょうか。母親なんて、子供に愛情を注いでいれば十分だと思いますし、私はそうだったのですが……」


大奥様は困ったように言う。


「いえ、僕が悪いんです。僕が水術を身に着けられなかったから、母上が悲しい思いをしているんです」


「「クリフォード……」」


「ブレンダは私には過ぎた嫁なのですが、唯一アレさえなければ」


他家の家庭事情なぞ聞きたくはないが───


”……付き合ってやるか”


呟きと共に肺の中の空気を勢いよく吐き出した。






俺は宙に漂わせていた水球を、腰のポーチから引っ張り出した水袋に入れていく。


もちろん漏斗を使っている。一々小さな飲み口目掛けて入れてられないからな。


「魔力は流せているから全くできない訳ではないのだろう?」


「いえ、それが……」


言い淀むところを察するに、水操作もままならないのか。ともかく見てみるより他は無い。


水袋を掲げると”すみません”といってコップを差し出すが、満たしたところで押しとどめる。


「水に魔力を込めるんだ」


「え?」


「昨晩、指輪を使った要領だ。できていたろう?」


クリフォードは眉間にしわを寄せながら、それでも遮二無二魔力を出していく。


「────手ごたえがっ、ありませんっ」


これ以上続けても魔力の無駄になると思ったので、いったん止めさせる。


「魔道具と比べて手ごたえが無いのは当たり前だ。あっちは魔力を受け止めるようにできてるからな」


「ぅ……皆さんどうやってるのでしょうか」


こればかりは自身でコツをつかむしかないから、苦労してもらわないといけない。


笑い話では、おねしょの隠ぺいが切っ掛けで、術が使えるようになった者がいたくらいだ。羞恥心から発露したのだろうが、年齢から考えると、ある意味天才児である。


「それは流石に真似したくないですね」


「一人で後始末できるならば、真似しても構わないのですよ」


「おばあ様……」

「義母上……」




苦笑いで空気が和らいだので別のやり方をやらせてみる。


水の入ったコップを持たせ、反対の手は蓋をするように被せさせると、その状態で魔力を込めさせた。


「どちらの手からでもいい。コップの水に魔力を込めるんだ。そうしたら反対の手で魔力をそこに維持しろ」


今度は無駄に魔力を出してはいないが、魔力を込め馴染ませているつもりでも実際は出来てはいない。


呼吸が乱れ始める頃合いに”それまで”と言って止めさせる。


「まだ、いけます!」


「こういうのは毎日欠かさず続けていくのが肝心なんだ。剣だってそうだろう?」


今日はおしまいとばかりに水の主導権を握って宙に浮かせると、そのまま噴霧して地面に吸わせてしまう。


「その代わりにこれを貸してやろう」


クリフォードの手に乗せたのはマーカー用の指輪。


「魔力が込められていく様子をこれで感じるんだ。やり過ぎるなよ」


こうしてクリフォードの成果の上がらない日々がスタートを切った。






ちょっと届け物をして帰るつもりが、腰を据えての滞在になってしまった。


あれから三日経つが、午前中は近隣を散策していると、当然俺が男爵家に滞在していることが近隣の村にばれ、溺れていた子供の親とそこの村長が挨拶に来るのは時間の問題だった。


面倒なことに……と悩んでいると、当主自ら間に立ってくれた。


”そちらの気持ちは分かった。過剰な礼は必要ないし、男爵家でもてなしているから安心しろ”と伝えると気持ちも収まったらしい。


だが顔合わせをした部屋から退出するまで、何度も何度も振り返ってはお辞儀してくるのには、笑顔が引き攣ってしまうのも許してほしい。




クリフォードの水術鍛錬は進展がない。


まだ三日だ。


地道に(こな)していくしかないので、焦らず継続してほしいものだ。




そして騎士団から鍛錬のお誘いを断れない俺がいる。


今日も備品の剣と防具を借りて、騎士団の方々のお相手中だ。


「あっ、ちくしょう」


「それまで!」


大奥様と互角の勝負をした俺は、騎士団の面々から連続して勝負を仕掛けられている。


一日目はまだ遠慮がちだったが、二日目終了時時点でも土を付けられた者がいないとなると、三日目には遠慮が無くなった。




今まで格上のばあさま相手で余裕がなかったのだが、言っては悪いが数段劣る彼らに対して後れを取ることは無いだろう。


なので身体強化の剛力と疾駆の、切り替え練習をさせてもらうことにした。勿論わざわざそれを宣言したりはしない。


(一人)騎士団(多数)は流石に憚られたのか。それでも今や百人組手の様相を呈している。


「誰でもいい!一本奪え!」


男爵様が檄を飛ばすが、当の本人も負け越している。




次の相手は無手だった。


そう、剣だけではなく好きな武器・得意な武器が使い放題になっている。


目の前の相手は頭一つ大きいだけでなく、体格も倍近くある見るからにパワー系の騎士だ。


それがすり足で迫り、パンチも大振りなどせずに小刻みに突いてくる。持久戦に持ち込むつもりか、自らの急所はガードしつつも、俺に対してはガードの上からでも攻撃してきて腕が痛い。なので、ジリ貧になる前にやり方を変える。


”パン、パシッ”


攻撃はガードしないで全て受け流していく。


相手の騎士も受け流されていくのに気持ちが(はや)ったのか、左拳に力を込めすぎてしまう。


それを右手で内に流しつつ俺は外に体捌きをし、捻転と共に左拳を相手の腹に捻じ込む。


いい具合に左拳が入ったのだが、相手の身体は崩れない。


それどころかちらと見上げた視界に入って来たのは、相手の騎士の左拳を引き戻しながら振り下ろそうとしている右拳。口角が上がったせいで、噛み締めた歯が獰猛な笑顔に見える。


ちっ、腹筋を締めて耐えたか。


”パンッ”


だが下から最短距離で突き上げた右の掌打は、騎士の左腕の陰から顎を打ち抜いた。対して振り下ろされた彼の拳は俺の頭を捕らえ切れずに真横を通過する。


一瞬で目を回して顔面から地面にキスしそうになるところを、組み付いて(抱きしめてではない、けして)背中から転がしてやる。


「「「ああ~……」」」


またもや周囲から溜息が漏れ、転がされた騎士は口を開け目は焦点が合っていない。


「腹筋で耐えてからの好機に少し欲が出たな。あれが無ければ一本取られていたかもしれない」


聞こえているかも定かではないがアドバイスを済ませると、今日の鍛錬から逃げ出した。


彼らが呆けている間に終了宣言しないと、いつまでたっても付き合わされる。俺は足早に井戸へ汗を流しに逃げていった。






★☆★☆






クリフォードは連日繰り広げられる騒動(試合)をじっと見つめていた。


目の前では祖母の師匠の孫と紹介されたエルフが、騎士団の面々と順番に試合を消化(・・)している。


その様子はあたかも、剣術道場の道場主が門下生に対して稽古をつけているようだった。それほどに実力に差があった。そう、実力差があり過ぎてクリフォードは途方に暮れてしまう。




父や祖母に敵わなくとも悔しくはなかった。逆にもっと頑張らねばと発奮する気持ちのほうが強い。


だが突然やって来た客人のエルフに、父も含め先輩騎士たちが次々と敗れるさまは、クリフォードには屈辱だった。


そしてさらに弱い自分が不甲斐なかった。


その日クリフォードの鍛錬は基礎訓練に費やし、汗だくになる。


この後は皆で井戸に集まり汗汚れを流すのだが、そこで彼は自分の思い違いを正すことになる。





★☆★☆






「ヴィリュークさん、また頼むよ」


一人の騎士が井戸脇に桶を置いてそういった。


「余計なことを明かしてしまったなぁ」


「そう言うなよ、頼むぜ」


そう言って背中を叩いてくるのは、最後に対戦した大柄の騎士だ。


仕方ないと右手を伸ばし、井戸の底に意識を向ける。井戸から水の帯が顔を出すのはすぐだ。あっという間に桶を水で満たし、他の騎士にも声をかける。


「コップとか持っている奴は───」


言い切らないうちに次々に突き出されるコップに、量を調整した水球を飛ばしていく。


コップの縁辺りで俺の支配下から開放すると、水は音をたててコップの底に落下。


「天才って奴ぁ何でもできるんだな~」

「棍も大奥様に引けを取らないし、無手でも強いときたもんだ」

「その才能、俺にも少し分けてくれよ」


騎士達の好き勝手な言葉に愛想笑いで流そうと思ったのだが、拳を握りしめ視線を下げているクリフォードに気付いたので少し正しておくか。


用意してあった空のコップを、水の帯で内包して手繰り寄せると、水で満たしてクリフォードに差し出した。


「余裕綽々で身に着けたと思ってるのか?」


クリフォードに手渡すと、発言した三人を見やる。


「俺が誰から教えを受けたか考えてみろ。どうだ?」


辺りがシンとなるのも構わず続ける。


「俺のばあさまからだ。そのばあさまは大奥様の師匠だぞ」


それが意味するものを理解したのか、一気に青ざめる者が出始める。


「大奥様の師の指導!」

「大奥様も師には敵わなかったと聞いたことがある……」

「マンツーマン指導だなんて地獄でしかねぇ」


「ああ。それはもう上手に手綱を握られていたよ。勉強も武術もな」


あるものは緊張のあまり唾を飲み込むのに失敗し、別の者はコップの水をあおったがむせてしまう。


弟子の大奥様の指導から、うちのばあさまを推し量っているのか。この様子だと中々素晴らしい指導なんだろう。


「今でも実家に帰るたびにしごかれているよ。ひょっとしたら一番マメに実家に帰るエルフは俺かもしれない」


一度旅立ったエルフが帰郷するのは稀である。……と言うことは俺はまだ旅立ったことになっていないのか?どうなんだろう。


騎士団の面々は俺にやられたことよりも、定期的にばあさまにしごかれている俺を想像して苦笑いが張り付いている。


横にいるクリフォードを見ると顔つきが変わっていた。少しは気合いが入っただろうか?



お読みいただきありがとうございます。


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