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水術の運用(定番)

投稿して気付きました。百話目だったと(*ノωノ)

これからもよろしくお願いします。



僕はクリフォード・グルーバー。グルーバー家の末っ子だ。


姉が四人ほどいるけれども、みんな既に嫁いでいる。つまり僕は、このグルーバー男爵家の跡取りなのだ。


社交界デビューも済ませているけど、現在は領地経営を父上の下で勉強中。だけどそれだけではなく、領地を守るため騎士団員に混じって武芸一般の修行中でもあるんだ。




今日も父上に相手をしてもらって、剣の鍛錬中。本当は今は勉強の時間なのだけれども、父上の誘いに飛びついてしまった。


正直剣を振るっていたほうが楽しいし、勉強は難しすぎて苦手だ。何がどう領地を治めるのに必要なのか、分からないまま日々の課題をこなしている。


だが悪いことは出来ないもので、リヴェーナおばあ様が家庭教師のロシエンヌと見慣れぬお客を引き連れて鍛錬場にやって来た。




ところで、父上はとある子爵家から婿養子でやってきたそうだ。


”冷や飯食らいの三男坊が、男爵家の末娘を射止めて婿養子に!”とかなんとか他にも口さがない事を言う輩はいたけれども、両親の仲睦まじい様子を見ていれば、息子である自分にとって別にどうということは無かった。


だけどおばあ様が父上に対して”婿殿”との呼びかけると、父上はその都度緊張する。別に婿養子で肩身が狭い訳でもない。


単に”おいた”をした時”棍々”と叱られるからだ。


今も目の前で、おばあ様の棍で地面に転がされている。


騎士団随一の腕前の父上が、おばあ様相手となると歯が立たないのだ。”武勇伝、老いて尚”と言うやつだ。


どうしよう。僕の番が刻一刻と迫ってきている。




とんでもない光景が目の前で繰り広げられている。


父上を叩きのめした、もとい、叱り終えたおばあ様が、お客に目を止めたのだ。


しかも線の細い男性だと思ったら、エルフだったのだ!


状況も把握できないまま、あれよと言う間にお二人は棍を手に向き合い、今や練兵場の中は棍を打ち合う音が響き渡っている。


僕ではとてもじゃないが目が追い付かない。


けれども父上や騎士達の感嘆の声・唸り声が聞こえてくるので、僕にしてみれば雲の上のレベルと言うことは分かった。




そして鈍い音がした時、お二人はおばあ様の棍の両端を握りしめて動きが止まった。


二人にしか分からない駆け引きが合ったのだろう。


棍が折れたと思ったら、そこにはおばあ様を抱擁し、抱き上げるエルフのお客。


なんだろう。


令嬢を抱き上げる騎士?


数回瞬きして映ったのは、エルフのお客がおばあ様を担架に乗せるところだった。


取り敢えず、おばあ様との鍛錬は回避できたみたいだ。あんなの見せられたらまともに動けないよ。






★☆★☆






「年甲斐もなく張り切り過ぎてしまいました」


長椅子に横臥する老婦人が照れ笑いをしながら語り掛け、その横で俺は左腕の治療を受けている。


あの後騎士団の訓練は中止となり、老婦人を館に運び入れたものの、当の本人はあっという間に息を整えた。


心配して損したと安堵すると、今度は俺が左腕の痛みに呻いてしまう。


服の袖をめくってみると、棍を受けた左腕には大きな青痣。鼓動に合わせて痛みが襲ってきた。


「奥様特製の打ち身の塗り薬です。効果は騎士団の方々で実証済みですよ」


ロシエンヌさんが綿紗に緑色の塗り薬を伸ばし、青痣を覆うように貼り付けた。


「薬草臭はしますが、三日もすれば痛みが引くでしょう」


痛みと臭いで顔を顰めていたのを見られたか、彼女は申し訳なさそうにその上から包帯を巻き上げ固定していった。




「失礼します」


そうこうしていると、朝に俺を迎えに来てくれた執事が入室してくる。


「大奥様、食事の用意が整いました」


「では参りましょう。ヴィリュークさんもどうぞ」


「いえ、折角ですが──」


「そんな事おっしゃらずに。ヤースミーン様から教えを受けた身としては、貴方は師のお孫さんです。それにお話しも是非聞かせてくださいませ」


断れず立ち去り難い状況に困っていると、遠くから新たな声がしてくる。


”戻ったわよー”




部屋に入って来たのは、褐色に日焼けした女性だった。健康的で快活な振る舞いは凡そ貴族らしくはなく、人当たりの良い商人や面倒見のよい主婦と言ったほうが頷ける。


パンツスタイルのその()で立ちも、ギルドに出入りしている冒険者と言われても頷けてしまうだろう。


「ただいまー。いのしし獲って来たわ。夕飯はお肉よ!今、川で解体させているから!」


「ブレンダ、お客様ですよ。それに畑に水やりに行ったのではなくて?」


「水やりに行ったわよ。そしたらいのししの姿が見えてね、私がいる時で良かったわ。畑の被害も最小限で退治できて!ええーっと、お母様のお客様?」


”いらっしゃいませ”と挨拶してくるので、お互いに自己紹介を済ませる。




「お母様に勝ったですって!!?!」


「いいえ、一本も取れず終いでしたし───」


「一本も取られなかったんでしょ?クリフォード、詳しく説明なさい!」


「ぼ、僕の口からは凄かったとしか……」


息子と俺からの説明を諦めたロシータは、別の相手を探す。


「あなたー!」室内で呼びかけても聞こえるはずもなかろうに。


ブレンダは自分の夫に呼びかけながら出て行くが、何を思い出したのか閉まりかけの扉から顔を出す。


夕飯(おにく)、食べていってくださいね」


一言残して顔はすぐに引っ込んだ。


残された者たちは唖然呆然。


「いっそ泊っていってくださいな」


「あっはい」


やられた。


リヴェーナ大奥様の言葉に、つい承諾してしまった。




「うっぷ」


昼食は豪勢なものだった。


調理場が”大奥様の師匠の孫の来訪”と聞きつけて張り切ったとのこと。


必死の抵抗……もとい、遠慮していたにもかかわらず、あれもこれもと断り切れなかった。夕食はさらに豪勢になるらしい。


腹ごなしに何かしておいたほうが良さげだが、この腕で何かできるだろうか。


「意外と食が細いのですな」


「婿殿と比べては、誰もが食が細くなりますよ」


「ははは、身体を動かすと飯も旨くて旨くて!」


「政務もお願いしますよ」


大奥様がジロと視線を投げかけると前言撤回。


「腹八分目が健康の秘訣ですな」


まだ食えるのか。




膨れた腹を持て余していると、食後の散歩に誘われた。


とは言っても、ブレンダさんが水やりの続きをするついでで良ければ、領内を案内してくれると声をかけてくれたのだ。


断る理由もないので”お邪魔でなければ”と言って同行させてもらう。


近所の畑かと思っていたら馬が引かれてきた。


一人は書記官だろうか。鞄を引っ掛け書類を片手に騎乗し、もう一人は弓矢を背負って、騎乗しながら馬を二頭連れている。そのうち一頭の鞍の槍専用のホルダーには得物が填まっており、これでイノシシを狩ったのだろうか。


「馬は大丈夫ですか?」


「最近はリディばかりだったが問題ないだろう」鞍がついていれば大体似たり寄ったりだ。


「砂漠で乗っていたのですか?」


ブレンダさんの問い掛けに身構えはせず、無言で微笑んでおく。領主の奥様だし、アポイントを取った時何者かは知られているだろう。執事経由で身元が知られているのは、想像に難くない。


だとすると昨日の救助も耳に入っているだろうか。過剰に感謝されるのも面倒くさいが、悪い事をした訳でもない。開き直ろう。


「久し振りならこの子がいいわね」


ブレンダさんが手綱を手渡したのは、栗色の馬体の牝馬らしい。手綱を受け取ると”ふんすふんす”と俺の身体を嗅いでくる。


「思い切り確かめられているのだが?」


「いい傾向よ」三人が頷いている。


今度は頭を下げて正面から見つめられる。頭上の耳がぴるぴると忙しなく回るので、つられてこちらの耳もピクピクと動いてしまう。


「何やってるの?顔をさすってあげて」俺たちの様子に笑い、指示が飛んでくるので、両手で包み込むように撫でさする。


「気に入られたわね。さ、行きましょ」


気付くと三人はすでに馬上の人で、急かされるまま俺も飛び乗り、宜しくとばかりに馬の首をさすってやると先行する三人に追いつけと馬体に合図した。




来るときは耕作地が見えていなかったが、門から出て馬上から見渡すと多様な作物が植えられているのが分かった。


「門から近い耕作地は実験農場よ。よそから入手した苗や種を育てたり、王都の緑化研究所から委託されて育てているものもあるわ」


「それぞれ栽培方法も違うだろうに。流石、専門家は違うな」


「基本的な所や、ある程度の情報は研究所もくれるから。委託されるのは増やす作物ね。食べるよりも、増やして国中に広めるために栽培しているわ」


「水やりと言ったが、ここはいいのか?」


「作物によって水のやり方が違うからね。今回行くのはもっと広い所よ」


ブレンダさんは男爵夫人らしからぬ口調で説明してくる。領民達と距離が近いからだろう。普段付き合う者としゃべり方が似通ってくるのは如何ともし難いが、切り替えて使うことができればよいのだ。その点俺は領民寄りにくくられているのか?




「うちは区画分けして、収穫する度にそこの作付けを変えてるの。麦類は全般ね、大麦・小麦・ライ麦に、根菜類もろもろ。それが済んだら土地を休ませるの」


”ンモ~ゥ”


「で、そこで放牧させているのか」


ただっ広い空白地では、牛が白詰草を食んでいる。


「それもこれも亡くなったお父様が───先代の男爵ね───基礎的な区画整備と用水路を作ってくれたおかげ。けど私が子供の頃は、区画割されている荒れ地と水が通っていない用水路ばかりだったんだけどね」


「先代男爵様はそれは素晴らしい方でした。魔法は土系統に特化してましたが、一たび腕を振るえば土は耕され、真っ直ぐな畝が伸び、単純に掘られた用水路は土が固められ水が浸みませんでした」


「今は効率のいい農具が発明されて、魔法も必要なくなったけれど、父の魔法は本当に”魔法”だったわ。見る見るうちに畝が伸びるのは、子供心にも興奮したのを覚えている……」


書記官とブレンダさんが思い出話を聞かせてくれている間に、どうやら目的地に着いたようだ。しかしいつの世も天才と言うのはいるものだな。




馬から降りると用水路に沿って歩き出した。当の馬は、勢いよく流れる用水路に顔を突っ込んで水を飲んでいる。


放っておいて良いのかと聞けば、呼べば戻ってくるとの事。畑を突っ切らないように、躾けられてもいるそうだ。


そばにある作物は……


「麦?」


「小麦よ。水やりはいらないわ。あげ過ぎると、背丈ばっかり伸びて倒れちゃうからあげるのはこっちね」


示された畝には作物らしきものは見当たらない。


「じゃがいも畑よ。水やりするのは作付けした時くらい。種芋植え終わったからと来てみれば、いのしし騒ぎでしょ?後回しになってね」


後回しになった水やりを今から始めると宣言するブレンダさんだが、何人で作付けしたか知らないが、広大な畑が広がっている。


「この広さをこの人数でやるのか?」


「私一人よ」

「私は畑に問題がないかの確認と記録です」

「俺は万が一の時の護衛だ」


手ぶらと書類持ちと弓矢持ちが答える。


「見てて頂戴、よっと」


彼女は用水路の前に立ち、片手を水に突っ込むと掛け声とともにグイっと引き上げる。


腕の引き上げに水が追従する。


水は帯となって持ち上がり、腕をぐるりと回転させ下手投げのように手首にスナップを利かせると、水の帯は途切れることなく畝の上を真っ直ぐに伸びていく。


「ほっ」


端まで届くと、水の帯は畝に優しく水を降り注ぐ。降り注ぐうちに帯はだんだん細くなり、消える頃には畝に溜め込めなかった水が両脇の通路に溜まっていった。


「無詠唱?水使い?」


「水術師よ。作付けの度に同じ事やってるから。今では慣れたものよ」


「水路が整備されていても、人の手での水やりは大変なので助かっています。その分人手を他所に向かわせられるので、奥様には感謝しております。ある程度成長すれば、雨水だけで事足りますので」


他人によって水の使い方が違うので、出会えた時はなかなかどうして面白い。


「ん、どれ」


早速自分でもやってみる。


意識を足元の流水に向けると、水はすぐに帯を成し伸びていく。が、彼女ほど勢いがない。


「「「おぉ」」」


感嘆の声を聴きながら畝に水を注いでいくが、霧のように細かくし過ぎて中々終わらない。


「加減が難しいな」


一気に落として畝を壊していけないので、どうしても慎重になってしまう。


「これくらいの量よ」


ブレンダさんが見本とばかりに水の帯を伸ばす。


「むむむ」


その日一日、俺はブレンダさんに丁度良い水やり(水術)の加減を教わった。やったことのない水の操作は身になるので、色々もっと知りたいのだ。




だが俺の思いに対して、現実は方向性が違った。


「ねえ。うちのクリフォードに水術を教えてくれないかしら?」


つまり、知識を得る側でなく与える側になって欲しい、と。





これからもコツコツと頑張ろうと思います。

どうぞよろしくお願いします。


お読みいただきありがとうございます。

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