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短編集

月と心

ぼんやりと、雲が晴れた夜空を見上げる。

この場所が都会ではなく田舎のせいなのか、はたまた障害物が何も無いからなのか、小さな明かりでさえとても大きく見える。

夏の終わり。秋の始まり。名月と呼ばれるそれは、一際輝いて見える。

虫達の声だけが、辺りに響く。そんな、ありふれた景色の中。ぽつり、縁側に腰掛ける。

昼間とは違う、冷たさを孕んだ風は小さな音を立てて、逃げてゆく。

いつもと同じ夜なのに、大きなまん丸の月のせいで、どこか非、日常的にも思えてしまって。

珍しく雲のない快晴の夜空。今にも落ちてきそうな星々達は、きらきら、輝いている。

見上げたままの体勢で、じ、っと穴が空いてしまうほどに見つめるそれは、ただただ、変わらずにこっちを見返してくる。

それが、なぜか酷く胸の内を掻き回す。

淡く、優しい明かり。人の歩む道を照らす光。いつも、同じ。

顔は変わるけど、本質は全然変わっていなくて。

知らずしらずの内に握り締めていた手は、弱々しく光を求めて解かれた。


思わず伸ばした手のひらは、まん丸の月を包み込む。

本当は手に入れることなんて出来ないとわかっているけれど、自分の目の前にある月は、すっぽりと自分の中に納まった。

緩く握られた手の隙間から、微かに漏れ出す淡い光。

それを見つめていると、不意に息がしずらくなった。ぎゅう、と胸を締め付けられたように。それはやってきた。

じわり、音を立てたかのように涙の膜が出来上がる。ゆら、ゆらり。見えているもの全てが揺らぎだす。

何もかもが曖昧に変わった世界。

色の境界が混じり合い、全てが同じで、変わってて。

決して馬鍬うことのないそれが、目会っているようにも見えて。


気づきたくない現実を嘘で騙すように、一人瞼を閉じた。

まるで頬を撫でるかのように、優しく眦から涙が溢れる。

温かいそれが冷たくなる頃に、頬から落ちる。ぽたり、ぽたり。それは静かに吸い込まれていく。

誰もいない。そんなことさえ思ってしまうほどには、この場所は落ち着いていた。

閉じた瞼の裏には、ほんのりと白い光が届く。

乾いた涙の後が、酷く冷たい。けれど、光は酷く温かい。

薄っすらと漏れる微笑に、きっと気づきはしない。その姿が祈りを捧げているように見えることも。


もう一度、貴方に会うことが出来たのなら。


昔とは違ってくしゃくしゃになったこの顔も、細く頼りのないこの手も、光しか見ることが出来ないこの目も、思うように動かなくなってしまったこの身体も。受け入れてくれるのでしょうか?

一度も伝えることが出来なかったこの心を、言葉を、聞き入れてくれますか?

特別美人というわけでもなく、気立てのいい女でもない、可愛らしさのない、こんな天邪鬼な自分を、もう一度、愛してると言ってくれますか?


瞼の裏に焼きついて離れないのは貴方の後姿。

いつも自分の一歩先を歩いていた貴方。生きることも、死ぬことも。何もかも先を行っていましたね。

決して私では一緒に歩むことはできなかったのでしょう。貴方はそういう人でした。


わかってはいたのです。貴方が私を置いていくこと。

気づいていたのです。それでも貴方が愛おしいと。


もう、貴方の声を忘れてしまいました。それでも、優しい響きを持っていたことを覚えています。

もう、貴方の顔を思い出すことも出来ません。それでも、笑ったとき、眉が下がることを覚えています。

でも、貴方の背中は忘れません。今でも鮮明に思い出すことが出来るのです。


少し頼りなさげに下がった肩が、しゃんと胸を張って歩くその姿が、今もずっと忘れられないのです。


私の思っている全てが貴方に伝わればいいのに。

でも、天邪鬼な私は素直に伝えることは出来ません。

だから、こう言わせてもらいます。


「月が、綺麗ですね」


隠れた私の思い、届きますか?





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