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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
勇者の帰還と魔王の暗躍
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勇者帰還・1

 ――――魔王という呼称が意味する物はなんなのであろうか?


 筆者は以前、混血児の集団であった『混族』は、魔王という統率者を得て『魔族』になったと書いた。


 “魔”という一文字には、不思議の力、神秘的なもの、恐るべきものに対する畏敬と恐怖、憧憬そして羨望を表す。

 その一方で、悪事を為す存在に対して付けられる“魔”という意味も“魔王”と言う呼び名には含められていることから、成る程彼の存在に相応しい呼称とも言える。


 少し話は変わるが、魔王が魔王として歴史の表舞台に姿を現したのは、おおよそ一万年程前だとされている。

 しかしながら、発掘された古代遺跡から出土した資料から、時折魔王らしき存在についての描写が発見される事もあるため、もしかしたらそれ以上長い時を生きている存在なのかもしれない。


 その証拠に、魔族達は自分達が敬愛する魔王の事を「初代であり、永代たる我らが王」と呼ぶ事実がある。

 この言葉が指しているのは、彼の王が我々人間族の王や精霊族の長老達とも違い、一度も代替わりする事無く魔族を支配し続けている、という驚愕の事実である。


 ――もしかしたら、我々他種族が知り得ないだけで、魔王は代替わりしているのかもしれないが、それにしては歴史に姿を現す魔王の存在はあまりにも統一され過ぎている。

 現在最も長命種である木の精霊族エルフであっても、寿命は千年程度。

 その木の精霊族エルフ以上に長命であったのは、今は去りし神族のみであるが、魔王が神族ではないのは周知の事実である。


 となると、彼の王もやはり他の魔族同様、異種族婚によって生まれた存在なのか?


 ……これは筆者の推論でもあるのだが、魔族率いる魔王は『混族』であった『魔族』を支配する者でありながら、異種族の交わりによってこの世界に生まれ落ちた存在ではないのかもしれない。

 ある意味、四種族のどれにも属さぬ第五の種族……かも、しれないのだ。


 全て筆者の憶測、いや妄想に過ぎないのだが、こうして調べを進めていく内に、筆者自身、この突拍子の無い考えを否定する事が出来なくなってしまっているのが現状である。


 ――――この様な事例も、彼の王を魔王とするに相応しい神秘性の象徴とも言える。


『人から見た魔族に対する一考察 アルマース・シュタインベルツ著』

 第一章 =魔王伝説の真偽= より抜粋。


* * * *


「今宵、勇者は元の世界に還られる。皆の者、我が国の、いや世界の英雄を盛大に見送ろうではないか!!」


 重厚な響きの国王の声が、豪華絢爛に飾り付けられた大広間全体に広がる。

 国王の言葉を受け、それぞれ贅を尽くした衣装を着こなした貴族達が一斉に壇上の勇者一行へと拍手を送った。

 鼓膜が割れんばかりの拍手喝采を受け、今晩の宴の主役たる勇者は気圧された様に戦いた。


「勇者様、勇者様」

「おめでとうございます、勇者様。彼の悪名高き魔王を討ち滅ぼしてくださって……」

「栄誉ある凱旋式なのですから、もう少々この国に御留まりになって下さっても」

「よろしければ私の娘などは如何です? 元の世界の事など忘れさせて差し上げますよ」


 国王の言葉が終わるや否や、居心地悪そうに身動きしていた勇者に一斉に人々が群がる。

 勇者だけでなく、他の魔王討伐の英雄達、弓使いや女魔法使い、果てはまだ子供の盗賊にも貴族達は声をかけていた。


 穏やかな笑みで追従の言葉を躱しながら、僧侶に扮している藍玉は失笑を堪え切れなかった。


「僧侶様……。よろしければ今度我が伯爵家にいらしてくださいませぬか? 是非ともお話を賜りたいのです」

「あら。伯爵家風情が何を仰っているのかしら。英雄たる僧侶様に話しかけるなど、身分を弁えていないのでなくて?」

「ほほ……。そうでございますわ、僧侶様。この度目出度く英雄となられたのです。還俗をお考えにはならないのですか?」


 隙あれば自分達との縁故を結ぼうとする人間達を、心の中で嘲笑する。

 ――ここに居る全員が魔王が討伐されたと信じ込んでいるのだから。


 そんな中、一人の貴族が大声を上げた。


「おそれながら、陛下。俄には信じられませぬな。今まで散々我らを苦しめて来た魔王がこんなにもあっけなく滅ぼされたというのは」

「剛毅で知られる公爵らしい言分だ。しかし……」

「ああ、一理ある。――本当に彼の魔王は滅ぼされたのだろうか?」 


 声も高らかに、公爵の一人が懐疑的な口調でそう言い放つと、周囲の貴族達はそれを批判しながらも同意する様に口々に囁きあう。

 その様子に国王は気分を害する事無く、むしろその言葉を待っていた様に立ち上がった。


「公爵、其方の言う事も最も。しかし余は彼の魔王を勇者達が討ち滅ぼしたと言う確たる証拠を持っておる。――宰相、あれを」

「――――はっ」


 国王の命を受け、宰相が振り返って部屋の隅に控えていた侍従達へと合図する。

 壇上に設置された細長い箱を覆っていた濃紺の布が一斉に剥ぎ取られた。


「おお………!」

「まさか、まさかあれは……!?」

「魔王の愛剣ではないか!」


 ガラスケースの中に設置された漆黒の剣を目にした貴族達が口々に驚愕の声を上げる。

 中でも騎士として過去数度の対・魔族の戦闘に出向いた者達の驚愕はそれの比ではなかった。


「あの漆黒の輝きを忘れはせぬ……! 初陣の時に目にした魔王の剣そのものだ……!」

「応とも。しかしそうなると――」

「やはり彼の王は勇者の手で滅ぼされたのか……」


 一斉にその場にいる全員の視線が勇者へと集う。

 勇者が恥ずかしそうに目を逸らした。


「誠に大儀であった、勇者。其方の働きを我が国は決して忘れないだろう」

「は、はぁ。どうも」


 困った様に何度か視線をあちこちに走らせながらも、何かを待っている様子の勇者の姿に国王はその笑みを深くした。


「それでは、勇者。今度は我々が其方の願いを叶える番だ。異世界送還の陣を準備せよ!」


 ――――国王の宣言に、勇者の愁眉が漸く開かれた。


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