勇者凱旋・3
僧侶=藍玉です。
――――魔族率いる魔王が、秀でた武勇の持ち主であると言うのは周知の事実だ。
実際、過去幾度か起こった数々の対・魔族の戦に於いて、彼の王は時折姿を現し、その武勇を揮っている。
一人間の筆者としても悔しい事に、魔王の武芸は正しく一騎当千の強者と称するに相応しいものだ。
いや、時には千の軍隊どころか、万の軍勢相手に怯む事無く戦いを挑む姿は、敵ながらあっぱれと賞賛する他無い。
人間の猛者相手に、体格では一段どころか二段も劣りそうな華奢な体躯の魔王が、軽々と鎧を纏った騎士を放り飛ばした話など、耳に胼胝が出来る程聞かされた物だ。
……どうにも話が脱線してしまった、話を戻そう。
綺羅星の如く煌めく魔王の武勇伝の中で最も有名な物は、今は既にこの世界を去った神族との一騎打ちだ。
神族の中でも特に武勇に優れ、軍神と謳われた“柘榴のベルメーリョ”。
千の強者を屠り、万の怪物を降したとされるこの軍神と魔王が戦った場所は、今では深い渓谷となっており、往事の争いの凄まじさを物語る。
――七日七晩続いたとされるこの争いは、軍神の隙を突いた魔王の勝利で幕を下ろしたと伝えられている。
愉快な事に、想像逞しい研究者の中では、この戦いが神族がこの世界を去った原因となったのではないかと考えている者がいる程である。
筆者としては、軍神と言えども、たかが一神族に過ぎぬ相手が負けたという一件のみで、神族全体がこの世界から立ち退いたと考えるには暴論が過ぎると考えるが。
補足だが、この軍神“柘榴のベルメーリョ”が残した剣は後に人間族の作った王国の所有物となり、現在では勇者の聖剣として世に名を知らしめている。
『人から見た魔族に対する一考察 アルマース・シュタインベルツ著』
第一章 =魔王伝説の真偽= より抜粋。
* * * *
「招きに預かり参上致しました。それで、王様。僕に何の御用ですか?」
「済まないな、勇者。英雄である其方を呼び出すなどして」
「英雄って、僕はそんな立派な存在では……」
途端に口内でもごもごと言葉にならない言葉を紡ぐ勇者を見ていると、苛々する。
――最も顔には出さないが。
今は勇者一行の一人、僧侶としての姿をしている藍玉は胸中で舌打をした。
今この広い室内にいるのは、藍玉と勇者、国王と宰相そして女魔法使いの五人のみである。
そして藍玉と勇者を呼び出した国王の前に置かれた物体を見て、苦々しい気分になる。
――――魔族の王・魔王の一部とも言える漆黒の御剣。
対極とも言える白銀の輝きを宿した聖剣と対になる様に置かれ、象嵌されている大粒の琥珀が弱々しく輝いている。
彼の王の腰に佩かれていた時は、他の如何なる宝玉も敵わない程煌めきを放っていたというのに。
「ところで、勇者に何か御用があったのではありませんか?」
「ああ……。そうだったな」
呼び出した勇者そっちのけで魔剣を見つめていた国王に声をかける。
下位の者が国王に直接声をかけると言う無礼を犯した僧侶姿の藍玉を宰相が睨むが、素知らぬ顔で無視した。
「勇者、お前が昨夜私に言った願いの事なんだが……」
「元の世界には、還るのは無理なので……しょうか?」
弱々しい響きの少年の声。
こんな餓鬼のために魔族の王である魔王が手を打ってやったと考えるだけで腹が立つ。
「――――その事に関してですが、陛下。少々、お話が」
不意にそれまで押し黙っていた女魔法使いが口を挟む。
むっとした様に宰相が今度は女魔法使いを睨むが、淡々とした表情のまま、女魔法使いは言葉を続けた。
「私も昨晩知り得たのですが、どうやら<塔>の魔法使い達の間で勇者殿の願いを叶える事の出来る術が完成した、と」
人間族の中でも、特に優秀な魔法使いは国家直営の魔法使い管理組織<塔>に属して日夜新たな術の研究を進めている。
この度異世界から勇者を召還した術とて、元々は数百年前の術を改良した物であった。
「つまり、異世界送還の術が完成したという事か……?」
「左様でございます、宰相様」
ふるふると勇者の体が小刻みに震える。
未だ青年の領域に届かぬ少年の両手が、控えていた女魔法使いの手を握りしめた。
「ほ、本当なんですか!? 僕は元の世界に還れるんですか!?」
「そ、その通りです。術は完成しており、今夜にでも発動出来るとの事です」
「よ、良かったぁ。ありがとうございます、魔法使いさん!」
無邪気に笑った勇者から顔を背けて、女魔法使いが耳を赤らめる。
「べ、別に貴方を喜ばせるために教えた訳じゃないんですからっ!」
なんだ、この三文芝居。
国王と宰相と言う国のツートップの前で繰り広げられた茶番劇に、藍玉は僧侶としての仮面を忘れて溜め息を吐きたくなった。
ツンデレって難しい。
神族の名前は二文字の色名漢字にカタカナで。