勇者凱旋・1
別名、魔王陛下の暗躍。
勇者凱旋後の話です。
――――魔王。
今では人間の最大の脅威ということで、畏怖と恐怖でもって語られる相手でこそあるが、その存在の詳細について我々が知る情報は、極めて少ない。
……そもそも魔王と言う存在について、どれほどの者が詳しく知っているのであろうか。
我々が知りうる魔王についての情報と言えば、彼の王が光を吸い取る闇そのものの黒髪を持ち、金色の光を帯びた琥珀の瞳をもつ、男か女かも判じない美貌の持ち主であるという事。
あまりにも強大な力を持ち、その力でもって過去何度か起こった争い全てに勝利して来たという事実のみだ。
――――筆者も一度だけ、彼の存在をこの目で見た事がある。
腰まである長い黒髪を風に靡かせ、その琥珀の両眼で眼下を見下ろし魔族を従えていたあの姿を脳裏に思いこすだけで、今でも甘美なる戦慄に襲われる。
……話を戻そう。
つまる所、筆者が言いたいのは魔王という存在に関して我々が知りうる事は、彼の者の脅威に比べると驚く程少ないと言う事だ。
旅の最中に出会った某・魔族に魔王について聞き出した所、魔族であっても彼の存在についての情報量が我々人間と同じ程度であったというのだから、これには筆者も驚いた。
ただ誇らし気にその魔族が語った事には、
「彼のお方は正しく我らの母であり、父である方である。無条件で愛情を与えてくれる親について子がそれ以上の事を知ろうとするのであろうか、いや、ない」
との事で、魔王の性別でさえも魔族は知り得ず、それでいて魔王を第二の両親とでもいうべき存在として崇めている事実が判明した。
上の某・魔族の陶酔具合からも分かる様に、魔族に取っては彼の者は自分達の敬愛すべき存在であり、庇護者であるからこそ、魔族達はそれ以上の事を知らなくても構わないのだ。
しかし、魔王を最大の脅威と見なしている我々人間の立場からすれば、これは由々しき事態である。
敵を知らなければ、その戦は負け戦となる可能性が非常に大きい。
そのためにも筆者の短き一生涯を書けて、私は彼の魔王とそれに従う魔族達についての出来うる限り詳細な記録を取り続けようとこのペンをとったのである。
『人から見た魔族についての一考察 アルマース・シュタインベルツ著』
序章より抜粋。
* * * *
「此所にいたのですか、勇者」
「――――僧侶さま? どうしましたか?」
城の図書室で、古書のページを捲っていた手を休めて勇者と呼ばれた少年が振り向く。
開かれた扉の先にいるのは、勇者の仲間でもあり、一緒に魔王を討伐した僧侶であった。
「国王がお呼びですよ。おそらく昨日の件に関してでしょう」
穏やかな凪いだ声で僧侶が告げた内容に、勇者が顔を曇らせる。
未だ青年の域には届かぬ少年の憂いに、僧侶が眉間に皺を寄せた。
「如何しましたか? 何か、不満でも?」
「いえ。ただ、僧侶さま……」
勇者は知っていた。
これまでの魔王討伐の旅の間に彼自身が調べた情報によると、異世界から物を招き寄せる事が出来ても、それを元の場所に戻す術は存在しないという事を。
長い旅の末に、勇者が凱旋したのはつい昨日。
望みの物は全て与えると告げた国王に勇者が願ったのは元の世界へ返して欲しいと言う切実な願いであったが、それが実現する事を勇者は半分諦めてもいた。
「――――っち。この様な餓鬼に何故魔王様は……」
「僧侶さま?」
暗い面持ちで沈んでいた勇者の耳に、僧侶が何事か呟いたのは聞き取れたが、内容は分からなかった。
不思議に思い、勇者は顔を上げたが、僧侶はいつもの穏やかな笑みを浮かべていただけだった。
「では、参りましょう。勇者」
「あ、はい」
穏やかだが断固な意思のこもった声に促され、勇者は席を立って、僧侶の後に従った。
藍玉さん、色々と忙しいです。