示すもの
本当に長い間、お待たせしました。
サボっている間にも色々とメッセージを送って下さった方々に感謝します。
――差し出された掌に乗せられていたのは、小さな小さな桃色の靴だった。
丸みを帯びた形状と柔らかな色使い、そしてその大きさからして――女児用の、子供靴。
「これが一体どうしましたの、蒼氷様? 特に何ら変哲がある様には思えませんが……」
外見こそ己よりも幼くとも、彼女がこの世に生まれ落ちる以前より魔王の側近として働いていた先達へと、困惑の声を投げ掛けたのは朱炎。
戸惑いの色を浮かべた若葉色の眼差しが、隣の魔王の様子を伺って僅かに見開かれる。
「…………おい、蒼氷」
「なんでございましょう、我らが偉大なる魔王陛下」
依然として蒼氷の決して大きくない掌の上に乗せられた靴に微動だにしない視線を寄越したまま、身形こそ蒼氷とそう変わらぬ魔王は唸る様な声を上げた。
「もしもこれがお前お得意の悪趣味な冗談でもなんでもないんだとしたら、相当胸くその悪い結果しか思い浮かばんのだが」
「……残念ながら、この様な時に言う戯れ言は生憎持ち合わせておりませぬ」
「…………くそったれめ」
ここに藍玉が居ればお口が悪いと窘め、眉を顰めたであろうが、生憎彼は王弟に付いている。
そのかわり、魔王城の心臓とも言える王の執務室にいるのは魔王を除けば蒼氷と朱炎の二人だけで、彼らは滅多な事が無い限り王の反駁を加える事は無い。
吐き捨てる様に一言呟いた後、語調の荒さとは一転して優しい手つきで魔王の爪先が乗せられたままの靴に触れる。
尋常ならざる王の姿に、内心首を傾げていた朱炎は不意に思いついた恐ろしい考えにぞっと背筋を凍らせた。
「――蒼氷様、質問してもよろしくて?」
「…………構わんよ、朱炎嬢」
固く閉ざされたままの両の瞼が、朱炎へと向けられる。
女性としては高身長に当たる朱炎に見下ろされる形でこそあるが、その姿は不動の大木の様に微動だにしない。
「あの、子供靴……見つけられたのは先の無礼者どもの拠点……で、間違いないのですわね?」
「然様」
「そして奴らは秘密裏にとあるモノについて、取引を行っていた……それってまさか……」
思いついてしまった考えをそれでも否定しておきたくて出した声は、彼女が思うよりも張りつめた物だった。
己に比べれば遥かに稚い同族の小娘の疑惑を帯びた声音をそっと受け止め、蒼氷は哀しげに眉根を軽く下げる。
――――それだけで、元よりの察しのいい朱炎は気付いてしまった。
「まさか、なんて事……!」
「幸い、と言っていいのか。彼奴らがこの事業に手を染め出したのは比較的最近の事らしくてのぅ……今ならば……」
「――……ああ。まだ、間に合うな」
蒼氷の言葉を繋ぐ様に、凛然とした声が二人の間から上がる。
靴へと落とされていた眼差しを傲岸と持ち上げ、怒気を帯びた琥珀の瞳は炯々と輝く。
「オレの国で、随分と好き勝手やってくれるじゃないか――下郎共」
……くつり、と喉が鳴る。
口角が持ち上がり、表情は愉快で堪らないと言わんばかりに微笑みを浮かべているが――瞳の奥で燃える物騒な炎がそれら全てを裏切っている。
「お前の想像通りだよ、朱炎。奴らが取り扱っている商品は――」
ぞくり、と腹の底から込み上げて来る寒気は、先程朱炎の背筋を伝った物とは全く別の物。
至高の存在であり彼らにとっての神とも言える彼の王の、滅多に無い怒りの表情に、呼吸さえ忘れて魔族二人は次の言葉を耳にした。
「――――この国の未来を担う、オレの愛しい“子供達”、だ」
ぶつり、と。
靴に触れていない方の、空いた片手。
いつの間にか固く握りしめられていた拳の隙間から、真っ赤な血が滴り落ちていた。
随分と久しぶりなので、色々可笑しいとことかそぐわない所とか出て来るかもしれませんので、その時はどうかよろしくお願いします。