繋がる点と点
予告通り、緋晶ではなく蒼氷と魔王の話。
「失礼致します、陛下。少々お知らせしたい事が……お邪魔でしたかの?」
朱炎が入って来たきり、閉ざされていた扉が軽くノックされて開かれる。
開いた扉の隙間から顔を覗かせたのは、筆頭判官であり、見た目は十五歳程度の子供である蒼氷。
部屋の真ん中で抱擁しあっていた魔王と朱炎の姿をどのような仕組みでか、固く閉ざされた両の瞼から眺め見て、軽く首を傾げてみせた。
「いや。別に邪魔と言う訳ではないぞ」
「あたくしの事はお気になさらず、蒼氷様。ただちょっと陛下に慰めて頂いてただけですもの」
うふふ、と笑う朱炎は泣いたせいで赤くなっている目元に気付かなければ、普段通りの態度である。
それに気付いているのかいないのか、蒼氷は軽く片眉を上げると、一言断わりを入れてから入室した。
「あたくしは下がった方がよろしくて?」
「……そうじゃのぅ。朱炎嬢にも関わる話故に、この場にいてもらった方が良さそうじゃの。よろしいですか、陛下」
「お前がそう判断するのであれば、オレがそれを遮る様な真似はせんよ。朱炎もここに残れ」
「御心のままに」
朱炎が淑やかに一礼して、蒼氷を見つめる。
明るい若葉色の瞳と鮮やかな琥珀の瞳が蒼氷を真っ直ぐに見つめた。
「つい先程、朱炎嬢が大使を務めた会談からの帰国の際、妨害者どもの襲撃を受けたのを覚えておられますかの?」
「あー。またそう言う事があったのか。奴らも懲りないなぁ……」
「陛下の脳裏の片隅に留める価値もない輩ばかりでしたわね」
蒼氷の確認を求める言葉に、魔王は微かに眉間に皺を寄せながら顳かみを解す。
何せ、この国どころか世界で最も長生きな魔王である。その長い生の中で似た様な事ばかりが起これば、それら一つ一つに関する記憶も薄れていってしまうというものだ。
「予め、国境沿いに網を張っておったお蔭で国内に潜んでいた反・魔族派共をあぶり出して捕える事に成功しましたが……そやつらの尋問と拠点を改めましたところ、おかしなものを見つけましてのぅ……」
「おかしなもの、ですか?」
「その通り」
深々と蒼氷が頷く。
魔王はただじっと黙って話を聞いている姿勢を取っていた。
「奴らの支援者の名が入った名簿に混じって、少々不可解な書類も混ざっておりましての。かなりずさんな扱いがされていた他の書類と違い、それは一見したところ特筆する様な物ではなかったのですが……」
ひら、と手に持っていた書類を蒼氷は魔王へと差し出す。
琥珀の瞳が動いて、無数に羅列している文字をその瞳で流し見た。
「ふうん。中々粋な趣向が凝らされているじゃないか。一見したところ、これは古代の神族を讃える讃歌だが……ある一定数の文字を省いて文章を再構成すれば、全く別の代物になるな」
「相変わらずの頭の回転具合で……」
ふぅ、と疲れた様に蒼氷が一息吐く。
彼の部下達が一晩かけて解き明かした暗号を、一度流し見ただけで看破されてしまってば部下達の立つ瀬がない。
言わないでおこうと彼は心に決めた。
「ここ数百年ばかり、異種族にも門戸を開いていたのが仇になったのかな? こんなおかしな事を企む輩が混じり込んでいたとは」
「陛下? 差し支えなければ、その書類の内容をお知らせいただけませんか?」
不愉快そうに魔性の美貌を顰めている魔王に、そっと朱炎が声をかける。
子供の小さな手が、朱炎のたおやかな手に書類を無造作に渡した。
「ざっと見たところ、商品かなにかの引き渡し場所とその時間帯の指定……それに品数を示しているようだが、これがどうしたのか?」
「そうでしたら……。奴らは過激派でしたし、するとしたら武器の取引……かしら?」
これぐらいの事ならばわざわざ自分のところまで報告しなくてもいいのでは? そう思った魔王は不審そうに蒼氷を見つめる。
朱炎も同様で、明るい若葉色の瞳に訝し気な光を灯している。
「その“商品”が問題でしての……。話は変わりますが、たまたま奴らの拠点でこのような物を見つけてしまいまして」
ゆったりとした服の袂から、蒼氷は灰色の布が巻かれている小包を取り出す。
朱炎がそれを受け取って、軽く結ばれていただけの結び目を解く。
「これは……?」
――――出て来たのは、小さな子供用の靴であった。
はい! ここからがこの章のメインです。
更新遅くなりましたが、楽しんで読んでもらえれば嬉しいです。