兄弟? 姉弟?
先立って、次の話は緋晶メイン、とか書きましたが、物語の流れ上、先に緋晶ではなく蒼氷の話を書く事になりましたので、ご了承下さい。
壮大かつ絢爛たる装飾で飾り立てられた魔王城の奥の奥、深部の深部。
この夜空色の巨城の主である魔族の王である魔王が配下である魔族達との謁見の際に使用する大広間にて。
城内で働く老若男女の魔族達は揃って口を開いて、それぞれの目を剥いた姿で硬直していた。
「――と、言う訳で。コイツはこれからオレの弟って事で扱ってくれると助かるのだが」
少しばかり居心地が悪そうに口を動かした、唯一無二たる王の御言葉に、忠実な魔族達は呆然と言葉を紡いだ。
「弟ぉっ!!」
「嘘だろ、陛下が子供になったって言うだけじゃなくて、今度は弟までだと!?」
「でも、元のお姿の陛下にそっくりだわ……!」
「ま、待て。陛下の事だ、実は単なるそっくりさんとかいって我々を驚かすおつもりでは……!」
「いや、それとも実は子供陛下が作り物で、本当の陛下はその隣の青年ではないのか!?」
壇上の玉座の上にちんまりと座している魔王の左隣で、藍玉と共に魔王を挟んで佇んでいる黒目黒髪の青年が、不思議そうに首を傾げる。
おかしな思惑も敵意すら感じない、あどけないと言って良い動作に、なまじ魔王に瓜二つなために、常日頃の魔王の姿を知る魔族達は何度も目を擦った。
「い、いや。あれは陛下ではない。我々の陛下はあのように無邪気な動作などなされないからな……!」
「おい、そこの。今のはどーいう意味だ」
妙に確信の込められた一言に、玉座に太々しい態度で座る魔王がその琥珀の視線を険しくする。
鈍く光る琥珀の双眸で睥睨されて、それまで好き勝手騒いでいた呼び集められた魔族達が一斉に口を噤んだ。
黒と金で飾られている他者を威圧する造形の玉座に深く腰掛けて、行儀悪く足を組んで眼下の魔族を睨みつけている、子供姿の魔王。
玉座の側にて自然体で佇みながら、好奇心を孕んだ黒真珠の瞳で無心に眼下の魔族達を見つめている、魔王そっくりな黒髪の青年。
こうして並んでいるのを見比べれば、やはり魔王の方が青年よりも幼い姿をしているのにも関わらず、その琥珀の瞳に宿した老成した輝きと深い叡智の煌めきもあってか、肉体的な年齢は下ながらも、無垢な視線で魔族達を見ている青年よりも年嵩であると確信させられる。
「お前らが普段、オレの事をどういう目で見ているのか何となく悟った気がするよ……」
「へ、陛下ぁ! 自分は決してそのような意味で言ったのでは……!」
「そうですとも! 決して陛下が狡猾とかずる賢いとか、普段から思っている訳ではありませんからぁ!?」
「巧妙かつ強かで、相手の神経を逆撫でする様な謀にかけては天下一品であり賞賛に値すると皆存じておりますとも!」
不貞腐れた様に玉座に肘をついて頬杖をつけた魔王へと焦った様な声がかけられる。
しかし、そのフォローになってないフォローを聞いて、魔王の顳顬が引き攣った。
「魔王はずる賢いのか? 透夜もそーなるべきなのか?」
「ずる賢くて悪かったな! どーせオレは根性も悪くて性格も悪いさ!」
「――――コホン」
玉座の右隣に立っていた藍玉が重々しい咳払いをする。
はっとしたようにそれまで行儀悪く腰掛けていた魔王がその姿勢を正した。
「とまぁ、オレの性格云々は置いといて。今日からコイツをオレの弟と言う事でこの城に迎える事となった。
当面は大した役職にもつかせんし、下手に厚遇する必要もないがな。しかし物知らずなだから、何か聞かれたら答えてやる程度はしてやってくれ」
「――すると、この方……透夜様は王弟殿下という扱いでいいのでしょうか?」
「人間族の身分制度を借りるのであれば、それが適切だろうな」
――――朗々と謁見の間に魔王の声が響き渡る。
異論も反論も許さない、既に決まった事を宣言している魔王の言葉に、魔族達に否やもある筈がない。
先程までの喧噪を捨て去り、静かに跪いた姿勢で頭を垂れた魔族達の中で、ただ一人、朱色の髪の娘だけがその若葉色の眼差しに微かな怯えを込めた視線を魔王へと向けていたのであった。
人間族に比べたら、魔王と魔族の関係と言うのはかなりフランクです。……ええ、とても。
人間族の国王と一緒だとボケに回る陛下ですが、複数の魔族相手だとどうしてもツッコミに。