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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
魔王城の新なる日常・弍
44/51

追走劇

背景に流すとしたら、某有名男優主演の飛行機映画のテーマソング。

「一時は本当にどうなる事かと思っていましたが、なんとか上手くいったみたいで良かったですね」

「気を抜くのが早すぎるのじゃなくて、灰砂?」


 途中に精霊族と言う介入者が居たものの、大きな妨害もないままに無事に人の国と魔族の国との会談は終了した。

 そうなると魔族の側としても人間族の国に長居する気もないため、早々に滞在を切り上げて故国へと帰還する事になり、表面上はにこやかな笑みを浮かべたままの国王とその家臣達に見送られ、朱炎を始めとする文官達を乗せた馬車は、魔族の武官達を周囲に配したまま、帰り道を進んでいた。


 特に気兼ねする必要もない、気心の知れた同族だけの空間に、それまで張りつめた空気を纏っていた文官達も寛いだ姿勢になる。

 朱炎もまた同じ気分であるため、部下達のだらしない姿勢にも、扇を軽く口元に置いたまま微笑むだけに留まっていた。


「仕方ないですよ、朱炎様。灰砂坊は新妻の事が気になって気になって仕方ないんですから」

「せ、先輩! 勝手な事言わないで下さいよ!!」

「照れるな、照れるな。知ってんだぞ、お前が夜中に何度か奥さんの似姿を見てたのを」

「えぇっ!? な、なんで先輩が知ってるんですか!?」

「えっと、冗談だったんだがなぁ……」


 ようやく国に帰れると言う安堵のせいか、それとも重大な責務を果たし終えて肩の力が抜けたせいか。

 馬車の中では随分と気の抜けた会話が交わされていた。

 そして、全権大使として同行した朱炎の部下の中でも一番若い灰砂が皆に弄られるのも、ある意味では仕方のない事だった。


「そ、それより朱炎様。気にはなっていたのですが、陛下の御剣みつるぎの返還を求めなくても良かったのですか?」

「灰砂、お前ね……」


 馬車の中のメンバーからにやにやと生暖かい目で見られて居心地が悪くなった灰砂が、意味もなく銀縁眼鏡を直しながら、朱炎へと振り返る。

 話を振られた側の朱炎は肩を竦めて、大袈裟に溜め息を吐いた。


「……他でもない陛下御自身に必要ないと前もって釘を刺されておいてよ。人間族の方も我々が御剣の返還を求めて止まないと想像していたようだったけど」

「こう言っては何ですけど、剣を返してほしければ、魔族の所有する鉱脈のいくつかと引き換えだと言わんばかりの態度でしたからね」

「あたくしとしては、取り返したいところだったのだけれども……」


 何せ、前々に魔王自身から剣に関しての交渉は不要と宣言されていたのだ。

 色々と言いたい事や、不満に思った事もあったのだけれども、魔王にそう告げられてしまっては、忠実な部下である朱炎が逆らえる筈がない。

 結果的に、人間族の魔剣の返還を盾に色々と吹っかけてやろうした思惑を全面から崩す形になったのだが。


『――――朱炎様』

「分かっていてよ?」


 不意に、文官達の乗る馬車の扉が小さくノックされる。

 馬車の外に並走する形で、軍馬に騎乗して護衛として馬車を囲んでいる魔族の武官の影が車内に映る。

 同時に囁かれた、轍の音に紛れない程度に潜められた声に、朱炎を始めとする文官達は居住まいを正した。


『どうやら、一部の過激派のようです。如何なさいますか?』

「取り敢えず、我らが祖国までに全速前進。相手をしてやる必要はないわ。そして灰砂」

「はい!」


 大輪の花の透かし模様の入った更紗のドレスが優雅に揺れて、朱炎は振り返った先で固い顔をしている灰砂に婉然と微笑みかける。

 国を出た時の華麗なる姫騎士の姿とはまた違う、優艶な貴婦人の身なりでありながらも、朱炎の若葉色の瞳は好戦的に輝いていた。


「――援護なさい。お前の土の元素の力が必要よ」

「畏まりました」


 一礼した灰砂に満足げに微笑むと、朱炎はそれぞれの表情で自分を見つめている文官達へと視線を合わせる。

 優雅に妖艶に、気高くもありながら狡猾な微笑みを浮かべ、朱炎は朗々と宣言した。


「風の元素が使える者は補助に回りなさい。水の元素を使える者は灰砂同様援護に。会談も無事に国に帰るまでが会談なのよ?」

「了解です、朱炎様!」

「それでこそ姉御っす!」


 普段は文官と言っても、魔族の種族特性として持ちうる元素に個人差はあったとしても、魔術や魔法の行使に躊躇う者などいない。

 十人近い文官達はそれぞれ思い思いの表情で笑うと、直ぐさま命令を実行に移した。


「それでこそ、あたくしの部下ってものね! それでは武官の皆様方、用意はよろしくて? か弱い乙女がいるのだから、どうぞ守って下さいませ!」


 徐々に速度を上げる馬車の扉を勢い良く開く。

 身を低くして疾走する武官達の背後に、粗雑な身なりに身を包んだ盗賊を思わせる装束の者達の姿が見えた。


「姉御はか弱いって、お人じゃないと思いますがね! やれ、灰砂坊!」

「坊って言うのは止めて下さい!!」


 一際年配の文官の男に文句を言い返しながらも、律儀に灰砂は土の元素に働きかける。

 不自然に地面が隆起して、道がより馬車が走り易い道へと舗装された。

 俄然、馬車や騎兵の走る速度が上がる。

 土煙を上げる勢いで、国境まで一直線に進む一団へと向けて木の元素を纏った矢が放たれた。


「襲撃者の中にはどうやら木の精霊族エルフ共もいるようね。――でも、甘い!」


 木製の矢が空を切って進む途中で幾十にも分裂して、その鋭い鏃で魔族を貫かんと襲いかかる。

 それよりも先に、不自然に大気中に凝った火の元素が、その全てを喰らい付くした。


「あたくしの事を忘れている様ではまだまだねぇ」

「……姉御のどこがか弱い乙女なのか、俺は時々心底不思議に思うぜ」

「……右に同じです、先輩」


 馬車の扉に手をついた姿勢で麗艶に微笑んだ朱炎の背後で、ヒソヒソと文官達が囁き合う。

 直ぐに朱炎の鋭い視線に気後れして、各々の仕事に戻ったが。


「部隊長! 十倍にしてやり返したい気持ちは分かるけど、今回ばかりは国に帰る事を優先するわよ!」

「――っ! 了解です、朱炎様! お前ら、国まで無事に戻る事を第一にし、戦いに応じるな!!」


 憎々し気に背後を睨みつけながら、それでも今回の護衛を任された部隊の隊長格の武官が部下達に命令を下す。

 命令を受けた兵士の一人が、朱炎と部隊長に向けて疑問を投げ掛けた。


「ですがっ! もしも奴らが国境を越えても襲撃を続けて来たらどうなさいます!?」

「その時は百倍にして返してやりなさい! 今は国に入る事だけを考える!!」

「了解であります、姉御!」

「こら、お前! 仮にも筆頭文官であられる朱炎様に向かって姉御とは何だ、姉御とは!」


 やられっぱなしの事実に悔しそうに表情を歪めていた若い兵士が、朱炎の一喝に晴れ晴れとした表情を浮かべる。

 その間にも盗賊に扮した襲撃者からの遠距離攻撃は続けられており、馬車の中にて援護する文官の者達はかなり大変であった。


「畜生。あいつら絶対何も考えてないぞ。そんなに魔族を駆逐したいのか……!」

「先輩、落ち着いて下さい。ここで怒っても良い事ありませんよ」


 数少ない土の元素を操る灰砂が地面を舗装する一方で、水の元素を操る魔族達は一団が通り過ぎた後に道に大量の水の元素を混ぜ込んで、ぬかるみへと変える。

 そうする事で襲撃者側の進行を遅くしようとする試みであったが、向こうにも水の元素を扱う魔術師がいるらしく、あまり効果があるとはいえなかった。

 それでも、僅かでも確率が上がると言うのなら、それを続ける理由になったとしても、止める理由にはならない。

 何とか追う者と追われる者との間に拮抗が保たれているのは、今の所元素による応酬だけで済んでいるからだ。


 強大な魔術や魔法を行使しながら戦える者の数は実はかなり少ない。

 何故ならば、魔術や魔法で行使する元素による攻撃は強大ではあるが、同時に致命的な弱点があるからだ。

 元素を生まれながらにその身に宿す精霊族であったとしても、強大な<力>の行使をしようとすれば、その行動に移るための『溜め』がどうしても必要となり、戦いの際には魔法使いや魔術師はその隙を狙われ易くなる。

 武器に元素の力を通して効力を上げると言った簡単な物であるのならば兎も角、戦うのと同時に元素を操って強大な力を振るったり、繊細なコントロールが必須な術式を操るのは難しい。

 例えるのであれば、障害物のある道を最大の速度で走りながら目の前にある紙に丁寧に文字を書く様なものだ。


 ――――それ故に、襲撃者と違って馬車という安定した足場を持っている魔族側が有利になるのは、ある意味では必然とも言えた。


「見えました! 隊長、朱炎様、国境です!!」


 一向に縮まらない距離を保ちながら、追いかけっこを続けていた魔族側に歓声が上がる。

 遠目にも異常を察知した国境沿いに配置された魔族の兵士達が、民間人達を避難させているのが見える。

 後ろを走る襲撃者との距離よりも、配置された砦の門の方が近いという状況になって、勝利を確信した朱炎の顔に笑みが浮かぶ。


「伝言は上手くいったようね、でかしたわ!」

「――――まだです!」


 それは予め配置されていた伏兵だったのか。

 避難されていた民間人の中から、兵士達の制止を振り切った数人の男達が飛び出てくる。

 ――同時に、一直線に走る馬車に向けて燃え盛る灼熱の業火が放たれた。


数少ない魔術や魔法の行使をしながら戦える人物の一人が魔王陛下。

他にもいるっちゃいますけど、今のとこは陛下(大人版)だけです。

まあ簡単にいうのであれば、生死の縁を行き来する乱闘の中で、他の事する余裕がある人にしか戦いながらの魔法・魔術行使は出来ないとお考え下さい。

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