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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
魔王城の新なる日常・弍
43/51

会談終了

更新、全然出来ていなくてすみませんでした……!

やっとの事で更新です。この章も、もうじき終わりです。早く次の展開書きたい、シリアスはもういやだ。

 裏側で何かが起こっていたとしても、表面上は恙無つつがなく魔族と人間族の会談は無事に終了した。

 人間族であれば国王の、魔族であれば全権大使である朱炎の、それぞれの署名が記された用紙を交換するために二人は高い机を挟んで、向かい合って立っていた。

 鷹の羽根ペンと孔雀の羽根ペン。

 それら二つのペンがそれぞれ用紙を削りながら、各々の名前を刻み込む。

 最後の綴りを先に記し終えた朱炎は、未だ名前を記している最中の人の王の顔を盗み見た。


 個人差はあるが魔族も基本的には精霊族に似て長寿の者が多い。

 様々な血が混ざっているにしても、火の精霊族ドラゴンの血を濃く受け継いでいる朱炎もまた、見目は若い娘であっても、目の前の王を遥かに上回る年月を生きている。

 厭味も蔑みも、澄ました顔で躱す事など朱炎にとっては容易い事であるのに、人の王の戯れ言を彼女は普段の様に切り捨てられなかった。

 魔王とはまた違った意味で、限りある短い命の大半を王として過ごして来た人間族の王に告げられた言葉は、朱炎の、引いては魔王の配下である魔族達が隠している心の弱い部分を確かに貫いていたのだ。


 ――――だからこそ、朱炎の内心は複雑であった。

 愛に飢える魔族の性として、無条件に愛を与えてくれる魔王を希求する心は、下手すれば直ちに狂気へと傾きそうになる程強い。

 だが、それなりの期間を魔王の直臣として、文官の筆頭として過ごして来た彼女は、その乱れた感情に蓋をして魔族の全権大使として無事に条約を結ぶ事に、それこそ精魂を込めて行動しなければならない立場に居る事も理解していた。

 次の日の朝には昨晩の危うさの掻き消えた姿で現れる事が出来たのは結局の所、自らの立場と長い年月の結果であったのだろう。


「――……では。双方の署名によりここに我らの間に新たなる条約が結ばれた事を人の王として宣言する」

「偉大なる魔王陛下の代理として、魔族の代表として、ここに両国の条約が成立したと宣言致しますわ」


 朗々と響く声で国王が宣言すれば、慎ましやかに若葉色の瞳を伏せた朱炎が澄んだ声で同意する。

 特に大きな妨害もなく、無事に会談が終了した事に安堵する様に朱炎と共にやって来た文官達が安堵した様に胸を撫で下ろしている姿を流し見て、朱炎はひっそりと微笑みを浮かべた。


* * * *


「昨日になって精霊族が出て来たりしてどうなる事かと思っておりましたが、なんとか役目を果たせた様で良かったですね、朱炎様」

「全くだわ。色々あったけど、ひとまず無事に会談を終える事が出来て何よりね」


 名目上は国家元首不在のままの国の代表としてやって来た朱炎達は、使者としての大役を果たせた事にひとまず一息吐いていた。

 そんな朱炎率いる文官達の耳に、のどかな天気にそぐわぬ荒々しい声が届いた。


「――……人の王! 貴殿は一体何を考えているのだ!!」


 何度目かの曲がり角で、不意に怒声が空気を震わせながら響いたのを確認し、朱炎達は足を止めた。

 そっと足音を潜ませ、気配を断つ。瞬く間に空気と同化してのけた朱炎達の存在に気付かないままに、声の主はますます声音を荒げた。


「あの忌々しい魔王を討ち滅ぼしたと宣言してのけたのは、他ならぬ貴国であろう! それが何故、あの様な『混ざり者』共に情けをかける様な行いをなさるのだ!?」

「気を落ち着かれよ、木の精霊族エルフの御方。其方の声はよく響く。どこで誰が聞いているかもしれぬのだぞ」

「はっ! 聞かれて何か困った事があるのか? それよりも人の王、貴殿の行いについての訳を是非ともお聞かせ願いたいものだな」


 窘める響きの声に鼻を鳴らして答えたのは、褐色の肌に細身でしなやかな体の人物。

 素早い動きを特徴とする木の精霊族らしく、動き易そうな短衣に身を包みあちこちに防具をつけている青年は間違いなく、現在この白亜の王宮に滞在している木の精霊族エルフの青年であった。


「あの魔王さえいなければ、魔族は有象無象も同然! 確かに魔族の間に不明瞭な動きもありはするが、それとて力で押し潰してしまえば良いものを……!」


 両の腕を組んで高らかに宣言する褐色の肌の青年の言葉に、隠れている魔族の文官達の体がぴくりと震える。

 傍らの灰砂が不安そうに目を瞬かせるのを雰囲気で感じ取りながらも、朱炎はいきり立つ同族達を手で制して静聴する事を優先させる。


「自分の主義主張を述べるのは個人の自由ではあるが、其の方はもう少し自身を抑制する術を学んだ方が良いのではないのか?

 仮に魔王が不在だったにしても、魔族が我々の目論見通り混乱しているのであれば兎も角、下手に冷静な状態のままであるならば、其の戦が泥沼になるのは必定だ。ここは今暫く慎重に行動すべきだと考えないのか?」

「穢らわしい『混ざり者』共が、魔王がいない状態で我らに対抗だと……? 笑止千万。人の王よ、貴殿は魔王が勇者に滅ぼされたにも関わらず随分と悠長な事を……」

「……木の精霊族エルフを束ねる長殿の言葉ですらなく、使者ですらない子供の言う事を鵜呑みにする程、余は人間が出来ていないのでな。

 話がそれだけであるのならば、余は行かせてもらうぞ」

「待て、まだ話は……!」


 呆れを隠そうともせずに大きな溜め息を吐いた人の王が、服を翻しながら立ち去っていくのを慌てた様子で木の精霊族エルフの青年が呼び止めようとするが、振り返る事なく国王は廊下を進んで行く。

 国王の後姿が大分小さくなってから、魔族達もまた、止めていた足を動かしたのであった。


* * * *


「おーおー。熱いねぇ、青少年は。おっさんの俺には出来ないわ、やっぱり」


 唇を噛み締め、憤然と国王が去っていた方向を睨みつけていた木の精霊族エルフの青年を見下ろしている人影が、あった。

 整然と並ぶ円筒型の白亜の塔に付けられた、大きな窓。

 開かれた窓枠に、どこか気怠気な雰囲気を纏っている一人の偉丈夫が器用に片膝を立てた姿勢で座り込んでいた。

 

「しっかし、おまえさんとこの一族の頭の固さはどうにかならないもんかね。

 魔王が生きているのか死んでいるのかは知らんが、俺としては士気が下がっている様には見えん魔族相手に戦いたいとは正直思わないんだがなぁ」

『――――確かに。魔王が死んでいると思い込んで戦端を開くには魔族の行動は気味が悪い程統率されている』


 頬杖を付いた姿勢で、日に焼けた肌と鮮やかな赤髪を持つ偉丈夫が嘯くと、その言葉に同感だとばかりに何処か遠い所から木霊する声が偉丈夫の側で発される。

 周囲には誰もいない状態であるというのに、誰かの声が聞こえて来たと言う事実に偉丈夫は驚く事なく、寧ろ深々と頷いて同意してみせた。


「あの坊ちゃん、戦に出た事がないのか?」

『ああ。あいつは我々の一族の中でも比較的最近に生まれた子供だからな』

「あー、やっぱりそうか。ここ二百年ばかり静かだったからなぁ。人の国が統一される前までは日々小競り合いもあって、俺達の様な傭兵家業にとっちゃ稼ぎ時だったんだが」

『対・魔族……いや魔王との戦場に出た事がない者程、好んで戦端を開こうとする。そういった奴らを押え付けるのにどれほど苦労している事か』


 遠くより木霊する様な声の持ち主の姿はないが、それでも何処かより響いてくる声は玲瓏たる声音は微かな苛立ちを感じている様であった。

 それに気付いているのか、日に焼けた肌に赤い髪を持つ火の精霊族ドラゴンの偉丈夫は愉快そうに笑う。


「あんたも大分苦労しているみてぇだな。ま、俺達の方も似たり寄ったりな状態ではあるんだがな……」

『彼の地に眠る金脈でも巡って日々皮算用でもしているのか?』

「あはは。俺達ドラゴンはキラキラしているもんが好きだからな」


 皮肉下な響きの声に、困った様に偉丈夫は苦笑する。

 そうして太い指で髪を掻いた後、不意に緩んでいた表情が鋭い物へと変わった。


「――――で、どうすんだ? “アイツ”の封印が解けちまったみてぇだぜ?」

『……なんのことだ?』

「とぼけんなさんな。俺とあんたで百年程昔に捕まえた“アイツ”だよ。<塔>の奴らがどうしてもって言うもんだから預けていた、あの怪物だ」


 生暖かい風が、悪戯に偉丈夫の頬を撫でる。

 鮮やかな赤い髪が、風に靡いた。


『……問題はない。大まかな情報データは既に私の手によって採取済みだ。それよりも誰が“アレ”を連れて行ったのかについては、お前は知っているのか?』

「いーや、知らんね。でも、知ってそうな奴は知っている」


 にんまりと偉丈夫の唇が吊り上がる。

 きゅるり、と音を立てて偉丈夫の鮮やかすぎる赤い瞳の瞳孔が縦に伸びて、漏れる吐息に火の粉が混じる。


「百年前はせいぜい<力>を放出するしかなかった“アレ”が戦い方を覚えるのか? だとしたら是非とも戦ってみてぇもんだ」

『戦闘狂もいい加減にしろ。これだから火の精霊族は金と戦いにしか興味を持たぬ薄のろだと言われるんだ』

「ひでぇなぁ。そんな言い方しなくてもいいだろうに」


 偉丈夫は、この白亜の王城に滞在する火の精霊族ドラゴンの男は、再度眼下を見下ろす。

 男の視界の端に映る廊下の途中で、日差しを浴びて輝く朱色の髪がちらりと見えた様な気がして、ますます愉し気に笑みを深めた。


「あーあ。俺としてはまたあのお綺麗な魔王陛下と戦ってみたいとこなんだがなぁ」

『……魔王の生存が分からぬ現状は下手に動くべきではない。まぁいい、いずれそちらに向かう。その時までに“アレ”を連れ去った者についての情報を手に入れておけ』

「人使い、って言うより精霊使いの荒い雇い主だな、あんたは」

『安くはない給金を払っているんだ。当たり前だろう』


 ――――其の言葉を最後に、遠くより木霊する様な声はふつりと断絶した。


今回は難産でした……本当に。

さーて、次章までもう少しです。

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