『混族』と『魔族』
間がかなり空いてしまいました。久々の更新です。
“――我ら、始まりを持たぬ一族なり。
同一でありながら異端。異質でありながら同格。我らは常に外されし者共なり。
神にも人にも精霊にも満たされる事なく、我ら方々(かたがた)に散りて細々と暮らしけり。
長い長い年月を、我らは蔑まれ、嘲られ、罵られ、迫害を受け続けて来た者共なり。
願いを持てども、叶えられず。
望みがあれど、達せられず。
愛を求めど、与えられず。
しかれども、ただ漂白の日々を放浪する我らの元に遂に一筋の光明見えたり。
空に月と日の輝き昇りし日、我らの元に麗しき人訪れり。
腕に褐色の肌の赤子を抱きて現れし彼の人、驚き戦く我々を見つめて己が名を名乗りて曰く、
――我は汝らの願いを叶える者なり。
――我は汝らの望みを満たす者なり。
――今日より、我は汝らの父母が汝らを愛するが如く、汝らを愛する者なり、と。
光吸う黒髪に琥珀の眼差し持ちける麗しき人、方々に散りし我らを集め導きて、東の果ての地に遂には一つの王国を造らん。
――――其の者、いつの頃よりか魔王と呼ばれる様になりけり”
……魔族の歴史は短い様でいて、意外と長い。
それは彼の国の王である魔王の庇護を受ける前と後、そして世界中を同胞を求めて放浪していた魔族達が当時は人の住めない土地だと思われていた大陸の東の果ての地に、現在の魔族の王国を造ってからの期間に、魔族の歴史が分けられる事も原因の一つだと言えよう。
前述しているのは、魔族の中に伝わる魔王についての記述がなされた最も古い記録である。
上の記録によるならば、魔王は当時迫害を受けていた魔族の元に、ある日突然現れたと読み取る事が出来る。
他の章で記したが、他種族による魔族(当時は『混族』)に対する風当たりは現在の比ではない程強かった。
そのため、どの種族にも属する事の許されていなかった混族達は、同じ境遇の者同士で集まって、ひっそりと生計を立てて暮らすしかなかった。
そんな混族達の元に“光吸う黒髪に琥珀の瞳持ちける麗しき人”つまり魔王は現れ、混族達を纏め上げて見事一大勢力を作り上げたのだ。結果として、魔王の庇護の元で発展して来た魔族達が、彼の王を幾代にも渡って思慕と敬愛の対象として讃え続けて来たのも納得がいける話である。
――しかし、ここで魔族のみならず我々も大事な事を忘れている。
則ち、何故魔王は(言い方に語弊はあるが)嫌われ者であった混族達の元に現れたのか?
また、魔王の腕に抱かれていたと言う”褐色の肌の赤子”とは誰なのか?
どうして魔王が庇護するのは他の種族ではなく魔族なのか?
初めて衆目に姿を晒した際に魔王が名乗った名は何だったのか?
このところを突き詰めようにも、当の魔王配下の魔族達は考える事を止めているとしか言えない。
何故ならば、筆者が探りを入れてみた所、魔王の武勇伝や魔王への讃歌などといった類の物こそ彼らの王国には数多存在するものの、肝心の魔王の正体を探ろうとする試みは、全くと言って良い程皆無なのである。
敬愛し崇め立てる存在である魔王に対して魔族がそのような感情を抱く事自体、不敬に当たるのかもしれないが、かといってそれは思考を硬直させる理由にはなるまい。
儚き人間族の身ではあるが、いずれ魔族の誰かがこの本を手にした時に筆者と同じ事を考えてくれる事を切に願う。
『人から見た魔族に対する一考察 アルマース・シュタインベルツ著』
第二章 =魔族の歴史= より抜粋。
* * * *
読んでいた本のページから視線を外して、朱炎は一人溜め息を吐いた。
俗に白魚の如き、と称されるであろう細い指先が、そっと黄ばんだ用紙をなぞる。
戯れの様な指の動きは無意識の事なのか、それとも意識しての事なのか。
朱炎の指先が触れていたのは、奇しくも先程話した人間族の王の言葉と似た様な内容が綴られていたページであった。
「――――他の者に今更言われなくても、あたくし達が一番分かっていてよ。陛下が、あたくし達とは違う生き物である事なんて」
ふっくらとした唇から力のない言葉が零れ落ちる。
何十年か昔に、一人の人間族の男が記した書物を、何度か魔族である彼女も読んだ事があった。
「“当の魔王配下の魔族達は考える事を止めているとしか言えない”ですって? 当たり前じゃない。そんな事を考えて、陛下があたくし達の元から立ち去ってご覧なさい。まず間違いなく魔族は混乱に陥るに決まっているわ」
――昼の会合の報告を受けて予想はしてはいたものの、ここまで魔族が魔王に執着……いや、依存していたとはな――
ゆっくりと瞼を伏せた朱炎の脳裏に、人間族の国王の台詞が繰り返される。
それを肯定する様に、朱炎は儚げな微笑みを浮かべてみせた。
「依存に執着ね……。なんと言われても結構よ、人の王。あたくし達の孤独をあなた方が知る事は一生無いし、あたくし達の餓えも乾きも絶望も、魔族以外の者が簡単に分かる程浅くもないでしょうね」
魔王配下の魔族達は、それまでの先祖達が重ねて来た苦難と絶望を、それこそ身に染みて理解している。
苦難の歴史と残酷な現実を忘れない様に、覚えておく様にと、魔族として生まれて来た者達は親や教師からその事実を教わり、実感する。
代々魔王に使える一族の血を引く朱炎もまた物心がついた時からその歴史を教わり、幾度か国を出てはそれが真実であると体験した。
「罵声や嘲りを受けるのなんて日常茶飯事だったし、侮蔑や嫌悪の瞳で見られるのも当然の事だった。あたくし達をそう言う目で見ずに、純粋に愛して守ってくれたのは陛下だけ。そんな陛下を留めておけるのであれば、魔族の誰もが陛下の正体なんかに気を止める訳がないじゃない」
精彩の欠けた若葉色の眼差しは、透き通った硝子玉の様でもあった。
虚ろな輝きだけが瞳を満たしている。
「――……でも、それだけじゃだめなのね」
自身のほっそりとしてはいるが、単なる深窓の令嬢や針しか持った事のない姫君達とは違う、剣を握った事のある者としての『手』を見つめながら、朱炎は呟く。
彼女の手は、いざとなれば魔王の剣、又は盾と成れる様にと、並々ならぬ修練を積んで来た者特有の手をしていた。
「陛下の今までにない行動が、それを証明している」
異界から召還されたと言う、異世界出身の勇者。
元の世界に還りたいといっていたという勇者にされた少年に同情して、魔王は勇者に倒された振りをした、と朱炎は藍玉から聞いた。
今までは娯楽と称して勇者と遊んでいた魔王が初めて取った行動。
その強大な<力>を使い果たして、子供の姿に変わってしまった魔王。
偽りとはいえ、それまで無敵の存在として名を馳せていた魔王が勇者に倒されたという行為は、簡単に片付けられるようなものではない。
――――つまるところ。
「陛下は、何かを行おうとしている。自身の弱体化さえも利用して、何かを」
戯れに分厚い書物を弄びながら、朱炎は唇を噛み締めた。
魔族として、王に恋した女として、そして何よりも国に尽くす官吏として、朱炎は魔王の行動の先にあるものに気付かなければいけない。
――――だがそれよりも先に、彼女にはこの人の王国で為すべき事を為さねばならなかった。
……魔族は皆ヤンデレ予備軍。人の王なんて目じゃないです。
以前、精霊族を保守派、守銭奴なんて分類で分けましたが、その実魔族は「愛されたがり」です。