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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
魔王城の新なる日常・弍
41/51

命名

個人的に魔王陛下は一番高笑いが似合いそうなキャラだと思う。

弱体化していても、なんだかんだで相手をたこ殴りする、それも笑いながら。

……いつか書いてみたい。

 何処ぞの部屋から持ち出した鋏と金盥。

 ふわふわのタオル数枚と糊の効いたシャツとズボン。

 それから姿をすっぽりと隠してくれる外套。


 国王の私室より飛び出した魔王はそれらを持って元の庭園へと戻った。

 そこでは言い付け通り大人しくしていた『地下の怪物』こと、名もない同族が星空を見上げて芝生の上に座り込んでいた。


「――――ん。戻ったぞ」

「ぅあ!」


 魔王が声をかけると飛び上がって近寄ってくる。抱きついた同族の背を宥める様に叩いて、手を繋いで引っ張った。


「取り敢えず、風呂……は無理だが身を整えるぞ。幸い水は豊富にあるし」

「んぅ?」


 不思議そうな声を出す同族を振り返る事なく、庭の中に設置されている噴水へと近寄って、持って来た金盥に水を汲む。

 ギリギリまで水を注ぐと、その中へとタオルを浸した。


「さて。百年分の垢や埃と、その他諸々を落とすとするか。……じっとしていろよ?」


* * * *


 途中で逃げようとするのをひっ捕まえ、暴れ出そうとしたのを殴って抑え、厭がる頭を鷲掴みにして水の中に沈める……といった半ば苛めの様な行為を繰り返して、数時間後。

 首周りに長いタオルを襟巻きの様に巻かれた同族の長い髪を、魔王は躊躇う事なく鋏で切り落とす。

 百年という長い虜囚生活の中で無造作に伸び続けた髪を、肩よりも短い長さになるまで切り揃えて、魔王は一息を吐いた。


「まぁ、ざっとこんなもんか。これから先はそれこそ専門職の子供達にでも任せるとするか」


 そうしてから切り落とした長い髪を、全て焚き火の中に投げ入れる。瞬く間に切り落とされた髪は灰と化し、何とも言えない匂いが周囲に漂う。


「……しかし、お前……。オレにそっくりだな」

「う?」


 顔を覆う程無尽蔵に伸びていた前髪が無くなった今、ようやく出会えた同族の顔を隠す物は最早存在しなかった。

 苦い、というよりも何とも言えない表情になった魔王の見つめる先で、同族は目を何度も瞬かせる。


 端正というより、魔性の二文字が似合う造作の整いすぎた美貌。

 青白くはあるが、きめ細やかな肌に薄い唇。

 肌の色や細かな造形は異なってはいるものの、大人の姿の魔王によく似た容姿の……おそらく青年。

 違うのは、元の姿の魔王よりも男に近い容姿である事とその顔に浮かべる表情の質、そしてその身に纏う色であろうか。


 見る者を酔わせる造作であると言うのにも関わらず、その顔に浮ぶのは赤子の様に無垢な表情。

 長い睫毛に囲われている黒真珠と同じ色をした無邪気な眼差しが、魔王の琥珀の双眸を見つめ返した。


「目は……黒か。で、髪は……オレのよりも少し明るめか? 綺麗にしたと言ってもここじゃ限度があるからな……。オレよりも男っぽいが、女装させても問題ないんじゃないか?」


 好き勝手言う魔王を、未だ名前のない同族がじっと見つめる。

 尚も呟きを零しながら、魔王は金盥に注いでいた水を一気に焚き火へと掛けて、火を消した。


「……なーめ」

「は? 今なんて?」

「なーめ!」


 てきぱきと証拠隠滅という名の後片付けをする魔王の服の袖を、同族が引っ張る。

 きょとんとした表情の魔王に、少し腹を立てた様に同族は語気を強くした。


「なーめ? ああ、名前の事か!」

「う!」


 抱き潰す勢いでしがみついて来た同族を軽くあしらいながら、魔王は考え込む仕草を取る。

 来た時に比べるとやや傾いだ月の光を浴びて、光を吸い込んでしまいそうな黒髪がその色を濃い物とする。


「名前、名前ねぇ……。オレじゃなくて、お前が自分に名前をつけるべきじゃないのか?」

「や! なーめ!」

「――オレに付けて欲しいのか?」

「う!」


 抱きしめる力を一際強くした同族が、勢い良く左右に首を振る。


「そうか……。そーだな、お前はまだまだ空っぽ、何にも染まっていないから……」


 鮮やかな琥珀が黒真珠の双眸と交錯する。

 夜と同じ色を宿していながらも、魔王の強い意思を宿した物とは違う、いっそ無垢とも言っていい純粋な眼差し。


「何にも染まっていないくせに、お前自身は夜から切り取られた様な色だしな……。となると――」


 に、と紅唇が持ち上がる。

 意思を宿した宝石の様な琥珀の瞳が、底の底、奥の奥まで射抜く様に燦然と輝く。

 他に聞く者がいない静かな王宮の庭の片隅で、高らかに、朗らかに、魔王は告げる。


「何にも染まっていないお前の色は透明色。それでいて、その身に宿すのは夜の色。それでは、未だ何者でもないお前にオレ自身が名前を授けるとするか、ただ一人の同族よ」


 不意に、一陣の風が二人の間を走る。

 悪戯に二人の色調の違う黒髪を巻き上げて、彼らが纏う衣服の裾を揺らす。


「お前の名は『透夜とうや』。『透』明な『夜』で、透夜だ。――――異存は無いか?」

「とーや?」

「そう、お前の名だ。この先、名を訊ねられる様な事があれば、そう名乗るといい」


 とーや。そう呟いた透夜が、にっこりと微笑む。

 何度も確かめる様に与えられた名を呟き続ける名付け子に、魔王は何とも形容し難い微笑みを浮かべてみせた。


「お前をオレの国へと連れて行こう、透夜。オレの誇る王国にオレの愛しい子供達が暮らす、オレが治める東の果てにある国へ。

 そしてその地で学ぶといい、その目で確認するといい。奪われ続けて来たお前が自らの手で何かを掴もうと思う日が来るまで」


 それは不思議な光景であった。

 純白の月光の照らす下で、中身の違う幼子と青年は互いに向き合う。よく似た二人であると言うのに、全く違う二人が。

 見目形は何も知らぬ子供姿であるものの、琥珀の瞳に老成した輝きを沈めた魔王。

 容姿端麗な見目麗しき青年の姿をしているものの、無垢で無邪気な子供である透夜。


 ――夜空に掛けられた月だけが見守る中、静かに魔王の言の葉が世界へと溶けていく。


「紅に染まる海原を、虹が煌めく氷の大地を、どこまでも続く青空を、お前に見せよう。オレの持つ知識キオク、オレの得た情念オモイ、オレが獲得した全てをお前に与えよう。

 唯一無二の同族であるお前に、戦う術を、生きるための力を授けよう――そうして……」


 朗々と謳っていた魔王の言葉がふつり、と切れる。

 不思議そうに透夜が魔王を見上げるが、琥珀の双眸は遠くを見つめているだけでその先を続ける事はなかった。

 煌煌と輝いていた真白の月が重た気な雲に覆われ、下界へと投げ掛けられていた月光が雲の後ろへと隠れてしまう。


「――――その先に何をお前が選び取るのか、それはオレではなくお前自身が決める事だな……」


 再び月が世界を照らした時には、光吸う黒髪に琥珀の瞳の幼子と黒髪に黒真珠の同じ瞳を持つ青年の姿はその場から消え失せていた。

更新が遅くなって済みません。もう少し早くにアップ出来ていれば良かったです。

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