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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
勇者去りし後の魔王城
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一方的な邂逅


 ――――まあまあな月の夜であった。


 初代にして永代たる魔王はその晩、一人で出歩いてた。

 普段だったら口うるさい一部の魔族(例えば藍玉)が護衛と称して傍をいるのだが、不意の気まぐれで出かけただけであって、魔王の側には誰もいなかったのだ。


 それこそ風の向くまま気の向くまま、悪戯にあちこちを歩き回っていた魔王であったが、少しばかり休憩しようと思い、たまたま目についた森へと降り立った。

 森の側にはそこそこの大きさの村があり、夜遅くだというのに煌々と松明の光が村中に灯っていたから、どこからか貴人でも来ているのだろうか、と魔王は思った。

 祭りだったらこっそり紛れて御馳走でも摘まめないだろうかと、半ば魔王にあるまじき事を考えていたら、魔王の鋭敏な聴覚が奇妙な音を聞き取った。


 何かを啜るような情けない音と途切れ途切れの嗚咽。

 さては村の子供が泣いているのかと、魔王が一人納得していると、目の前の木々が揺れる。

 ――――そうして出て来たのが、この度、異世界から召喚された勇者であったのだ。


* * * *


「ひっく、ひっく。うぅ……」

「おい……」

「どうせ、どうせ僕なんか……」

「おい。おい、そこの」

「――なんて出来るわけないよ……ぐすっ」

「聞いとんのか、小僧!」

「びゃっ!?」


 あまりにも無視されるもので、ついつい声を荒げると世界を救う筈の勇者の肩が大きく震える。

 ビクビクとまるで人に慣れない小動物めいた言動に、魔王が小さく微笑む。


「おい、何をそんなに嘆いている。話してみろ、少しは気が楽になるかもしれんぞ」

「そんな事言ったって…………」


 あまりにも悲観的な言動に、本当にこいつは勇者なのだろうかと魔王は思った。

 この世界の生物とは異なる独特のオーラと腰に佩いた聖剣からして、つい先月に某・王国で召還された筈の勇者である事は間違いないだろうが、この覇気のなさは如何したものか。

 なんて事を魔王が考え込んでいるとは露知らず、(暫定)勇者の方は視線を地面に落としたまま、ぶつぶつと何か呟き続けている。


「――取り敢えずお前、その鬱陶しい言動を直ちにやめろ。聞いてて苛々する」

「ひぃ! 何か色々すみません!!」


 自分でもかなりドスの聞いた声で脅しをかけると、勇者は背筋を伸ばして漸く視線を上げる。

 焦げ茶色の髪に同色の瞳と言う、取り立てて何ら変哲の無い容姿の青年、いや少年だ。


「それで、何をそう、悲観的になっているんだ? 女にでも振られたのか?」

「なっ!? 違います!!」


 茶化す様にそう言ってやれば、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけて来る。その姿が愉快で、魔王は喉の奥で笑った。


「そんな浮ついたものじゃありません! もっと、もっと深刻な物なんです!」

「そうかそうか。なら、ますます話してみろ」


 もしその時が昼間だったり、普段の様に勇者の周りに仲間がいたのであればおそらく勇者はそれ以上何も言わなかったであろう。

 その日の魔王の格好といえば、黒の衣装で全身を包んだ上に、目深までフードを被った、ある意味不審者スタイルであったのだから。


 しかし結局、様々な要素が加わって、勇者はその一言を口にしてしまったのだ。


「――魔王を倒してこい、って言われたんです。そんなこと僕には出来る筈ないのに……」



 ――……勇者の話を纏めると以下の物だった。


 勇者本人は異世界において特に秀でた所のない、平々凡々な少年であったと言う。


 何ら変哲はない平和な一日、学校からの帰路の途中に足下に浮かんだ魔法陣に引き摺られる様にしてこの世界へと召還される。

 見知らぬ場所で出会った自称・国王に、開口一番で世界の平和をもたらすために悪の元凶たる魔王を倒して欲しいと頼まれる。

 召還されたショックで何も言えない内に勝手に祭り上げられ、気が付いたら流されるままに勇者にしか抜けない聖剣を引き抜いたしまっていた。

 そのせいで断ろうにも断れず、おまけに魔王を倒したと証明出来ない限り、元の世界に帰れない(帰さない)と宣言される。

 仕方なく頼れる仲間と共に魔王退治の旅に出たのはいいけれど、旅の合間に聞いた魔王の恐ろしさにすっかりびびってしまい、こんな自分に魔王を倒せる筈が無いと思って時折旅の最中にこっそりと泣いていたらしい。


 ――そうして泣いてる勇者を目撃したのが、彼の旅の目的である魔王本人であると言うから笑える。


 皮肉な巡り合わせに、中々不愉快な気分になった魔王であったが、魔王は本来人間達の間で伝えられている様な残虐な気質の持ち主ではなかったので、不運な勇者の気持ちを思いやって軽い溜め息を吐くだけに留めた。


「――と、いう訳なんですぅ。ぐすっ、ずず」

「……そうか。なかなか勇者も大変なのだな」


 これまでの遍歴を思い出して、再び泣き出した勇者の頭を宥める様に撫でながら、魔王はフードに隠された琥珀の双眸を細めた。

 今まで魔王討伐にやって来た歴代勇者達は『勇者』という選ばれた者であったことに過剰に自信をつけた勘違い野郎共であったために、返り討ちにしてやる事になんら罪悪感など感じなかったのだが、今代の勇者はどうも違うらしい。


 初めての異世界産勇者であるせいだろうか。


 そもそも、何故に今代の勇者は異世界人なのだろう。

 この世界の者が魔王を憎むのは理解出来るが、全く関係の無い異世界人に魔王討伐を頼むなど、どうにかしている。


「もう泣き止め。ここで泣いているよりは、さっさと魔王でも何でも倒してお前のいるべき場所に帰る事だけを考えていろ」

「で、でもっ! なんか色々と調べたら、元の世界に帰れる様な方法は無いみたいで……」

「――――は?」


 旅をしている間に、勇者本人も様々な文献やら賢人と呼ばれる人々に話を聞いていたらしい。

 そうして調べた結果、元々異世界の勇者候補をこちらの世界に呼び出す事は出来ても、勇者を元の世界に戻す様な方法は無いのではないか、という結論が浮上したのだと。


「それは……酷いな。勝手に喚んだ挙句、還す方法がないなど」

「うぅ……。そう思いますよね、やっぱり」


 ――魔王が思う以上に、今代勇者の取り囲む環境は過酷であった。


 今度は隠さずに重い溜め息を吐いた魔王に、勇者がびくびくと震える。

 先程も思ったが、どうも勇者というより小動物みたいだ。


「わかった。ここで会ったも何かの縁だ。後の事は気にせず、お前は魔王を退治する事だけ考えていろ」

「――――え? で、でもっ!?」

「いいから」


 何事かを言おうとしている勇者の目元を覆って、暗示をかける。


「お前は此処で誰にも会わなかったし、何も喋らなかった――いいな?」

「は、え? で、でも……――はい」


 泣き虫でも、さすがは勇者といったところか。

 常人ならば逆らう事が出来ない魔王の力に暫く抵抗してみせたが、結局は精神的な疲れといった要素もあって、魔王が手を離すと大人しく頷く。


 ――――ギクシャクとした動きで村へと戻る勇者の後姿を見送って、魔王は地を蹴って宙へと舞い上がると城を目指した。

勇者は自分に自信が無い子。

やれば出来るのだけれども。

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