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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
魔王城の新なる日常・弍
39/51

地下の怪物

以前感想に寄せられたコメントで、悪のりしてみた台詞あります。

今回の話は今までで一番長いです。

 ――其処は闇に包まれていた。

 ――其処は沈黙に支配されていた。


 暗く重苦しい場所で“ソレ”は随分と長い時間を過ごしていた。

 強制的な眠りに落されながらも万が一の時のために枷が嵌められ、生まれながらに持ちうる強大な力を使えない様にと押え付けられていた。

 時折、ふとした瞬間に自我とも言えない意識の欠片が目覚める事があったとしても“ソレ”にとって心惹かれる物など外界には無く、目覚めても何ら興味のない世界に“ソレ”は直ぐさま見切りをつけて気怠い眠りに就くばかり。

 眠り続けていたいのに、それすら邪魔される時間も度々あった。

 その度に“ソレ”は邪魔する何かを排するために力を振るった。

 枷が嵌められていても、一度“ソレ”が力を振るおうと決めれば枷は有っても無い様な物であった。

 眠りに落された当初は不躾な視線を寄越して来たり、勝手に体を弄くろうとしてきた邪魔者達も、その都度“ソレ”が反抗すれば徐々に手を出さなくなった。


 死んでいる訳はないが、生きていると言う訳でもない。眠りに落されては時折目覚め、眠りを妨げるモノだけを排し続けて来た。

 そんな永劫に続きそうな倦怠の繰り返しに終止符を差したのは、初めて感じる気配であった。


 ――慕わしく、懐かしい、心惹かれる気配。

 原始的な感情しか抱く事のなかった“ソレ”が初めて感じた想い。

 知らない筈なのに、っている。

 感じた事などないくせに、常に感じていた。

 別物であるというのに、欠けた何かが満たされる感覚。

 一度気付いたら、もう耐える事など出来なかった。

 歪な心の底より湧き出て来る感覚に突き動かされた“ソレ”は、ただひたすらにその気配に向かって手を伸ばす。

 渇望、希求、郷愁、歓喜、執着――今までに感じた事のない強い強い感情の渦の中で混ざり合う思いに名を与えるとするのなら、きっとそう言った物であったのだろう。


* * * *


「全く……。陰気な場所だな」


 陰鬱な空気が漂う地下へと続く螺旋階段を一人の子供が手慣れた様子で下りながら、辟易とした口調で呟いた。

 闇そのものを押し込めたような暗い空間に子供の纏っている白い寝間着がぼんやりと浮かび上がる。

 一目見た瞬間に<塔>の中を彷徨う幽霊の姿を想起させる身なりに、不快感を与えない程度に乱された黒髪と大きすぎるサイズの眼鏡を付けた子供だった。


 一度足を踏み外せば奈落へと真っ逆さまという危険な場所を明かりも無しに進み、動き難い寝間着に大きな眼鏡を付けているというのに子供の歩みは止まらない。

 もしここに子供の師に当たる女魔法使いがいれば、普段の鈍重さとは裏腹の子供の身のこなしに違和感を覚えるのは間違いないだろう。それ程見事な体さばきであった。


 子供は階段を下り続ける。無限に続きそうな螺旋階段が終盤に差し掛かり、子供の眼にぼんやりとした輝きが届いた。

 階段の踊り場より直接通ずる広い部屋の中に明かりが一つだけ灯され、男が二人、奇妙に揺らめく明かりに照らされていた。

 二人はお互いに額を付き合わせる様にして何事かを話し合っており、時折浮かべる深刻な表情から、彼らにとって他の事は眼中にない様子が明らかであった。


「――……ふぅ。やっと着いたか」

「誰だっ!!」

「何者だ!?」


 しかし、そんな彼らも自分達の他に動く者がいない筈の空間に突如聞こえた耳慣れない声を耳にして、慌てて振り返る。

 二人は鋭い視線を闇の奥へと向けるも、明かり一つ灯されていない暗闇の奥から何者かの姿を伺い見る事は出来ない。

 けれども二人の魔法使いの男達の切迫した響きの声は奥に潜む子供の琴線を刺激した様であった。


「そうだな……。何者か、と問われてみれば答えてやるのが何とやら。ある時は見習い魔法使い、またある時は謎の国家元首――しかして、その正体は……っと、危ないな」

「巫山戯ているのか!? 正体を現せ!!」

「お、おい! こんな所で魔法を使いでもしたら……っ!」


 朗々と言葉を紡いでいた子供の声が途切れる。同時に、男の片割れが放った火球が暗い室内を照らしながら勢い良く部屋を過った。

 人の身で受ければ間違いなく骨の髄まで消炭にされてしまうであろう火球を軽やかに躱し、子供は呆れる様な声を部屋に響かせた。


「待て待て。敵味方の判別もせずに物騒な物を投げつけるべきじゃないと思うぞ? 何せここは<塔>の最下層。下手に暴れ回ったら生き埋めになりかねんというのに」

「黙れ!」

「落ち着け、そいつの言う通りだ!」


 怒鳴り声と共に室内を火球が再度飛び交う。

 闇の中に潜む何者かに逆上している相方にもう一人の男が止めさせようと手を伸ばすが、炎の元素を扱う魔法使いらしい男は轟々と燃え盛る火球を室内に放ち続ける。


「くっそ! 勝手な事をするな! このままだと俺達まで……」


 まだ冷静さを保っているらしいもう一人の男が世界を構成する五元素のうち、木の元素に働きかける。

 男の意思に従い、室内の床を食い破る様にして地面から太い幹が出て室内を支えた。


「先程眠りに就かせたとはいえ、こんな事を続ければ俺達まで“アレ”に喰われるぞ! 殺されたいのか!?」

「くそっ!」


 男達の体が眼に見えて強張る。そしてその隙を逃す様な子供ではなかった。


「戦いの最中によそ見をするとは命知らずだな。差詰め、研究仕事デスクワーク専門の魔法使いといったところか!」

「しまっ……!」

「ぐぉっ!?」


 暗がりから小柄な体を生かしたスピードで踊り出て、その鳩尾に拳を叩き込む。

 男の息がまった矢先に股間を勢い良く蹴り上げ、相手が耐え切れず前屈みに成った所に左上部からの回し蹴りで追撃する。そうして、そのまま体を捻らせ今にも倒れ込んできそうな男の襟を引っ掴んで、勢いのままもう一人の男の方へと投げつけた。

 小柄な体躯に似合わぬ兇悪なまでの怪力によって投擲された相方をもろに喰らったもう一人の男がそのまま壁へと叩き付けられ、腹部と後頭部にほぼ衝撃を衝撃を受け、男の体から力が抜ける。


「……ふん。幾らオレが弱っているとはいえ、お前らみたいな無粋な輩なんぞ体術だけで充分だ」


 意気揚々と名乗り上げようとした所を邪魔され、不機嫌そうに子供が口をへの字に曲げる。

 ――そうした後、眼鏡越しにも判る程の鋭い視線で部屋の奥を睨んだ。


「予想はしていたが、まさか本当に『地下の怪物』と名高い相手がオレの感じていた気配の主であったとはな……。気付かなかった自分に呆れるべきか、それとも今日まで隠し通してみせた<塔>の者達に感心するべきか……」


 先の戦闘でずれた眼鏡を鬱陶し気に外し、露になった琥珀の瞳で闇を見透かす。

 その身に纏う物が市販品で質素な物であったとしても、そこに魔性の美貌が加われば最上級の衣へと雰囲気を変えてしまう。

 魔法使い見習いのディアンであった筈の子供は軽く溜め息を吐くと、闇の凝る奥へと足を進め――そうして目に入って来た光景に苦りきった表情を浮かべた。


「これはまた……厳重なものだ。古の神族用の牢、と言った所か。上手く機能していないみたいだが」


 揶揄する様な口調が一転して低く重苦しい物に変わる。


 分厚い鉄格子に囲われた牢がそこにはあった。

 火の精霊族ドラゴンの領土である火山群より産出される頑丈な黒岩を削った床石の上には無数の陣が刻まれ、中にいるモノが力を発揮出来ない様に施されている。

 一際大きな円陣が敷かれた中央には人の形をした生き物が横たわっており、その片足には分厚い枷が掛けられて動きを束縛していた。


 痩せ細った体に血色の悪い肌色の手足が襤褸から伸び、力なく転がる。

 伸ばされた四肢の長さから一般的な成人男性の標準程度の背丈であると目測が付けられる。

 うつ伏せに伏しているのと身の丈を超える長さのくすんだ色の髪に覆われてはいるせいで、その面差しは明らかではない。


「胸くそが悪いな……。これもそれも気付かなかったオレのせいか、くそったれ」


 苛立ちを抑える様に子供――否、魔王は光を吸い込む様な黒髪を乱暴に掻きむしった。

 そうした後、琥珀の瞳を険しい物に変えて牢の中に横たわるソレに声をかけた。


「――おい。お前がオレと同じなら、その程度の枷ごときその気になれば解ける筈だ。少しは抗おうとは思わんのか」


 内部の存在の能力を無力化する事を目的とした陣の上に枷を付けられた状態のソレが、魔王の言葉に反応した様にぴくりと動いた。

 そろそろと闇の中にいるソレに見つめられているのを感じながら、魔王は一度舌打ちをすると乱暴に足を進める。

 ひくり、と捕われているモノが虚ろな視線を歩み寄ってくる魔王に向けた。


「――――そら、手を伸ばせ。言葉を覚えていなくとも、オレの言っている意味は判る筈だ」


 強い力の込められた魔王の言葉に促される様に、ソレが痩せ細った手を伸ばす。

 色素の薄い不健康な肌の色に魔王の視線が険しさを増すが、沈黙を保ったまま伸ばされた手が自分の手に重なるのを見守る。


『ぁ、あぁ……』


 碌に使っていなかったのであろう声帯からはおよそ言葉と言える音は出て来ない。辛うじて音と言えそうな擦れた声が発せられる。

 それでもソレは必死に口を動かして、手を魔王の方へと伸ばす。

 骨と皮しか無さそうな痩せこけた青白い手を、魔王の小さな手がそっと包み込んだ。


「よし。考える力が碌に無さそうなお前にしては上出来だ。この牢は確かに強力な封印陣が刻まれていて、お前の力も抑圧されている様だが、我々用に誂えられた物ではない。お前が使おうと思えば<力>の行使とて可能だ。――そら、さっきオレを引き摺り込んだ時の様にやってみろ」

『あ、ううぅ』


 相手の意識を誘導する様な耳に心地よい響き。意味が分からずとも強い意思が込められた言霊に促され、室内を不自然な風が渦巻く。

 抑圧され続けていた枷が一気に引き剥がされる様に、長年の間に使われる事なくソレの中に沈殿されていた<力>が一気に弾け飛んで、捕われていたモノが解放された。


「よーし、よしよし。よくやった。ほら、おいで」

『――っ!』


 言葉も判らぬ赤ん坊を宥める様に魔王は優しくソレを抱き止める。初めて感じる暖かな温もりにソレは驚いた様に身を竦めたが、すぐに体を弛緩させた。

 

「牢の具合からしてここ百年ばかりの間に使われていた物で間違いないな。先程の陣の構成と室内の元素からして眠りに就かせていたのか。……となると、体はでかくとも生まれたばかりの赤ん坊と同じと考えていた方が良いな。生まれた時に言語を習得していたとしても、百年ばかし声帯を使っていないとなると喋れなくて当然か」


 よしよし、と自分よりも大きな相手の背を撫でながら魔王が周囲を見渡す。

 内側からの圧力に耐えかねて弾け飛んだ牢の残骸が、室内に散らばって無残な姿を晒していた。

 床に敷かれていた円陣は床石ごとひび割れ、室内のあちこちが奇妙に隆起している。

 もし先の戦闘で魔法使いの一人の手によって木の元素による補強がなされていなかったら、中にいる者ごと生き埋めに成っていた事だろう。


「――ん。大丈夫だ、どこにも行かないさ」


 きゅ、と纏っている寝間着に縋り付かれた事に気付いた魔王が優しく抱きしめ返す。

 相手は成人男性としての一般的な背格好をしているが、その中身は幼子そのものだ。だが、それもその境遇を思えば仕方ない事と言える。


「安心しろ。お前とオレは同じ存在モノだ。それはお前自身、気付いているだろう? オレと同じ様に」

『……ん』


 こくり、と頭が上下に振られる。その仕草に魔王は柔らかく目を細めて愛おし気に長い髪を梳いた。


「接触によって同調が始まったみたいだな。オレの持つ知識がお前の中に流れ込んでいっているみたいで何よりだ。最も、知識だけあってもやり方をしらないと何も出来ないが。まあ、ひとまずそれは置いといて……まずは名前を付けてやらないとな」


 不思議そうに隠された前髪の奥の眼差しが魔王を凝視している。

 それに魔王は慈愛に満ちた眼差しで返すと、俄にその表情を鋭い物へと変えて背後を振り返った。


「――――そう言う訳だ。話は聞いていたな? こいつはオレが連れて行く。下手な真似はしない方が身のためだと思え」

「……いつから気が付いていたの?」


 小さな体から放たれる尋常ならざる殺気に、背後で立ちすくんでいたラピスが一歩後退する。

 今にも二人へと放たれんとして凝っていた水の元素が気圧された様に霧散した。


「上の戸を開けて入って来たところだ。急いでいたとはいえ、足音を忍ばせる程度の努力は行うべきだったな」

「……そう。さすがは魔王、と言ったところかしら」


 ――――自嘲する様に瑠璃色の瞳を翳らせたラピスの頬に、冷たい汗が伝う。

 弟子として振る舞っていた際には向けられた事がない凍る様な眼差しに、女魔法使いは体を震わせた。

 其処には既に一途に師匠を慕う幼い子供の姿はなく、冷たい怒りに帯びた冷酷なる魔族の王の姿があった。

長くなったので、ここで一旦切ります。

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