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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
魔王城の新なる日常・弍
38/51

二人の王

いじめっ子国王VS魔王陛下……とはなりません。


「随分と良い酒だな、人の王。お前の寝室に眠らせているのが勿体無いくらいだぞ」

「戯け。勝手に余の部屋に忍び込んだ不届き者の分際で、何を偉そうな事を申しておる」


 国王の秘蔵の収集品の中でも一、二を争う上等な酒を注いだグラスを手に、幼子の姿をしている魔王がにんまりと微笑む。

 ひらひらと風に惑うカーテンの隙間から室内へと入り込む白銀の月光に照らされているその姿は、俗っぽい態度とは裏腹に、少しでも触れれば瞬く間に消え去ってしまいそうな程、儚く見えた。


「まあ、そんなところで突っ立てないでさ。こっちに来いよ。一緒に飲もうぜ?」

「……余の酒なのだがな」


 以前、国王を強襲した際の圧迫感とでも言うべき気配は椅子に座る魔王から感じ取れず、むしろ長年会っていなかった友人に話しかける様な気安い雰囲気である。

 月明かりの元でよくよく観察してみれば、その小さな体には一切の寸鉄を帯びていない事も判り、国王は今度は隠す事なく溜め息を吐いてから、目の前で注がれた酒杯を一息に煽った。


「おお。言い飲みっぷりだな」

「ふん。そう言う貴様とて、何の用で余の部屋に潜んでおったのだ。返答次第ではその首を戴くぞ」

「怒るな、怒るな。折角の良い酒が台無しだぞ? 木の精霊族エルフの一級品だなんて、滅多に外に出まわらないのだから」


 深い森の奥に住まう木の精霊族エルフの持つ熟練の技を使用して作られた酒の類は、どれも鮮やかな色をしている。酒の年代が古ければ古い程、その色は鮮やかさを増すとされ、現に二人の王が持っている杯に注がれた液体もまた、鮮やかな琥珀色をしていた。


「この城は良い城だが、少しばかり『個』に弱いとこがあるな。『群』相手ならば、謳い文句通り鉄壁の防御を誇るんだろうけどな」

「御託は良い。それよりも、何のために余の部屋に参った。貴様の事だ、余の首を狙って来た訳でないとするならば魔族の使者殿の護衛を兼ねて来たのか? だとしたら貴様の過保護振りには聞いて呆れるな」

「おいおい。あまりオレの娘達を莫迦にしてくれるなよ? 彼女達はオレの自慢の可愛い子供達だとも。この程度の事で揺らぐ様な柔な娘でないのはオレがよく知っている。今回オレがこの城に忍び込んでいたのは別口だ」


 姿形は稚い幼子そのものだが、瞳に宿した老成した光とどこか達観している口調が、その外見を見事に裏切る。

 肩口で揃えられている光を吸い込む様な黒髪が揺れて、さらりと音を立てた。


「柔な娘ではない、か。その割には余の戯れ言にいやに反応していた様だがな」

「……オレはあの子達の最大の盾だが、同時に最大の弱点になりうるって事さ。それは人の王であるお前とて同じだろう?」

「違うな。余の代わりとして王を継承する者は数多いる。だが貴様にはそれがいない――この差は大きいぞ」

「――だろうな」


 琥珀の液体を嚥下して、魔王は小さな溜め息を吐く。

 言われずとも判っているとでも言いたげな雰囲気に、国王は眉をひそめた。


「魔族の使者関連ではないとするなら、貴様は一体何のために――」

「『<塔>の怪物』」


 端的に告げられた言葉に、無言で国王が息を飲む。

 呆気にとられた様な眼差しを覗き込む様に、魔王は頭の位置をずらす。


「その分だと、お前もよくは知らなかったみたいだな。だとすれば、早々に<塔>の魔法使い達を調べ上げた方が良いぞ? 仮にも国家機密にあたる様な代物を自分達の巣穴の奥深くに隠し込んでいたのだからな」

「待て。あれは噂話の類ではなかったのか!?」

「ああ。こればかりはオレもお前も見事にしてやられた様だな。オレが気付かぬ様に厳重に何十もの封をして、奥の奥、底の底に、長い間隠し続けていた様だからな」


 自嘲する様な笑みが魔王の容貌を過る。しかし、それも一瞬の事で、直ぐさま魔性の美貌は厳しい表情を浮かべて、国王を見据えた。


「可笑しいと思った筈だ。異世界なんて言うとんでもない場所から、勇者一人とはいえ見事に人一人をこの世界へと喚び出してみせたのだぞ? 並大抵の<力>の持ち主では出来る事ではなかろうよ。それも、媒介も何もない状態で、だ」

「しかし、それでは勇者の帰還の際の術式の説明がつかん!」

「こちらの世界に異物を持ち込むよりも、この世界から異物を吐き出す方が楽に決まっているだろう? あの夜に<塔>の魔法使いや魔術師達が行ったのは、勇者をこちらの世界よりはじき出して、元の場所に送り届けるよう術を組んだだけだ。具体的に言えば、釣り針が刺さった魚から針を除いて、川に戻した様なものだ」


 魚を釣り上げるよりも、魚を元の住処へと戻す方が楽なのは誰でも同じだ。

 だが、その場合、異世界と言う川の流れから、勇者という魚を釣り上げた凄腕の釣り師は一体どこの誰かと言う疑問が残る。


「――となると釣り師は<塔>の魔法使い共ではなく、噂に聞く『怪物』だったと貴様は言いたい訳か。成る程、そのような法力の持ち主を余に隠していた賢者達の責任は追求せねばいかんな。強い<力>の持ち主はそのまま、国力の増大へと繋がる優秀な兵器に成り得るのだから」

「おいおい。オレが何のためにここに来たのか忘れたのか? 言ったろ、オレの目的は『<塔>の怪物』だって」

「魔王、貴様……」


 金を帯びた琥珀の瞳が物騒な輝きを宿して、国王の両眼を射抜く。


「悪いな。“アレ”はオレが貰って行くよ。正直“アレ”はお前達の人間の手には余るだろうし、何より、ようやく見つけたオレの『同族』なんだ」

「なんだと……!」

「詳しい事はラピスと言う名の女魔法使いが説明してくれるだろう。オレがお前の会いに来たのは事後報告も兼ねてなんだ。何せ、<塔>の魔法使い達はお前に事情を隠そうとするのは間違いないだろうからな」

「待て、魔王! 貴様、先程から好き勝手言っておるが余の城で何をしていたのだ!」


 狼狽、とまでは行かないが、明らかに混乱している国王に魔王が苦笑する。

 今にも席を立たんとしていた体勢から、再びその場に戻って椅子に座り直す。向かい合って座っている国王が一言も見逃すまいと険しい表情で凝視しているのを、悠然とした態度で見つめ返した。


「オレが以前と比べて弱体化しているのは見ての通りだろ?」

「……そのような機密を余に教えても良かったのか?」

「なに。お前の領域で好き勝手してたし、これくらいは教えてやらねば割にあわんだろ。そんな訳でオレは確かに弱体化したが、これによってオレは<ダアトの塔>から感じる異質な気配に気が付いた。そこで日々の書類仕事の合間にその気配に関して調べるために、人間に扮して<塔>の中に潜入していたと言う訳さ」

「――……何?」


 知識の漏洩を防ぐために、ある意味では白亜の王城よりも警備が厳しい筈の<塔>に、魔王とはいえ他国の者が侵入していたと知らされて国王の表情が歪む。

 それを面白そうに眺めながら、魔王は尚も言葉を紡いだ。


「それで何とかして<塔>の地下に潜れないかな〜、と虎視眈々と隙を狙っていて、今晩ようやくその機会を掴んだと言う訳さ」


 頭を抱えたくなった気分に陥ったらしい国王が、琥珀の酒精の注がれた杯を勢い良く飲み干した。


「や。何から何まで済まないな」

「貴様が言うな!!」


 表面だけは申し訳無さそうな顔でいながら、ちっとも悪びれていない態度の魔王に、国王が思わず怒鳴ったのも致し方ない。


「……全く。貴様には調子が狂わされる。この分ならば、先月の邂逅の時の方がまだ良かったと心底思うぞ」

「どっちかって言うと、こっちの方がオレの素なんだよ」


 気安い口調でそう告げると、魔王は杯に注がれた琥珀の液体を口に含む。

 二人でとはいえ、それなりの量があった酒瓶を空にすると、軽やかな動作で魔王は窓枠に足を掛ける。


「じゃあな、人の王。良い酒だったぜ。また今度、飲みに来ても良いか?」

「二度と来るな、この大戯けがっ!!」


 そう言って窓枠を飛び越した魔王の頭目がけて、短剣が放たれる。

 勿論短剣は刺さる事なく、軽やかな笑声を上げた魔王の頭上を掠めただけに終わったが。

 国王が窓から眼下を見下ろした時には、既に魔王の姿は目に見える範囲には存在せず、夜空にかかる白銀の月だけが常の如く静謐な光で下界を照らしていたのであった。


次話は時間軸が過去に遡ります。

具体的に言えば、国王陛下が朱炎と歓談している時くらいです。


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