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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
魔王城の新なる日常・弍
37/51

疑念の雫、一滴

注意! 未成年の飲酒は禁止されています。

「おお、ラピス。この様なところで何をしておったのか」

「大賢者様! 大変なのです、私の弟子が――」

「これより、国王陛下が魔族の使者との個人的な会談に入られる。其方も陛下の護衛の一人として陛下の側に控える様に」

「私の弟子が地下室に引き摺り込まれました!!」

「なんじゃと?」


 <塔>の中の誰よりも長く上等なガウンを纏った大賢者は、ラピスの言葉に眉根を顰める。憔悴した表情を浮かべているラピスの顔を一度面倒くさそうに眺めると、大賢者である老人は大きな溜め息を吐いた。


「ならば、捨て置け。其方にも申した通り、“アレ”は隙を見せれば我らを喰らう怪物じゃ。其方の弟子には気の毒じゃが、引き釣り込まれた時点で既に手遅れじゃろう」

「そんな!」

「早々に左様な些事は捨て置いて、其方は王国の魔法使いとして陛下の護衛に就かれるとよい。それに今の地下には<塔>の幹部が二名程潜っておる筈じゃ。其方の弟子の運が良ければ、食われる前に助けられておるかもしれん」

「……そうですか」


 憔悴の色を隠せなかったラピスの表情が能面の様な無表情に変化する。しかし、彼女の両手は強く強く身に纏っているガウンを握りしめていた。


「何を突っ立ておる。其方も王国に仕え、陛下に忠誠を誓った魔法使いじゃろう。早う、陛下の元へ行かぬか」


 ――――その言葉に彼女は返事をすることなく、握りしめる両手が白くなる程の力を込めた。


* * * *


「――こうして貴女の様にお美しい魔族の女性と二人きりで話が出来るとは光栄だな」

「お上手ですこと、人間族の国王陛下」


 雅やかな香りが漂う贅を極めた豪奢な一室に、二人の男女の姿があった。


 ――片や、人の上に立つ者特有の威厳を放つ壮年の男性。

 筋肉が程よく付いたがっしりとした体躯に、ところどころ白い物の混じったあかがねの髪を後ろに撫で付け、着心地の良さそうな上質の衣服を身に纏っている。


 ――片や、波打つ朱色の見事な髪を結わえることなく背後に流した妙齢の女性。

 目の色と同じ明るい若葉色のドレスをその身に纏い、グラスを片手に艶麗な微笑みを浮かべている。


 ……人間族の国王と魔族の使者である筆頭文官が一人・朱炎は、名目上は二人『だけ』で酒を飲み交わしていた。


「魔族の女性とこうして語り合えるとは、それも全て世界の敵たる魔王が滅ぼされたおかげだな。魔族の方々も圧政者たる彼の王が討たれた事で、さぞかし心安らいでいることだろう」


 そう言って朱炎を見やる国王の瞳に、狡猾な輝きが宿る。

 しかし、思慕の対象であり敬愛する魔王を愚弄された朱炎は、それでも尚ポーカーフェイスを崩すことなく杯を揺らしただけに留まった。


「……これは異なことを。我らの王が暴君で民に圧政を敷いていたとは、誰にお聞きになった話なのやら。到底、我々の与り知れぬことですわ」

「なに。その方の国より我が国へ保護を求めて来た魔族の者達の言葉ゆえ、王に仕える官吏であった其方には知りえぬことだろうて」

「我らの王に『勇者』という名の刺客を送った国王陛下の仰ることとは思えませんわ」

 

 ふふふ、おほほ、と笑い合ってはいるが、これこそ剣を使わぬもう一つの戦。

 笑顔を浮かべている国王と朱炎の、どちらの瞳も微笑んではおらず、寧ろ冷たい光を宿している。


「人の英雄を『刺客』と言い切る其方達のことだ。何故、勇者達が自分達の王を害する前に排除しようとは考えないのか? 余は常々不思議に思っていたのだが」

「我らとしては八つ裂きにしてやっても構わないのですが、陛下がそれをお望み致しませんもの。最も、陛下がわざわざ魔王として勇者と戦うのは、それが陛下に取っての娯楽であったからです。長い年月を生きていると、たまには刺激が欲しくなるそうですわ」

「――――ふん。あの傲岸な王の言いそうな事だ」


 小さく国王は吐き捨てると、手に持っていたグラスを乱暴な動作で卓の上に置く。

 ぎろり、と鋭い光を宿した国王の双眸が朱炎を睨みつけた。


「それで? お前達は魔王にそう告げられれば、それで満足するのか?」

「何を……」


 初めて朱炎が臆した様に、声音を震わせる。

 一目では判別し難い光を灯した国王の眼差しは朱炎を射抜く様に、真っ直ぐ朱炎へと向けられていた。


「勇者を送った余が言うことではないだろうが、貴様達は勇者が魔王の元へと向かう間何をしていた? これが余の王国であった場合なら、余の忠実なる臣下達は時と場合によっては余の知らぬ内に刺客を排したであろうよ。しかし、貴様達はそれすらしない。それが魔王の望みであったからか?」

「……そうです」

「はっ! だとしたら笑わせる。その答えでは要するに、貴様らは魔王の命であればどのように理不尽な命にでも従うと言っているのと同じではないか」

「我々の陛下を愚弄しないで頂きたいですわ。我らが父母であられる最愛たる陛下は、そのような命を我らに命じたりなどは致しません!!」

「ほう。そう言いきれるか、魔族の娘。――ならば、魔王が『魔王』であることを“止める”と言い出したらどうするのだ?」

「――――っ!!」


 酒が注がれたままの杯を、卓へと朱炎が打ち付ける。中に入っていた紅い酒が跳ねて、朱炎の纏っていた若葉色のドレスに紅い染みがついた。


「考えたことすらなかったのか? あの王が魔族などではないと言うことを、誰よりも知っているのは貴様達ではないか。万にも届く年月を、貴様達はあの王と過ごして来たのだろう? 違うか?」

「……お黙り」

「それともまさか、自分達を無条件に庇護してくれる相手が出来てそれ以上の詮索をすることを止めたのか? あの王は自分達の王であるのだから、余計なことを知る必要はないと、そこで思考を止めたのか?」

「……お黙り、なさい」

「余は幼い頃にとある書物を読んで不思議に思った物だ。何故、魔族の物達は魔王が自分達を守ってくれて当然だと思い込めるのだろうか、と。魔王が余や他の学者達が思う様な存在であれば、貴様達魔族を守ってやる必要なんざ、どこにもないというのに」

「お黙りなさいっ! 人間族の王!!」


 手にしていたレースの付いた扇を刃物の様に国王の喉元に押し付け、怒りに燃える若葉色の瞳が国王を睨みつける。

 鮮やかな朱色の髪が素早い動作で巻上がって、まるで燃え盛る炎の様だった。


「――陛下!! 使者殿、陛下から離れよ!」

「よい。ひとまず、その場で下がっておれ」


 隠し部屋より姿を現した護衛の兵士達が国王の元へと駆け寄ろうとするが、国王の命でその場に留まる。

 扇とはいえ、喉元に今にも食い込まんばかりに突きつけられていながら、国王は激情に支配された朱炎とは対照的にどこまでも冷静だった。


「昼の会合の報告を受けて予想はしてはいたものの、ここまで魔族が魔王に執着……いや、依存していたとはな。貴様らの様な魔族ばかりでは、さぞかし魔王も動きづらかろうて」

「……何が言いたいのです、人間族の王」

「なに。いつまでも守られている立場であることに胡座を掻いている場合ではない、と言うことだ。魔王の言う事為す事に盲目的に従うのもいいが、少しは自分達で歩き出すことを始めたらどうだ?」

「――っ!」


 怒りに染められた眼差しはそのままに、国王の喉元に突きつけられていた扇が外される。

 それを確認して後、直ぐさま護衛の兵士達が王の側へと集い、警戒する様に朱炎に向けて剣を引き抜こうとする。


「それではな、使者殿。少々其方には耳に痛いことであった様だが、今晩の事は手打ちと言う事にしておこう。――皆の者、余はこれより寝室に向かう。そのような魔族は放っておいて余の護衛に専念せよ」

「しかし、陛下……」

「では、数名を魔族に貸し出している部屋へと案内に付け。もう夜も遅い。ご婦人一人だけでは良くない事もあるだろうて」


 暗に護衛と言う名目で監視を付けよ、と命ぜられて兵士達が納得した様に頷く。悠然とした態度で国王が歩き去って行く後姿を見つめていた朱炎は、ただただ唇を噛み締めた。


「そんなことないわ……。陛下はあたくし達の事をお見捨てになったりしない。あんな人間族が言った事なんて、気にする必要はないわ……」


 ――――色褪せた朱唇から零れ落ちた声は、とても頼りないものであった。


* * * *


 鉄壁の防御を誇る白亜の王城の主塔の上部に、国王の寝室は設けられている。

 魔族の使者との個人的な会談を終えて、国王は護衛に守られながら自身の私室へと足を踏み入れた。

 王の忠実なる家来達は王の部屋の外に控え、異常があった時には直ぐさま駆けつけられるよう待機している。


「――ふぅ」


 国王としての威厳に満ちた表情を崩し、王は小さな溜め息を零す。

 そうしてから緩慢な動きで室内に嵌められている大きな硝子窓へと視線を向けて――大きく目を見張った。


「……貴様、何時の間に」

「よう。大体一月振りと言ったところか、人の王? 久しぶり、といったところか?」 


 大きく開け放たれた窓に、からかう様な響きを宿した幼さの残る声音。

 国王が個人的に酒精を楽しむ時に使用する小作りな卓に秘蔵の一品を無造作に載せて、琥珀の液体を注いだ玻璃の杯を掌中で軽く揺らした月光に照らされた小さな影。


 金色を帯びた琥珀色の双眸。光を吸い込む肩まである黒髪。

 新雪を思わせる白い肌と鮮やかに映える紅い唇。

 『魔性』の二文字が最も相応しい見る者を惑わせる少女とも少年とも判別出来ぬ美貌。

 幼子の姿でこそあるが、その姿を見間違える者など大陸にはいやしないだろう。


「――そうそう。あまりオレの大事な娘を虐めてくれるなよ?」


 魔性の美貌に蠱惑的な微笑みを浮かべながら、幼子の姿の魔王は国王の方へと振り向いたのであった。

魔王、とうとう登場!

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