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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
魔王城の新なる日常・弍
32/51

<塔>の魔法使い

以前出て来た、名無しの権兵衛さんの名前判明。

 ――――この世界は五つの元素によって構成されている。


 元素は木・火・風・土・水の五つであり、この世界に存在する<力>持つ者は、これらの五元素を操る事で尋常ならざる神秘を行使する事が可能だ。

 <力>の事を、人間族は『法力ほうりょく』、精霊族では『霊力れいりょく』、神族だと『神力しんりょく』、魔族ならば『魔力まりょく』と呼ぶが、その大本は同じ物である。


 単一の元素を<力>によって行使する事を“魔法”と称し、神代文字の刻まれた陣を使用して複数の元素を操る事を“魔術”と称す。

 おおむね、"魔法”はその身に純粋なる元素を宿す精霊族が多用し、精霊族に比べれば<力>の劣る人間族は自身の<力>を補う形で“魔術”を使用する事が多い。

 そのため、人間族の身で莫大な量の元素を繰る事の出来る“魔法使い”は“魔術師”に比べると、一握りしか存在しない。

 そんな数少ない“魔法使い”の素質を持つ者は、幼い頃から人間族の国王の住む白亜の王城に寄り添う様に聳え立つ<塔>へと招かれる。

 ――……この度、勇者遠征に参加した女魔法使い・ラピスもまた、その中の一人であった。


* * * *


「――もう一月が経ったのね。月日が経つのは早いわね……」


 背中を覆う茶色がかった女の金髪が、窓から吹き抜ける風に吹かれて巻き上がる。

 乱れた髪を乱暴な仕草で抑えると、女は窓の外の景色をその瑠璃るり色の双眸で睥睨する。

 開かれた窓の下では、漆黒に金の文様が描かれた旗を持ちながら進み行く異国の一団の姿がある。

 静寂を第一とするこの<塔>の中でも、大きな音にならないだけで、人々がざわめいている事は間違いないだろう。


「最果ての魔族の国からの使者か……。皆が騒ぐのも仕方ないわね」


 その原因の一端を担っている身としての自覚のある彼女は、ただ軽く眉を潜めるに留めた。

 数ヶ月前に、この世界に呼び出された勇者の仲間の一人として、彼の魔王を討ち滅ぼして来た英雄である以上、この騒ぎは他人事ではなかった。


「ラピス様、ラピス様! こんな所に居られたのですか……って、うわぁっ!?」


 窓枠に右手を置いて佇んでいた彼女の耳に、軽やかな足音が届く。

 足音の主は、未だ幼い体付きの十歳程度の子供だった。

 乱れ放題の黒髪に小さな顔に似合わぬ大きな眼鏡を付けて、息を切らせながらラピスの方へと駆け寄って来る……と思いきや、いきなり前へと思い切りこけた。

 それを予測していたのか、ラピスは軽く溜め息を吐くと、同時に“魔法”を行使する。

 幼子の体が床へと叩き付けられる前に、柔らかな水のベールが子供の身を優しく受け止めた。


「――あれ? 痛くない?」

「……前にも言ったと思いますけど、ディアン。もう少し落ち着きを身に着けなさいな」


 思いっきり頭から床に向かって転倒したのに、一向に痛みの来ない現実にディアンと呼ばれた人影がきょとんとした声を上げる。

 そうした後、渋い顔で自分の事を見下ろしているラピスに向かって屈託なく笑ってみせた。


「えへへ。すみません、大賢者様から一刻も早くラピス様をお連れする様にと命じられまして……」

「でしょうね。……行くわよ、ディアン」

「へ? じ、自分もですか?」

「何不思議そうな顔をしているの? あなたは私の側付きでしょう? なら、私に従うのが当然じゃなくて?」

「側付きじゃないです、弟子ですよ」


 魔法使いの証でもあるガウンを大きく翻しながらさっさと歩き始めたラピスに、慌てて立ち上がったディアンが小走りに従う。

 何処となく苛立った様子のあるラピスに、ディアンは恐る恐るといった風情で口を開く。


「ラピス様、なんかこの頃おかしいですよ。何かあったんじゃないですか?」

「……どうしてそんな事を言うのよ?」


 肩で風を切る勢いで足を進めるラピスの前で、廊下にいた<塔>の魔術師や魔法使い達が慌てて道を空ける。

 顔はつんとした無表情のまま、声だけに苛立ちを乗せて返したラピスに、ディアンは伺う様な口調を崩さないまま言葉を続ける。


「だって、いつもは歩く時はもっとお淑やかですし、よくどこぞのお嬢様と間違われる様な人なのに、今日はそうじゃないし……」

「――喧嘩を売っているのかしら、この子は?」

「怖い! 睨まないで下さい! やっぱり、数日前に大賢者様と地下に潜ったのが――むぐっ!」

「余計な事は思っても、口にしないの。わかってるわね?」


 絶対零度の眼差しで口を塞いでくる師匠ラピスに、弟子ディアンは表情を青ざめたまま何度も頷く。

 それを確認すると、ラピスはやけにゆっくりとした動きで口を塞いでいた手を放した。


「数日前って、あんた確か実家のお姉さんの用事かなんかで塔からいなかったじゃない。なんで知っているのかしら?」

「こ、怖いですよ、ラピス様。まるで神話の蛇女メドゥーサみたいです」

「……なぁんですってぇ?」

「じょ、冗談ですよ。実は<塔>の仲間に教えてもらったんです、その、ラピス様が大賢者様と地下に潜ったって」

「――そう。まぁ、いいわ」


 軽く顎先に指を当てると、ラピスは再び歩みを再開する。

 螺旋を描く<塔>内部の階段を早足で昇って行くラピスの後に従いながら、ディアンは何度か階段からこけそうになって、その度にラピスの魔法に助けられる。


「前から思っていたんだけど、その眼鏡を外したらどうかしら? 度が合っていないから、よく転けるのよ」

「心配して下さっているのですか、ラピス様?」

「心配なんかしてないわよっ! ただね、仮にも私の側付きになったんだから私はあなたの面倒を見る責任があるだけ! 邪推しないで頂戴!」

「邪推って……。相変わらずですね、ラピス様」


 眼鏡の奥から不肖の弟子が生暖かい視線を送って来ている様な気がして、ラピスは真っ赤になって唇を噛む。

 成人を越えた大人がするには少々幼い行為であったが、ディアンは柔らかく苦笑した。


「ともかく! いくら魔法使いの素養があるといっても、あなたはまだ子供なんだから大人しくしていなさい! 私の心配をしている暇があれば法力の使い方でもお勉強していなさい! 分かったわね?」

「はいはい。あ、ラピス様、大賢者様のお部屋ですよ。自分は外で待ってますね」


 やや流された感が無くもなかったが、特に言及を続ける事無くラピスは扉の前に立つ。

 ――ディアンが重厚な扉の脇に控えたのと同時に、ラピスは息を整えると目の前の重厚な扉を押し開けた。

 

・ラピス

 人間国の唯一の魔法使い・魔術師組織<塔>の女魔法使い。

 扱う元素は水の元素にして、勇者のパーティメンバー。

 茶色がかった金の髪に瑠璃色の瞳の持ち主。


・ディアン

 黒髪に大きな眼鏡をかけた十歳程度の子供。

 よくこけるし、失言も多かったりする。

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