闇に沈む
新章開始。
更新、再開です。
晴れ渡った夜空の色をした魔王城の尖塔の中でも、一際高い塔の屋根の上に小さな人影があった。
西の空に沈み行く太陽の斜光で横顔を茜色に染めあげながらも、人影は険しい表情を崩さない。
肩まである光を吸い込む黒髪に、細められた琥珀の瞳。
新雪を思わせる白い肌に、すっきりとした薄く紅い唇。
見た目は十歳程度の幼子そのものだが、深い叡智を宿した双眸が外見に反している。
少女とも少年とも判別出来ない、魔性の美貌とでも讃えるべき容姿だが、今は美しさよりも可愛らしさの方が強い。
夜と夕暮れの狭間。
大空が群青と橙の相反する二色に染め上げられる、自然の作り上げた芸術とでも言うべき素晴らしい景色に心を奪われる事も無く、子供は険しい表情のまま思考の海に沈んでいた。
「――――どういうことだ?」
沈黙を貫いていた子供が、ようやく口を開く。
険しい表情に反して、その声はとてもぞっとする程静かだった。
「ここ数百年の間に、こんな気配は感じた事が無かった筈……。それが何故、今になって……」
尖塔の屋根の端に、膝を伸ばして座り込んだ姿勢のまま子供は独り言を続ける。
他に聞く者がいない独白は、塔の上を吹き抜ける風に紛れて口から零された途端に消えていく。
「――いや。逆に、オレがこの姿に変わったからか? ……弱体化したせいで探知能力が上がったと考えた方がやはり自然か」
自らの小さな掌を見つめながら、子供は納得がいった様に何度も頷く。
そうしたまま、西日が沈む空へと挑む様な視線を送った。
「出所は人間族の知識の集う英知の蔵である<ダアトの塔>か。――……そこに何が隠されている?」
* * * *
夜空の色をした魔王城より、遠く離れた地に聳え立つ白亜の城。
鉄壁の防御を誇る彼の城に寄り添う様に、一つの長大な塔が建てられている。
人間族のありとあらゆる知識が収められた英知の蔵にして、魔法使いと呼ばれる者達の憧憬を一心に浴びる古塔。
――――名を<ダアトの塔>と称すが、王国に住まう者達からは<塔>と呼ばれる事が多い。
その<塔>の底の底、闇の闇。
地中奥深くまでに伸ばされた長い螺旋階段を下った先に、その部屋はある。
一筋の光でさえ入る事が許されない完全なる闇の底に、ソレは居た。
「――……大賢者様、これは一体……!」
「狼狽えるでない! 下手に隙を見せればやられるのは儂らの方だと心得よ」
悲鳴を堪える様に口元を覆った若い女が擦れた声を上げる。
混乱を隠せない女を叱咤する様に、嗄れた声が鋭く闇夜を走った。
「し、しかし、これは……」
「詳しい事は儂らも分からぬ。ただコレは数百年程前の魔法使い達が見つけ出し、代々<塔>の魔法使い達の間で受け継がれてきた物じゃ」
「こ、これが……」
――女が唾を飲み込む音が、やけに大きく闇に響く。
「秘中の秘ともされるコレを其方に見せたのは、偏に其方が魔王討伐の英雄にして<塔>の幹部たる次期賢者としての地位が間違いないからじゃ。それゆえ、努々(ゆめゆめ)この場で見たモノを他所へ告げるでないぞ」
「分かっておりまする。しかし、これは……」
――――どこか怯える様子の女の声を最後に、再び闇は沈黙に包まれた。