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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
魔王城の新たなる日常・壱
22/51

遭遇

「――はあっ、はぁっ、はぁ……!」


 ――――走る、走る。


 家に辿り着ければきっと大丈夫。

 玄関の扉を開けて、誰も入れない様に鍵をしっかりと掛けてしまえば良い。

 そうすれば、誰も入って来れない。


 そう言った事ばかりが青蘭せいらんの頭の中でぐるぐると回る。

 解放されていたと思っていた恐怖に襲われ、立ち止まりたくなりそうな体を無理矢理動かす。


 額から伝った冷や汗を乱暴な仕草で振り払い、強張る足を前へ前へと進ませる。

 じわり、と滲む涙を無視して唯ひたすらに青蘭は前を見据え、見慣れた玄関と三ヶ月の間に馴染んだ風景が視界に入って来た事で涙をにじませる。


 自分の家という、最も安心出来る場所を目にして、心を奮い立たせる。

 視界の端で、青蘭の髪を結んでいた白いリボンが翻った。


「はあっ、はぁっ、はぁっ――きゃあっ!?」


 ――――左腕を、誰かに掴まれる。

 その事実に半狂乱になってじたばたと暴れ出す青蘭の抵抗に、腕を掴んだ相手が舌打をしながらも家から離れた路地裏へと引きずり込んだ。

 夕焼けの色に染まる見慣れた我が家から、薄暗く人通りの少ない裏通りへ。

 そのまま暗い路地へと乱暴に放り出され、青蘭の細い体が地面に叩き付けられた。


「――――あぐっ!」


 地面とぶつかる寸前に、青蘭は腹部を庇う様に手を伸ばした。

 今はまだ膨らんでもいないが、彼女の中にはもう一つの命が宿っている。

 ――――その命を失う様な真似は絶対に避けなければ、と思っての無意識の行動であった。


「――っ、まさか! サフィア、お前、腹にあの魔族との子供がいるのか……?」


 腹を庇う様な体勢で地面に転がった青蘭の姿を見て、彼女をここまで連れて来た誰かが震える声で呟いたのが聞こえ、頭部の痛みを必死にこらえながら、青蘭は自分を見下ろす相手の姿に目を凝らした。

 だが、路地の出入り口で夕焼けに染まる町をバックに立っているせいか、彼女の方からは逆光を浴びている相手の顔はよく見えない。


「くそっ! そんなこと認められるものか……!」


 頭の片隅で何処かで聞いた事のある声だとは思うが、そんな事を気にしている場合ではない。

 幸いといっていいのか、通りを隔てているとはいえ、この路地は青蘭の家の近くだ。

 声を張り上げて人を呼べば誰かが気付いてくれる筈だし、一刻も早く目の前の相手から離れたい。そう思って、よろめく膝を立て無理矢理体を起こす。


「どこに行くつもりだ、サフィア!!」

「――――うぁ!」


 壁に凭れ掛かる様にして身を起こし、そのまま走って逃げようとした彼女の髪が、急な力で引っ張られる。

 その際、髪を結んでいた白いリボンが解けた。

 遠慮も何もない強い力で引っ張られたせいか、解けた白いリボンに栗色の髪の毛が絡まっている。

 重力に従って地面に落ちていく“それ”を、青蘭は涙の滲む視界で見送った。


 まだ彼女がサフィアとして生きていた頃、初めて灰砂から貰った贈り物であった。

 大事に大事に持っていたリボンが地に落ちていくのを見ていた青蘭の頬に一筋の涙が伝う。


「魔族の男と駆け落ちしただと……! 巫山戯ふざけるな、俺がどんな目で……!!」


 髪にかかった力がなくなったかと思うと、無造作に襟首を掴まれて相手の方へと引き寄せられる。


「いやぁ、放してぇ!」

「うるさい、いい加減に黙れ!!」


 相手の側に寄りたくない一心で、がむしゃらに暴れ出した青蘭に相手が怒声を上げる。

 無茶苦茶に振り回していた青蘭の手が、偶然相手の肌を引っ掻いた。

 

「――――っ!」


 反撃に驚いたのか、相手が襟首を掴む力を緩める。

 その隙に青蘭は地を蹴って、相手から離れ、荒い息に肩を上下させながら、壁に手をつける。

 顔を上げた先の相手の姿に、青蘭は目を見張った。


「なっ、なんであんたがここに……!」

「黙れ! お前がそれを言うのか!!」


 激高した相手が青蘭に向かって大きく手を振るう。


 殴られる。

 そう思って青蘭が目を瞑ったその矢先――


「――――くたばれっ、ストーカー!!」


 ――怒りに満ちていながらも、凛然とした声が路地裏に響き渡った。


「があっ!!」


 続いて、何か重量のある物が空を切る音と何かと何かがぶつかった鈍い音が青蘭の耳に届く。

 同時に、びくりと震えた青蘭の体が暖かい物に包まれた。


「――……遅くなってごめん」

灰砂かいさ? どうしてここに……?」


 この世で一番安心出来る声に、青蘭が瞼を開く。

 開かれた視界の先には、この時間にはまだ帰って来れない筈の夫の姿があった。


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