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魔王陛下、お仕事ですよ  作者: 鈍色満月
魔王城の新たなる日常・壱
20/51

旦那様は魔族様

ようやく青蘭嬢の旦那様登場です。

「ちょっと失礼するぞ、朱炎しゅえん

「ま、まぁ! 魔王陛下!!」


 座り心地の良さそうな椅子に座し、孔雀の羽根ペンを握って部下に指図をしていた朱炎が、扉を押して入って来た魔王に頬を赤らめる。

 そうして、同時にあたふたと体のあちこちに手を走らせては、ずれてもいない髪飾りの位置を直した。


「やあ、朝早くに済まないな。ちょっと人を探しているのだが」

「あら。誰をですか?」

「いや、それがな……」


 きょろきょろと、広々とした室内を見渡す。

 室内のあちこちに置かれた仕事机に座っている朱炎配下の魔族達が魔王の入室に慌てて跪いた。


「あー、別に気にしなくていいから。オレの事は空気と思って仕事に勤しんでくれ」

「出来ません!!」


 手で立つ様に合図しながら、にっこり笑った魔王の御言葉に、魔族達が声を合わせて絶叫する。

 魔族に取って、最も慕わしい存在である陛下を空気だなんてっ……! という無言の抗議もなんのその、魔王は何か言いたげな魔族達の間に視線を走らせ、お目当ての人物を見つけ出した。


「ああ、いたいた。――おいで、灰砂かいさ

「わ、私ですかっ!?」


 幼い容姿とはいえ、魔性の美貌に微笑みかけられ、灰砂と呼ばれた魔族が慌てて立ち上がる。

 女性ながらも長身である朱炎よりもやや背が低い、銀縁眼鏡をかけた人間族における二十歳はたち後半の男だ。

 肩を超す程度の長さの癖の無い暗灰色の髪を白いリボンで結び、背中に髪を垂らしている。

 明るい水色の瞳が、忙しなく動いて何度も瞬く。

 文官の制服をきっちりと着こなした硬派で真面目な雰囲気の持ち主であるが、今は少しばかり不安そうだ。


「そう固くなる事は無い。暫くの間、こいつを借りていくよ」

「承りましたわ、魔王陛下」


 上司である朱炎に助けを求める様に何度も水色の瞳が動くが、頬を紅く染めたままうっとりと魔王を見つめる朱炎は気付かない。

 敬愛する魔王に呼び出される理由も分からないまま、子供姿の魔王に半ば引き摺られていった同僚の姿に、室内の魔族達は好奇心と羨望の入り交じった視線を送ったのだが。


「――――なにぼさっとしているの! 仕事しなさい、仕事っ!」


 魔王の姿が見えなくなった途端、恋する乙女から仕事の鬼と変貌した朱炎に怒鳴りつけられ、魔王の後姿を見送っていた魔族達は慌てて仕事を再開したのであった。


* * * *


「そう固くなるな。お前がヘマをしたから呼び出した訳じゃない」

「は、はい」


 晴れ渡った夜空の色の城壁の上から広大な領土を見下ろしながら、魔王が宥める様に灰砂へと声をかける。

 途中、巡回途中の魔族の兵士達の敬礼を受けながら、二人は城壁の端まで足を進める。

 興味深そうにこちらへと視線を寄越して来る兵士達に軽く手を振って人払いを命ずると、心得た表情になった兵士達が二人の側から離れていった。


 足を止めた魔王の前に、灰砂が跪く。

 明るい水色の瞳と琥珀色の視線が同じ目線で交差した。


「昨日の事なんだが、お前の嫁さんにあったぞ。可愛い子じゃないか」

「ええっ!! サフィ、青蘭せいらんに会ったんですか!?」


 相手は魔王であるというのに、突然の告白に灰砂が飛び上がる。

 もしここに朱炎がいたら、即刻不敬罪で牢に叩き込まれたかもしれない。


「一応知らせとしては聞いてはいたが、直接青蘭嬢に会ったのは昨日が初めてだ。良い人を選んだな、灰砂」

「……はい」


 自分の言葉を噛み締める様に灰砂が頷く。

 城壁の上を吹き抜ける一陣の風が、暗灰色の髪と光を吸い込む様な黒髪を空へと巻き上げた。


「人間族の娘として培った全てを捨てて、お前と共に生きてくれる事を選んだ希有な女性だ。彼女を裏切る様な事をするなよ」

「勿論です……っ! そんな事は絶対にしません!!」

「いい返事だ。若人はこうじゃなくちゃな」


 にやりと笑った魔王は見かけだけなら二十歳後半の灰砂よりも若いので、その台詞にはなんとも違和感があった。


「――――だがな」

「陛下?」


 不穏な雰囲気を感じ取った灰砂が、おそるおそるといった様子で、僅かに自分の目線よりも高いうちにある魔王の顔を覗き込む。


 ――――覗き込んだ先の魔性の美貌は妖しく歪んで、嗤っていた。


「その可愛い嫁の危機に、なんっっでお前は気が付いとらんのだーーっ!!」

「わぁああっ!! お、お許しをっ、魔王陛下ーー!?」


 すっかりドスの利いた魔王の怒声と、訳が分からないまま謝罪する灰砂の悲鳴が、城壁の上にいる兵士達の耳にまで届いた。




「そ、そんな……! サフィ、青蘭がストーカー被害に遭ってるだなんて……!?」


 書状が自分の書類の山の中に紛れ込んでいたのは誤摩化して、昨日の出来事をかいつまんで話すと、灰砂は銀縁眼鏡の奥の明るい水色の瞳を大きく見張った。

 相手が魔王でなかったら胸ぐらを掴んで確かめてやりたいところだろうが、敬愛と思慕の対象である魔王にその様な暴挙を行える訳が無い。


「それもここ最近の話ではない。かなり前からのようだ」

「どうして教えてくれなかったんだ……」


 がっくりと肩を落として嘆く灰砂の明るい水色の双眸と目線を合わせ、魔王もまた床に片膝を付ける。


「お前に迷惑をかけたくなかったんだと。お前が忙しそうだから、邪魔なんかしてはいけないと必死に我慢していたらしい。本当のところ、お前にこうしてオレが伝えた事すら彼女は望んでいないだろうよ」

「陛下……」


 ぽんぽん、と抱きしめる様にして肩を叩く。

 今は小さな体をしているものの、魔族の父として母として等しく全ての魔族を愛おしんでくれる魔王に灰砂も震える手でしがみつく。


「――……彼女の様子が可笑しかった事には薄々勘付いていました。でも、彼女の優しさに甘えて、自分はその原因について話を聞こうとしなかったんです」

「――莫迦だなぁ、灰砂」

「……そうですね」


 泣き笑いの様に震える声を耳にして、魔王がゆったりと苦笑する。

 小さな手が風に揺れる暗灰色の髪を優しく梳いた。


「情けないですね。彼女が自分の手を取ってくれた時に守るって誓ったのに、全然守れてない。……今回だって、陛下に教えて頂かなければ気付かなかったでしょう」

「それはどうだろうなぁ。オレは、案外お前は早くに気付いたと思うが」


 統べる者としてではなく、魔族を庇護し愛する者として正直に答えると、くぐもった声が「そうでしょうか」と呟いた。


「応とも。何たって、お前はオレの自慢の子供達の一人だもの」

「よく、分かんないですよ……」


 腕の中で小さく笑う気配に、そっと抱きしめていた腕を解く。

 毅然とした輝きを宿した明るい水色の瞳が真っ直ぐに魔王の琥珀の両眼を見つめた。


「お知らせ頂き感謝します、陛下。つきましては、本日の仕事ですが……」

「ああ。今すぐにでも青蘭嬢の元に行ってやれ。彼女が本当に会いたいのはオレや藍玉ではなく、お前だろうよ」

「――――はい」


 深々と頭を下げた灰砂の暗灰色の髪が風に靡く。

 優しく魔王が微笑んで、踵を返した。来た時と同じ様に、後ろに灰砂を従えたまま城壁を歩く。


「朱炎にはオレから何とか言っとくよ。だから今日ばかりは安心しろ」

「それは助かります。朱炎様、怒ると物凄く怖いんですよ」


 心底ホッとした様な言い方に、くつくつと魔王が喉を鳴らす。


「ただし今回だけだからな。今度同じ様な事をしてみろ。――――お前の奥さん、誘惑するぞ」

「ええっ!? それだけは勘弁してくださいっ!!」


 思わずギョッとした灰砂を振り返って、魔王が妖艶に笑う。

 子供姿とはいえ、魔性の微笑みを向けられて思わずゾクリとしたものが背筋を走った。

 男とも女とも見分けられぬ中性的な美貌がやけに男らしくみえて、灰砂は生唾を飲み込む。


「出来ないと思うなよ? その気になれば男でも女でも落せるからな」

「本気で止めて下さい……」


 十年単位で行われる魔族内での「初恋の人ランキング」で男女問わず堂々の一位に輝き続けている魔王に本気で口説かれたらどんな相手だってころり、といってしまうだろう。

 簡単にその様子が想像出来たらしい灰砂が青くなったのを愉快そうに眺めていた魔王の顔が、不意に険しくなる。


「――藍玉か? どうしたんだ?」

『少々、お伝えしたい事が』

「……言ってみろ」

『実は……――』


 風と共に流れて来た固い声と二言三言会話を交わして、後ろで黙って控えていた灰砂の方を振り返える。

 険しい顔をしていた灰砂に小さく目配せすると、心得た様に暗灰色の髪に明るい水色の瞳の青年は魔王に向かって頷いてみせた。

ちなみに「母親に欲しい人・父親に欲しい人」ランキングでも同様に一位の魔王様。

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