勇者の去った魔王城
終わりから始まる物語、その通りです。
先程までの激しい死闘の跡が残る、魔王城深部。
普段であれば魔族の王が配下の者達と謁見に使うそこは、所々崩れ落ちた壁面の隙間からは日差しが差し込み、砕けた石造りの柱の欠片が乱雑に転がる、何とも哀れな空間になっていた。
壇上の真紅の垂れ幕が半分引き千切られた上に埃を纏った情けない姿を晒している中で、壇上中央の黒と金で飾られた玉座だけがその姿を傷付ける事無く、完全な形を残していた。
魔王は消え失せ、勇者が去った後の空間に幼い声が響き渡った。
「――――ふーー。勇者の奴、やっと帰りおったか」
まさに魔族の王に相応しい、他者を威圧する玉座の後ろから出て来たのは、小さな人影。
歳の頃はおそらく十歳程度の幼子。
体の至る箇所に埃を付けたまま、子供は大きな溜め息を吐きながら、半壊した謁見の間を見渡した。
「やれやれ。修繕とてただではないのだぞ、勇者の奴め」
ぱんぱん、と服を叩いて埃を落しながら、幼子が呟く。
その稚い容姿と相反した老成した眼差しで視線を巡らせる子供の姿を、去って行った勇者達が目撃したならば、おそらく悲鳴を上げたに違いない。
肩まである光を吸う様な黒髪に、金色がかった琥珀の双眸。
雪の様に真っ白な肌と鮮やかな朱唇。
指の爪先から髪の一筋に至るまで完璧な美の極致とも言えるその姿。
美しいけれど、男とも女とも判別出来ぬ、中性的な顔立ちの幼い子供。
その子供が、先程勇者一向によって退治された筈の魔王と同じ顔をしていたのだから。
より正確にいえば、勇者一向のせいで異形の姿となる前の魔王とではあるが。
魔王と瓜二つの美しい容姿の子供は、再度溜め息を吐くと、踵を高く打ち鳴らした。
すると、押し進められた時計の針を巻き戻す様に、室内に散らばる瓦礫の山がゆっくりと動き出す。
崩れ落ちた壁面の欠片は砕かれた箇所を塞がれ、砕けた柱は真っ直ぐに。
所々陥没した床面は元の滑らかな姿を取り戻し、引き千切られた垂れ幕は修繕される。
「……まあ、ざっとこんなものか」
立ち所に謁見の間を元の壮麗な空間へと戻した子供は、満足げに辺りを見回す。
そんな子供に、怜悧な声がかけられた。
「――――お戯れが過ぎます、我らが魔王陛下」
魔王、と呼ばれた子供がゆっくりと振り返る。
琥珀の視線の先にいるのは、先程勇者一行と共に去った筈の僧侶であった。