書類、書類、また書類
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右を向いても、書類。
左を向いても、書類。
背後を振り返ってみても、書類。
だからといって前を見据えても、書類を持った側近が立っているだけだった。
「もういやだーー!!」
勇者も去り、魔王のお披露目もすみ、今後の計画も練り終わった平和な午後の魔王城。
魔王城の「心臓」ともいえる魔王の執務室の中で、うんざりした声が上がった。
「もうやだ、もうやだ、書類仕事ばかりなんて、もう飽きたっ!!」
「口を動かさずに手を動かしてください、陛下」
「動かしとるわ、さっきから!」
がりがり、と紙を削る様な音を立てながら、羽根ペンが書類の上を滑る。
勇者がやってくるのに合わせて後回しにしていた仕事が、大量の書類の束となって魔王を取り囲んでいる現状、どんなにいやでも魔王は仕事をせねばならなかった。
「そもそも。そんなに仕事が嫌だったのでしたら、今までの勇者同様、異世界出身の勇者も返り討ちにすれば良かったではありませぬか。それを下手な情けなど掛けて、あんな小細工などをしでかすものだから後々忙しくなるのですよ」
「うるさいぞ、藍玉。オレを罵るか、仕事するかの、どっちかにしておけ」
ぎろり、と琥珀の双眸が藍玉を睨む。
子供の姿をしている割に中々迫力のある睨みにも、藍玉は動じる事無く、魔王の署名が済まされた書類の整理を素知らぬ顔でしていた。
「あー、つまらん。書類もこんなにあると流石に憂鬱だな。なんか面白い事は無いのか?」
「ついこの間まで、対・勇者用とか言って好き勝手していたくせに……」
ぶつぶつと藍玉が呟くが、済ました顔でスルーする。
何千年も生きていたら、時偶馬鹿をやりたくなる時が来るだろう。
魔王に取って、今回の勇者襲撃は滅多に無い娯楽であり、今までに無い程にハマった遊びでもあった。
「あーあ。勇者がまだいた頃は良かったなぁ……。勇者にバレない様にと色々と策を巡らせて、時々勇者をからかって。岩人形で怪物を作って勇者を襲撃させたりして」
間違っても勇者を殺さない様、絶妙の匙加減で岩人形を精製して。
あれほど刺激のある暇つぶしは今までにもあまり無かっただろう。
「勇者に同情したと仰っていた割には、彼を弄って遊んでいた様に聞こえますが?」
「同情もしてたから、倒されたフリをしてやったんだろ?」
ふう、と可愛らしい溜め息を吐いて、書類の山を琥珀の瞳で睨む。
中々減る様子を見せない書類の山の上から、一枚とって流し読む。
書かれていた内容に、魔王の柳眉がよった。
「おい、藍玉。これは間違いじゃないのか?」
「――は? おや、どうやらそのようですね。警察……緋晶宛のものですから、後で彼に渡しておくとしましょう」
武官である緋晶は軍事以外にも、治安維持の役割を担う警察機関の長でもある。
この書類の内容は、どちらかと言えば警吏向けであるため、その長である緋晶に渡すのが自然な成り行きであった。
「いや、待て」
「陛下?」
「折角オレの所に来た書類だ。ここはオレが何とかしてやるのが筋というもの」
――――ひらひら、と愉快そうに書類を揺らしながら魔王陛下は呟いた。