世界情勢
まあ、一気にパワーバランスが崩れた訳ですから。
「人間族の王が魔王討伐に成功したと公式に発表してからほぼ一両日が経ちますが、今の所、他種族の国家間に大きな動きはございません」
厳しい顔付きのまま、朱炎が滔々と述べる。それに魔王は小さく頷いて、続きを促した。
「どちらかと言うと、未だに半信半疑と言った具合ですかのぅ。人間族の王の言う事を本気で信じても良いのか、それともこれも魔族の嘘で、実は魔王は生きているのではないか……と疑って身動きの取れない者が大多数のようですて」
「ま。実際に我らが魔王陛下はこうして俺達の前にいる訳だしね〜」
真面目に蒼氷が続ければ、緋晶が嘯く。
「しかし、念のためにオレの剣は人間族の城に置いておいたのだが……。それでも、信じられんと?」
魔王討伐の最も信憑性のある証拠として、あの愛剣を白亜の城から回収せずに置いたのだが、随分と疑り深いものだ。
「いえ、現に最も我々を目の敵にしている木の精霊族などは、彼らの領土内で今にも魔族に対して戦端を開こうとする者ともう少し様子を見るべきだと主張する者で二分されているそうです。実際、開戦派の者達は陛下が滅ぼされた証拠として魔剣の存在を述べているようですし」
「その一方で、人間族の王が家来達にせっつかれても中々重い腰を上げない事も、魔王生存説に拍車をかけておりますわ」
「なるほど、ね」
藍玉と朱炎が口々に言い募ると、魔王はにんまりと口角を吊り上げた。
「ま。当分の間、対・木の精霊族用に警戒態勢を取っておくだけで充分だろ。あの保守派共は口論に百年かけられるほど、気の長い種族だからな」
「――御意。人間族は放っておいても良いのですか?」
「問題ない。いざ、向こうが戦端を開きかけたら、あの剣を取り戻せば良いからな」
そうなれば、あの白亜の城の住人達は混乱の渦に突き落とされる事となるだろう。
「木の精霊族対策はそれでいいとして、他の精霊族はどうします?」
「守銭奴共は放っておいて構わんじゃろ。何かあれば、奴らの住む火山に金塊でも撒けば、暫く吾らの事など忘れるじゃろうて」
「くくっ……。精霊族の中でも最強と言われる火の精霊族相手にそれはないでしょ、蒼氷のじい様。確かに光り物好きなあいつらには最適の手段だけどさ」
「薄情者の風の精霊族達は元より世俗に興味が無い。奴らの邪魔をしなければこちらに手を出して来ないだろうだろうよ」
「薄情者……。まあ、たしかに陛下の仰る通りですわね。土の精霊族達と水の精霊族は如何致します?」
「水と土の精霊族に至っては気にかけるに値しませんよ、朱炎。所詮、器用貧乏と自己中ですからね」
書類を捲りながら、藍玉が会話を締める。
そうして彼らは姿は幼子でも敬愛する王の方へと振り向いた。
「となると、やはり第一に気をつけるべきは木の精霊族だけだな。念のためだ、魔王が倒れたと積極的にオレ達の方から噂をばらまいてやれ」
「了解しましたー、陛下。それで奴らが疑心暗鬼に陥って、内部崩壊でもしてくれれば願ったり叶ったりだと思いません?」
軽い口調ながら、その内には鋭い毒と棘が潜んでいる。
普段から、魔族の事を『混ざり者』と呼んで蔑んでいる、木の精霊族相手に好感を持っている魔族を探すのは難しいだろう。
今執務内にいるメンバーの中でも、前線に立つ機会の多い緋晶はその傾向が顕著だ。
腕を振って、これ以上この話を続ける気はないと行動で示す。
彼らが口を噤んだ後、魔王は囁く様な声で呟いた。
「――オレがこんな姿になった事で面倒をかけると思うが、これからもよろしく頼むよ」
静かになった執務室内に、魔王の声が思いの外響き、誰かが息の飲む。
慈愛と感謝の込められた幼い響きの声に、魔王配下の魔族達はその場で跪いて彼らの王に向けて一礼したのであった。
木の精霊族=保守派
火の精霊族=守銭奴
風の精霊族=薄情者
土の精霊族=器用貧乏
水の精霊族=自己中
――――身も蓋も無い種族的特徴でした。