魔王暗躍・2
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室内を突風でも吹き抜けた様に、部屋の中を照らしていた明かりが掻き消える。
真っ暗になった室内で、国王は座していた椅子より立ち上がり、従者を呼ぼうと口を開けた。
――――しかし。
「――おっと。人を呼ばれては困るな」
一陣の風が頬を掠めたかと思うと、次の瞬間には床へと叩き付けられていた。
――いや。
不意に現れた何者かに寄って足払いをかけられ、胸元を強く押された事で床へと押し付けられたのだ。
「なっ、何者だ! 余を国王と知っての狼藉か!?」
「――そりゃそうだとも。会いたかったぜ、人間族の国王」
くすくす、と自分を床へと押し付ける何者かが、笑う。
笑みを含んだ、幼さの残る声。どこかで――――聞いた事が無かったか。
室内は暗闇に寄って包まれ、自分に狼藉を働く輩の顔を見る事すら敵わぬ状況の中、国王は必死に頭を回転させる。
その瞬間、闇の中でとろりとした輝きを宿す極上の琥珀が瞬いた事に気付いて、愕然とした。
「きっ、貴様!! 貴様はよもや、魔王…………!?」
「応とも。なんていうんだっけ、こういう時。地獄の底からやって来たぜ? と言ったとこかね」
くっくっく、と喉が鳴る音に、国王の血の気が引いていく。
「馬鹿な! 貴様は勇者の手に寄って討ち滅ぼされたのではなかったのか!?」
「おっと、あまり大きな声を出すんじゃない。オレが生きていると知られて困るのは……どっちだ?」
ぐっ、と喉を冷たい手で圧迫され、声を抑えつけられる。
国王が静かになったのを確認して後、死んだ筈の魔王は再び口を開いた。
「そう、オレが死んだと発表したにもかかわらず、オレに生きていられたら困るのは他でもない、お前達だよな? だったら大人しくしておけ。オレはお前を殺しに来た訳じゃないからな」
勇者が去った今となっては、魔王を討ち滅ぼしたと宣言した己の国が各国から非難され、国としての信頼を失う事は間違いない。
俄に、喉のかかる圧力が弱まり、国王は咳き込んだ。
「オレの要求は只一つ。――――オレの大事な子供達に手を出すな。ただそれだけだ」
「子供……魔族共の事か」
「大方、オレがいなくなったという事でオレの国に手を出そうとか考えていたみたいだからな。釘を刺しに来た」
国王の目が段々闇に慣れて来た事で、視界が明瞭になっていく。
至近距離で輝く琥珀の瞳は、獣の様に爛々と輝いて国王を見据えていた。
「それさえ守ってくれれば、オレも何もしない。魔王が倒れたと広めたいのならば、広めればいい。倒された様なフリをしたのは確かだからな」
「つま、り。今回の異世界出身の勇者の功績は勇者の自作自演であったのか?」
「違うって。オレがあの可哀想な坊やに倒されてやっただけだよ」
この世界より去った勇者の姿を思い起こし、国王が低く呻くと、魔王は呆れた様な声を出した。
「魔王」
「なんだ?」
「……貴様、その姿はなんとした」
「あ。バレた?」
闇に慣れた国王の両目が映したのは、確かに魔王の特徴である光を吸う様な黒髪に宝石の様な琥珀色の双眸であったが、かつて数度目にした魔王の姿と違っていた。
腰まであった、光を吸い込む様な黒髪は肩までの長さに。
鋭さを帯びた琥珀色の双眸は、色は変わらぬものの丸さを帯び。
男とも女とも分からぬ魔性の美貌に浮かぶのは、美しさよりも可愛らしさの方が強い。
「働き過ぎた副作用って、とこかね? 勇者のやった事も、あながち無駄ではなかったってことさ」
――――魔王は弱体化している。
その事実が国王の脳裏を駆け巡る。
そうして国王が思ったのは、この状態の魔王ならば、もしかしたら自分の手で止めをさせるのではないのか――というある種の甘美なる誘惑。
そろり、と国王の手が隠し持っている懐剣へと伸びる――前に、小さな手に掴まれた。
「おっと。命が惜しかったら余計な真似をするんじゃない。オレが素手で人間の喉位潰せるのは知っているだろう……?」
「ぐっ!!」
ぎりぎり、と小さな手に似つかぬ怪力で手首を締め付けられ、国王が痛みに唸る。
以前、魔族の女性相手に乱暴を働こうとして腕をねじ切られた人間族の兵士の姿が脳裏を横切る。
「……そう、いい子だ。大人しくしてろよ、人の国王」
低い笑声に、背筋に戦慄が走る。
生まれながらに四種族の一つ・人間族の王として守られて来た国王には縁遠かった、死への恐怖が国王を襲う。
目の前の、子供の姿となった美しい怪物は自分を簡単に殺す事が出来るのだ。
――――畏れずには、いられなかった。
「余を……殺すつもりか?」
「は? んな、面倒な事を誰がするかよ。お前が戦勝式の翌日に殺されてみろ。とばっちりがオレの大事な子供達に行くにだろうが」
国王の震えた声の問いに、馬鹿馬鹿しいと肩をすくめると魔王は身じろいだ。
「――――警告はしたからな。余計な真似を済んじゃねーぞ」
最後に低く、低く宣言すると、国王の上にかかっていた魔王の重みが無くなる。
圧迫感から解放された国王が部屋を見渡した時には、小さな魔王の姿は消え失せていた。