『婚約破棄された瞬間、全員の本音が吹き出した件』
この話は、
声を荒げなかった人の話です。
言い返さなかった。
泣かなかった。
論破もしなかった。
ただ、
その場に立って、
「分かってしまった」人の話です。
もし、
言い返せなかった経験があるなら。
そのあとで、
「本当はあれでよかったのかもしれない」と
少しでも思ったことがあるなら。
肩の力を抜いて、
読んでもらえたら嬉しいです。
婚約破棄は、静かに行われるはずだった。
少なくとも、王子の頭の中では。
「君との婚約を、ここで破棄する」
大広間に、よく通る声が響いた。
天井は高く、音がきれいに反響する。
この場所を選んだ理由が、なんとなく分かる。
――目立つから。
私は、その場に立ったまま、何も言わなかった。
泣きもしなければ、怒りもしない。
もう、その段階は過ぎていた。
「理由は明白だ。君は、可愛げがない」
ざわ、と周囲が揺れる。
ああ。
やっぱり、それか。
何度も聞いた言葉だ。
“正論ばかり言う”
“一緒にいて疲れる”
“支える気がない”
どれも、言われるたびに少しずつ心を削ってくる。
でも今日は、不思議と刺さらなかった。
その瞬間だった。
視界の端で、何かが揺れた。
王子の頭の上に、文字が浮かんだ。
(これで拍手が来るはず)
(よし、ちゃんと決め台詞言えた)
(ああ、これでやっと解放される)
……え?
思わず、瞬きをした。
幻覚?
緊張しすぎたせい?
でも、消えない。
王子は、堂々とした顔で演説を続けている。
「王族の伴侶として、君は相応しくない!」
その頭の上。
(怖かったんだよな、この人)
(間違ってるって言われるの)
(俺、否定されるの苦手だし)
……あ。
分かってしまった。
これは、
“本音”だ。
次の瞬間、周囲にも次々と文字が浮かび始めた。
取り巻きの貴族たち。
(拍手するタイミングいつ?)
(空気読まないと後で怒られるやつ)
(長いな……早く終わらないかな)
ざわめきの正体は、
困惑だったらしい。
新しく王子の隣に立つ令嬢。
選ばれた“次の婚約者”。
彼女の頭の上には、
(私、今ここで何してるんだろ)
(ドレス踏まれそうで怖い)
(これ、私の勝ちでいいの?)
……ひどい。
私は、思わず笑いそうになった。
笑えないのに。
王子は気づいていない。
誰も、声には出していないから。
「君はいつも、私を否定した!」
(正論言われるの、ほんと無理)
(俺は間違ってないって言ってほしかっただけ)
……なるほど。
そういうことか。
胸の奥で、何かが静かに落ちた。
怒りではない。
諦めでもない。
ただ、理解だ。
私は、この人を
“対等な相手”だと思っていた。
でも違った。
この人は、
自分を肯定してくれる存在しか
隣に置けない人だった。
周囲の本音が、次々と浮かび上がる。
(王子、思ったより小さいな)
(こんな人だったっけ)
(今まで、雰囲気に流されてただけかも)
空気が、壊れていく。
王子の計算した「感動的な破棄劇」は、
誰の心にも届いていない。
私は、何も言わなかった。
反論しない。
弁明しない。
感情をぶつけない。
ただ、黙って立っている。
それが、一番効いたらしい。
王子の本音。
(あれ? 泣かない?)
(怒らない?)
(俺、悪者になってない?)
焦りが、滲み出る。
取り巻きの一人が、咳払いをした。
(これ、思ってた展開と違う……)
新しい令嬢が、一歩後ずさる。
(私も、これ見られてる……?)
誰もが、
“正しい振る舞い”を忘れていた。
王子が声を荒げる。
「……もういい!
この話は終わりだ!」
(早く終わらせたい)
(これ以上恥をかきたくない)
その瞬間、
文字が、消えた。
まるで、
何もなかったかのように。
ざわめきだけが残る。
私は、一礼した。
それだけで十分だった。
部屋を出るとき、
背中に視線を感じた。
でも、振り返らなかった。
もう、確認する必要はない。
数日後、噂を聞いた。
王子の評価が、急に落ちたらしい。
理由は、誰もはっきり言えない。
ただ、皆、同じことを言う。
「……なんか、冷めた」
私は、自分の部屋で紅茶を飲む。
あの日見たものは、
一瞬だった。
でも、一度見てしまえば、
もう戻れない。
あの人たちの言葉を、
信じなくていい。
建前も、
優しさも、
正しさも。
本音を知ってしまったあとでは。
私は、ようやく自由になった。
怒らなくてもいい。
戦わなくてもいい。
勝ち誇らなくてもいい。
ただ、
“分かってしまった”だけで、
人は前に進める。
それだけの話だ。
ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございます。
この物語は、
「言い返せなかった自分」を
肯定するために書きました。
強い言葉を使えなかった日。
正しい反論が思いつかなかった瞬間。
その場では負けた気がしたけれど、
あとから思えば、
あれ以上やる必要はなかったかもしれない。
そんな経験が、
誰にでもあると思います。
この主人公は、
何も勝ち取っていません。
でも、
“信じなくていいもの”から
自由になりました。
それだけで、
十分な前進だと、
私は思っています。
感想などいただけたら、
とても励みになります。
最後まで、ありがとうございました。
よろしければ作者ページより他の作品もご覧いただければと思います。




