令嬢のはじめての夜の街
夜だというのに、市場は活気と喧騒に満ちていた。
焼き立てのパンの香り、魚を焼く煙、商人たちの威勢の良い呼び声がセシリアの耳を打つ。
貴族の屋敷で育った彼女にとって、こうした庶民の喧騒は新鮮で、少し眩しかった。
「ねえ、今日のおすすめはどれ?」
「ライ麦のバゲットが焼きたてだよ。」
「へえ、じゃあ、それにしようかな。」
レノーラは慣れた手つきで屋台を巡り、焼き立てのライ麦パン、干し肉、チーズの塊を買い込んで、宿へと戻った。
「ほら、お嬢様。貴族の食事じゃないけど、これで十分よ」
レノーラがパンと骨付き肉を差し出す。
「ねえ、お皿はないの?ナイフとフォークは?」
「そんなものあるはずないでしょ?貴族の食事しか受け入れられなかったら、お嬢様、あんた飢え死にするわよ。」
レノーラは当たり前のように、骨付き肉にかぶりついていた。
セシリアは一瞬躊躇したが、お腹の虫が我慢を許さなかった。
パンをかじると、素朴だが温かい味が口に広がり、彼女はほっと息をついた。
食事を終えたセシリアは、レノーラに言った。
「ねえ、レノーラ。祖母のことをもっと知りたいの。冒険者ギルドに連れて行って!」
彼女の声には、決意と好奇心が混ざっていた。
レノーラは片眉を上げ、ニヤリと笑った。
「へえ、お嬢様、なかなか行動的ね。いいわ、行きましょう。ルート、準備はいい?」
ルートは「ワガハイは常に準備万端じゃ!さあ、行くぞ!」と得意げに答えた。
冒険者ギルドは、街の中心から少し離れた石造りの建物だった。内部は喧騒に満ち、革鎧を着た冒険者たちが依頼の掲示板を囲み、笑い声や剣を研ぐ音が響き合う。
セシリアは初めて足を踏み入れるその場所に圧倒されながらも、レノーラの後ろを歩いた。
「この家の関係者なんだけど、通して貰える?」
レノーラが家紋入りのブローチを見せると、ギルドマスターの部屋へと案内されることになった。
「ちょっと!それ、私のブローチじゃない!」
セシリアは抗議の声を上げた。
「冷静に考えなさい。普通、そんな小汚い恰好の小娘が伯爵令嬢だと思う?」
もう一度自分の恰好を見ると、灰色の冴えないワンピース。
「身分証はこういう時こそ大事に使うものよ。」
レノーラは諭すようにウインクした。
ギルドの受付嬢が、ギルドマスターの部屋をノックする。いつもは軽口を叩いているレノーラが無言で背筋を正している。
今から会うのは、ギルドを束ねるギルドマスター。腕自慢の荒くれものが集う冒険者ギルドで、トップに君臨する人なのだ。
――どんな恐ろしい人なのかしら。
セシリアは受付嬢とレノーラの影で、震えていた。




