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旅立つために必要なこと

セシリアの選択は「ダックス辺境伯領まで行く、護衛を依頼する。」だった。その依頼に、レノーラは一瞬動きを止め、赤い瞳を細めてセシリアを見据えた。


「へえ、貴族のお嬢様がずいぶん大胆な選択ね。でも、ちょっと待ちなさい。」

彼女はリュートを膝に置き直し、軽く弦を弾いて不協和音を響かせた。


「私の任務は、メリダ様の依頼であなたを今夜の危険から守ること。それで終わりよ。何で私が、魔物だらけの辺境まで付き合う必要があるの?他の護衛なら、冒険者ギルドにいくらでもいるわ。護衛なんて、それこそ騎士にでも頼んだら?」

「え…?」


てっきり承諾してくれるものだと思っていたから、セシリアは呆気にとられた。伯爵令嬢として不自由なく暮らしてきたセシリアにとって、平民から頼みを断られる経験なんて無かったのだ。


「さあ、説得してみなさい。納得できなきゃ、契約はお断りよ」

セシリアの心臓が跳ね上がった。レノーラの声は鋭い。きっと試しているのだ。

ルートが

「フム、ワガハイの相棒はなかなか厳しいぞ、小娘。さて、どうする?」

と偉そうにどちらの味方なのか分からないことを呟く。楽器だから顔はないが、顔があったらきっと、意地の悪い笑顔でニヤついていただろう。セシリアはそれを無視し、頭をフル回転させた。


レノーラを納得させるには、彼女の心を動かす理由が必要だ。セシリアは祖母の手紙を握りしめ、深く息を吸った。


「レノーラ、あなたは祖母の契約を受けた吟遊詩人よね。敵を眠らせ、私をあの屋敷から救い出してくれた。あの時、侯爵家に刃を向けていたら、不敬で家ごとなくなっていたかもしれない。剣だけではクレイモア家を守れないわ。だから、私にとってあなたの歌は騎士の剣よりも強いの。」


セシリアの声は震えていたが、徐々に力を帯びた。

「ダックス辺境伯領は魔物の巣窟と聞いているわ。でも、同じくらい人からの恨みが怖い。敵は侯爵家よ。剣や魔法の護衛だけでは足りないわ。あなたの歌は、戦わずして敵を無力化できる。追手や魔物から私を守れるのは、あなたしかいないの!」


レノーラは片眉を上げ、興味深そうにセシリアを見た。

「ふん、なかなか口が回るじゃない。でも、それだけ?私は忙しい身なのよ。お嬢様の命を預かるには、もっと理由が必要ね」

彼女の赤い瞳が、セシリアの決意を試すように光った。


セシリアは一瞬、言葉に詰まったが、祖母の言葉を思い出した。

「貴族たるもの、自分で判断し、責任を持つ」

彼女は目を閉じ、胸に手を当て、自身のプライドと覚悟を呼び起こした。


「レノーラ、あなたは祖母の信頼を受けた人よ。メリダお祖母様があなたを選んだのは、ただの吟遊詩人だからじゃない。あなたが、どんな危険な旅でもやり遂げられる力と心を持っているからだわ。私には、あなたの力が必要なの。そして…」

セシリアは一瞬ためらい、声を低くした。


「私は、祖母の試練を乗り越えたい。あなたなら、私がその道を歩むのを助けてくれると信じているわ」

静寂が落ち、レノーラはしばらくセシリアをじっと見つめた。


ルートが

「ホホウ、小娘、なかなかやるじゃないか。ワガハイも感心したぞ。」

と呟くが、レノーラは手を上げてそれを制した。


そして、レノーラの口元にニヤリとした笑みが広がった。

「へえ、泣き虫のお嬢様にしては、なかなか潔い選択ね。いいわ、契約成立。報酬は…まあ、道中で決めましょう。」

彼女はリュートを手に立ち上がり、懺悔室の扉を開けた。


セシリアは胸を撫で下ろし、涙を拭った。レノーラの背中を見つめながら、彼女は小さな達成感を感じていた。祖母の試練に応える第一歩を、彼女は確かに踏み出したのだ。


そして、レノーラはセシリアに手を出すように指示した。

「ほら、あなたのイヤリング、返すわよ。」

手のひらに乗せられたのは、銀の薔薇にサファイアをあしらった一対のイヤリング。片方無くしたとばかリ思っていたものだった。


「今付けているイヤリングはね、身に着けた人に歌を無効にする代物なのよ。依頼人まで眠らせるわけにはいかないからね。元のヤツはちょっと借りてたわよ。」

イヤリングを無くしたこと。それもレノーラの作戦のうちだったのだ。

「そのイヤリング、もう少しだけ貸してあげるわ。一応依頼人だからね。」

レノーラは笑って、セシリアの耳を飾る青いイヤリングを指さした。


「さあ、さっさと準備しなさい。この教会に長居は無用よ!」

彼女はリュートを手に立ち上がり、懺悔室の扉を開けた。


「辺境伯領は遠いが、なかなか面白い場所だぞ!」

ルートが得意げに言ったが、セシリアはまだその軽口に慣れていなかった。


彼女は手紙を胸に押し当て、祖母の言葉を反芻した。「自分で判断し、自分で責任を持つ」。その言葉が、セシリアの心に小さな火を灯した。


馬車が再び動き出したとき、セシリアは窓の外を見つめた。夜の闇に沈む街並みは、かつての華やかな生活とは別世界のようだった。


婚約者トマス、侯爵令嬢ライザ、そしてお父様。あの悪夢のような出来事の全てを振り払うように、セシリアはダックス辺境伯の領地を目指す決意を固めた。


レノーラの歌声だけが馬車の中で静かに響いていた。


セシリアは知らなかった。この選択が、彼女の運命を大きく変える第一歩となることを。

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