三つの選択肢
セシリアは懺悔室の薄暗い空間で、祖母メリダの手紙を握りしめていた。
涙が頬を伝い、青いドレスの裾に涙の染みを作っていた。
レノーラはそんなセシリアを一瞥し、軽くため息をつくと、リュートを膝に置いて弦を爪弾いた。澄んだ音が狭い部屋に響き、セシリアの心を少しだけ落ち着かせた。
「泣くのはいいけど、早く決めなさいよ。手紙に書かれた選択肢、どれにする?」
レノーラの声はそっけなく、どこか挑発的だった。彼女の赤い瞳がセシリアをじっと見つめる。
傍らで、リュートに宿る精霊ルートが
「フム、泣く暇があるなら行動せんか、若人よ」
と偉そうに呟いたが、楽器の幽霊なんて怖いのでセシリアは無視した。
手紙には三つの選択肢が記されていた。
クレイモア邸に帰る
冒険者ギルドに新米冒険者として登録して自力で生きる
そしてダックス辺境伯の領地まで逃げる。
セシリアの頭は混乱していたが、祖母の言葉が胸に突き刺さる。
「貴族たるもの、自分で判断し、自分で責任を持って行動できるものでなければなりません」。
その言葉が、セシリアのプライドを刺激した。
「クレイモア邸には…帰れない」
セシリアは呟いた。
声は震えていたが、ただのか弱い令嬢から、少し変わっていた。まだか細いが決意が込められて、声に芯が通った。
パーティーでの出来事が脳裏をよぎる。不自然にソワソワした父、馬鹿にするようにあざ笑うトマスとライザ、剣を向ける警備兵たち。父は明らかにトマスとライザの側の人間だった。あの場でセシリアを守ろうとしたのは、父ではなく、見ず知らずの吟遊詩人レノーラだったのだ。
「どうして…父まであんな風に?」
セシリアはレノーラに目を向けた。
レノーラは肩をすくめ、
「さあね。貴族の親子関係なんて、権力と打算の塊でしょう?お父上が何を企んでるかは知らないけど、あの屋敷に帰ったら、間違いなく命はないわよ」
と冷たく答えた。
ルートが
「ワガハイも同意見じゃ。人間の欲は見苦しいものよ」
と付け加え、セシリアは涙を抑えようと唇を噛んだ。
父の裏切りを理解するには、時間が足りなかった。だが、セシリアは感じていた。
クレイモア邸はもはや安全な場所ではない。
祖母が手紙で示した選択肢の中で、ダックス辺境伯の領地まで逃げるという選択が、なぜか最も心に響いた。
遠く、辺境の地。知らない土地だが、祖母がその選択肢を記したのには理由があるはずだ。セシリアは目を閉じ、深呼吸した。
「レノーラ、私をダックス辺境伯の領地まで連れて行ってほしい。護衛として、正式に依頼するわ。」
セシリアは涙を拭い、背筋を伸ばした。プライド高きクレイモア伯爵令嬢の顔がそこにあった。