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祖母の霊からの手紙

今、セシリアはレノーラの用意した馬車に乗っている。誘拐の可能性もあるが、どうしたものだろうか。てっきり家まで帰してくれるものかと思っていたが、馬車は自宅を通り過ぎてしまったのだった。


「ずいぶんと辛気臭い顔をしておるな。若人よ。景気づけに、ワガハイが一曲歌ってやろうか?」

無言の馬車の中。いきなり老紳士の声が響き、セシリアは目を丸くした。

――馬車の中は私とレノーラ2人だけなのに。


「ちょっと爺さん、お嬢様がビックリしてるわよ。少しは空気を読んだらどう?」

レノーラが楽器のリュートをたしなめていた。


「とりあえず紹介するわね。これは私の相棒、ルート。」

楽器じゃなくて人間を紹介するような口調で、セシリアにリュートを向けた。


「レノーラ、貴様!ワガハイはルートヴィッヒ5世だと何度も言っておるだろう!守護聖人に対して不敬もいいところじゃぞ!少しは礼儀というものを学ばんか!」

「はいはい。もう何度も聞いたわよ。」

紹介されたリュートは老人の声で怒っているし、レノーラは軽く受け流している。何度もと言っているくらいだから、これがレノーラたちの日常なのだろうとセシリアにも分かった。


しかし、あまりに常識からかけ離れた光景だ。理解が追いつかず、セシリアの頭の中はパニックになっていた。

――婚約破棄に、変な吟遊詩人に、今度は楽器のお化け!?何なのよ、もう!


そうこうするうちに、馬車が停まった。着いたのは、街はずれの教会だった。


「クレイモア家のお嬢さんですね。こんばんは。貴女にも神の恵みがありますように。」

馬車から降りると、神父が「事情は知っている」という風に微笑みながら話しかけてきた。


それは、先日の祖母メリダの葬儀前日、幽霊騒ぎの時に自宅へとやってきた神父だった。

その顔を見るなり、セシリアはあの日の事を思い出した。


――死んだはずのお祖母様が棺からいきなり起き上がって、私の頬を撫でて…。

「セシリア、貴女は部屋に戻っていなさい!」

母にたしなめられるまで、セシリアは恐怖で動けなかったことを思い出す。

死んだ祖母に撫でられた。あの冷たい指の感触は、忘れようとしても忘れられるものではなかった。


「パウロ、そういう訳だから、部屋借りるわよ。」

レノーラの声で、セシリアは我に返った。レノーラは挨拶もそこそこに、ずんずんと廊下を進んでいく。

通されたのは、懺悔室。


「私、何もしてないのに懺悔だなんて!」

「あら、悪くないわよ。ここなら人目も気にしなくていいんだから。」

レノーラが意地悪そうに笑った。


そこで話されたのは、衝撃の事実だった。

祖母メリダの葬儀前日にあった幽霊騒ぎ、それを沈めたのが今目の前に居る吟遊詩人、霊能のレノーラなのだという。神父のパウロが派遣した、幽霊退治に関しては腕利きの吟遊詩人だそうだ。


そこで、こっそり祖母の霊と契約が交わされたという。

「化けて出た理由が、孫を守りたいからって言うのよ。契約しなけりゃ葬式までメチャクチャにしそうな勢いだったわよ。」

レノーラ曰く、渋々幽霊と2人きりで契約書を作ったのだという。

「幽霊との契約なんて、ホントやってられないわよ。契約書なら一応あるわよ。口述筆記したやつだけど。」


祖母の筆跡ではない、誰かの文字。だが、クレイモア家に伝わる暗号が記されていて、信憑性もある。そして何より、教会から正式に遺言契約として認められ、文書には教会の印が捺印されている。今夜、吟遊詩人のレノーラが警護をする旨の契約書だった。

契約書には、手紙がついていた。


「親愛なる孫、セシリアへ


これを読んでいる頃、私はこの世には居ないでしょう。だって私は今幽霊なのだから。

これを読んでいるということは、貴女は婚約破棄され、事件に巻き込まれて帰れない状況でしょう。ですが、まだ生きているはずです。だから、私よりはずっといい条件ですよ。

さて、本題です。私は貴女が断罪、暗殺される計画があることを知り、貴女が生きて屋敷から出られるように護衛を付けました。ですが、私が依頼したのは今夜の事だけです。


それ以降のことは自分でしなさい。

誰に依頼するのか、どこへ逃げるのが安全なのか。

貴族たるもの、自分で判断し、自分で責任を持って行動できるものでなければなりません。

そのくらいのことができなければ、領民を預かる資格がありませんよ。

貴女の頭があればできるはずです。

では、貴女の健闘を心よりお祈りいたします。


    前クレイモア伯爵夫人 メリダ」


筆跡こそ違うけれど、いかにもお祖母様が言いそうな言葉が並んでいた。

厳しいけれど、優しい人だったのだ。


それまで毅然としていたセシリアの目から、涙がこぼれた。

――お祖母様が見たら、人前で泣くなんて、はしたないとか何とか叱りそうだな。

セシリアはそんなことを考えながら、泣きじゃくっていた。

「あら、続きは読まなくていいのかしら?」

レノーラは続きを読むように促した。

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