クレイモア伯爵家に帰る日
ダックス辺境伯の城を出発してから3カ月。
セシリア・フォン・クレイモアはクレイモア領の懐かしい風景を馬車の窓から眺めていた。
金色の麦畑と異なり、クレイモア領は荒れ気味の畑と、疲弊した領民の姿が目についた。
祖父の死後、父の経営不手際で領地は衰退し、かつての輝きを失っていた。
それでも、セシリアの胸には新たな決意が宿っていた。
彼女は祖母メリダの試練を乗り越え、ダックス辺境伯との婚約を通じて、クレイモア家の名を取り戻すための第一歩を踏み出していた。
馬車がクレイモア伯爵家の屋敷に到着すると、セシリアは深呼吸して降り立った。
青いドレスは、辺境伯領で過ごした3カ月で少し色褪せていたが、彼女の瞳にはかつてない力強さが宿っていた。
屋敷の門では、兄ジョアンの18歳の誕生日を祝うパーティーの準備が進められていた。
ジョアンは普段、貴族学院の寮にいるが、成年を迎えるこの日は特別だった。
領民や近隣の貴族が集まり、屋敷は久しぶりに活気づいていた。
母もこの時ばかりは張り切って準備しているだろう。兄ジョアンは母のお気に入りだから。
セシリアは屋敷に入る前に、懐から一通の手紙を取り出した。
それは、レノーラからの手紙。
ダックス辺境伯を通じてレノーラに送った依頼状の返事だった。
「お嬢様、面白い依頼ね。婚約破棄の解決編、歌で盛り上げてあげるわよ!」
と書かれたレノーラの筆跡に、セシリアは小さく微笑んだ。
あの毒舌な吟遊詩人との再会が、やっと果たせるのだ。
パーティー会場となる大広間は、華やかな装飾で飾られていたが、どこかぎこちない雰囲気が漂っていた。
領地の衰退は貴族たちの噂にも上り、クレイモア家の名声は地に落ちていた。
セシリアが広間に足を踏み入れると、ざわめきが一瞬止まり、視線が彼女に集まった。
かつての「世間知らずの令嬢」とは別人のように、彼女の立ち居振る舞いには落ち着きと威厳があった。
逃避行での大冒険と、その後の3カ月の試練が、彼女を一気に大人びさせていた。
「セシリア!」
聞き覚えのある声が響き、セシリアが振り返ると、赤いドレスの吟遊詩人がリュートを肩に担いで立っていた。レノーラだった。
彼女の赤い瞳は相変わらず鋭く、しかしどこか温かみがあった。
「お嬢様、ずいぶん大人っぽくなったじゃない。3カ月で別人ね。」
レノーラがニヤリと笑う。
ルートが
「フム、ワガハイもこの小娘の成長には感心するぞ!」
と偉そうに呟いたが、セシリアはルートにも微笑んで応えた。
「レノーラ、ルート、来てくれてありがとう。あなたたちがいれば、今日の計画は完璧よ!」
レノーラはセシリアの依頼を受け、吟遊詩人としてパーティーで歌を披露することになっていた。
だが、その歌は単なる余興ではない。
セシリアはレノーラに、トマスとライザの婚約破棄事件の真相を暴き、断罪するための物語を歌にしてほしいと頼んでいた。
「絶対に、婚約破棄の解決編ね」
とレノーラは笑いながら請け負い、意気揚々と準備を進めていた。
セシリアは彼女の軽やかな態度に、どこか安心感を覚えた。
パーティーが始まり、ジョアンが広間に姿を現した。
18歳になった兄は、貴族学院での鍛錬の成果か、背が高く、知的な雰囲気を漂わせていた。
セシリアは兄と視線を交わし、軽く頷いた。
ジョアンは、セシリアが辺境伯領で過ごした3カ月のことを、ダックス辺境伯からの手紙で知っていた。
彼はセシリアに近づき、小声で囁いた。
「セシリア、よく帰ってきた。今日、すべてを終わらせよう。」
その言葉に、セシリアは力強く頷いた。
兄の誕生日パーティーは、ただの祝賀ではない。
クレイモア家の名を取り戻すための、決戦の場だった。




