最後の試練
ここまで穏やかに婚約の相談をしていた辺境伯が突然、声を低くした。
「だが、セシリア。貴族として、君に問いたい。」
彼の緑の瞳が、鋭く彼女を貫いた。
「実家のクレイモア伯爵家が衰退している中、なぜ君の父クレイモア伯爵は、娘である君を殺す手助けをしたと思う?」
その問いに、セシリアの心臓が跳ね上がった。あの時の恐怖が蘇る。
広間に静寂が落ち、レノーラからも笑顔が消えた。
ルートが
「フム、これは試練じゃな…」
と呟く声が、遠くに聞こえた。
辺境伯の気迫は、貴族としての重みを帯びていた。この答え次第で、婚約が成立するか否かが決まる。
セシリアはそれを肌で感じ、祖母の試練の真意を理解した。彼女は、自分で考え、自分で答えを導き出さなければならない。
セシリアは深呼吸し、頭をフル回転させた。
トマスとライザが結託して、セシリアの断罪をし、さらには暗殺未遂までした、あの日のこと。
あの日、父は明らかに不自然にソワソワしていた。
そして、見過ごせない、クレイモア家の衰退。
すべてのピースが、彼女の頭の中で繋がり始めた。
「父は…クレイモア家の名を守るため、打算で動いたのだと思います。」
彼女の声は静かだったが、確信に満ちていた。
「祖父が亡くなって以来、クレイモア家は財政難に陥っていました。父は、トマスとライザの背後にいるマックバート侯爵家との繋がりを強化することで、家の再興を狙ったのでしょう。私を犠牲にしても、マックバート家の力を借りられれば、領地の立て直しが可能だと考えたのでしょう。」
セシリアは言葉を続け、声に力を込めた。
「でも、それは間違っているわ。貴族の誇りは、領民を守り、領地を繁栄させることにある。父は目先の利益に囚われ、娘を裏切った。クレイモア家の名を汚したのは、父自身です。」
彼女の青い瞳は、辺境伯をまっすぐに見据えていた。
そこには、15歳の少女とは思えない気迫があった。
辺境伯はしばらく沈黙し、セシリアを見つめた。
やがて、彼の口元にゆっくりと笑みが広がった。
「素晴らしい答えだ、セシリア。君はメリダ様の孫にふさわしい。貴族の責務を理解している。」
彼は立ち上がり、セシリアに手を差し出した。
「マリウスとの婚約を、正式に申し込む。君の答えを聞きたい。」
セシリアは一瞬、ためらった。
トマスの裏切りが、胸の奥で疼いた。だが、彼女は祖母の試練を乗り越えるため、そしてクレイモア家の名を再び輝かせるために、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「…お受けします。」
彼女は静かに、しかし力強く答えた。
「ただし、条件があります。マリウス様と私が対等なパートナーとして、辺境伯領とクレイモア家の未来を共に築くこと。私の家を再興するために、辺境伯、力を貸していただけますか?」
辺境伯は目を細め、満足げに頷いた。
「その条件、受け入れよう。君はすでに、立派な貴族だ。」
彼の声には、敬意と期待が込められていた。
レノーラが広間の隅で小さく拍手し、
「やるじゃない、お嬢様」
と囁いた。
ルートが
「フム、ワガハイも認めるぞ。この小娘、なかなかやるな!」
と偉そうに言ったが、セシリアは初めてその言葉に微笑んだ。
広間の窓から差し込む夕陽が、セシリアの青いドレスを照らした。
彼女は祖母の試練を一つ乗り越え、新たな道を踏み出した。
この婚約が、彼女の運命をどう変えるのか。辺境伯領での新しい生活が、どんな試練を彼女にもたらすのか。
今のセシリアには、まだ分からない。
けれど、セシリアは胸を張り、未来を見据えた。
祖母の遺志を継ぎ、クレイモア家の名を取り戻すために。