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辺境伯からの「歓迎」

「ここだ。辺境伯様がお待ちだ」

ここは、辺境伯領の城の最奥。

ガレンが重厚な木製の扉の前で立ち止まり、セシリアに振り返った。彼の気さくな笑顔には、どこか安心感があった。


セシリアは深呼吸し、青い瞳に決意を宿らせた。

「ありがとう、ガレン。準備はできてるわ。」

彼女の声はわずかに震えていたが、プライド高きクレイモア家の令嬢としての威厳を保っていた。

レノーラがニヤリと笑い、

「お嬢様、堂々としてなさいよ。貴族のゲームはここからが本番だから」

と囁いた。

ルートが

「フム、ワガハイも楽しみにしておるぞ!」

と付け加えたが、セシリアは緊張のあまりうなずくことしかできなかった。。


扉が開くと、広間にはダックス辺境伯が待ち構えていた。

50代半ばの男性で、灰色の髪と鋭い緑の瞳が印象的だった。

鎧のような質素なローブをまとい、背筋はまっすぐで、貴族というより戦士のような雰囲気を漂わせていた。

彼の背後には、領地の地図と魔物討伐の記録が刻まれた石板が飾られていた。


セシリアを見ると、わずかに目を細め、温かい笑みを浮かべた。

「セシリア・フォン・クレイモア。よくぞ無事にたどり着いた!」

辺境伯はそのごつごつした大きな手で、セシリアに握手を求めた。

貴族というよりは、まるで戦士が新たな仲間を歓迎するような仕草に、セシリアは驚いた。


「君の祖母、メリダ様には我が領地が大いに世話になった。彼女は我々の恩人なんだよ。」

辺境伯の声は低く、しかし力強く響いた。

セシリアは一瞬、言葉を失った。祖母が冒険者ギルドのパトロンだったことは知っていたが、辺境伯領とこれほど深い繋がりがあったとは予想外だった。


「メリダ…お祖母様が、恩人?」

セシリアの声には驚きが滲んだ。

辺境伯は頷き、椅子を勧めた。

セシリアが腰を下ろすと、レノーラは広間の隅に立ち、リュートを軽く抱えたまま様子を見守った。ガレンは扉のそばに立ち、衛兵たちと軽く言葉を交わしている。


辺境伯は話を続けた。

「ダックス辺境伯領は、魔物の巣窟として知られていた。ワイルドボアやビッグラットが跋扈し、領民は常に危険に晒されていた。だが、メリダ様の支援で冒険者ギルドが発達し、魔物討伐の装備と訓練が整った。今では魔物の個体数は半減し、領地の南部は小麦の生産地として名を上げつつある。すべて、彼女のおかげだ。」

辺境伯の言葉には、メリダへの深い敬意が込められていた。


セシリアは胸が熱くなるのを感じた。

祖母の影響力は、クレイモア家を超えてこんな遠い地にまで及んでいたのだ。


彼女は手紙を思い出し、祖母がなぜこの地を逃亡先として選んだのか、その一端が見えた気がした。

「お祖母様は…そんな大きなことをしていたなんて…」

セシリアは呟き、目を伏せた。


辺境伯は彼女の表情をじっと見つめ、静かに言った。

「君がここまで来たということは、大きな事件に巻き込まれたということだ。冒険者ギルドのマスターから、使い魔を通じて連絡が入っているよ。トマス・フォン・ローゼンとの婚約破棄、そして追手からの逃亡。すべて聞いている。」

飾り気のない彼の言葉には、鋭い洞察が含まれていた。

セシリアは息を呑み、背筋を伸ばした。

――この人の前で、隠し事なんて無意味だわ。


「その通りです。私は…トマスに婚約を破棄され、ライザ・フォン・マックバートに暗殺されそうになりました。父までもが…私を裏切ったのです」

セシリアの声は震え、だが最後には力を取り戻した。

辺境伯は静かに頷き、立ち上がって窓の外を見た。金色の麦畑が、夕陽に照らされて輝いている。


「セシリア、君のような若い令嬢が、単身でこの遠い辺境まで逃げてきた。その勇気は称賛に値する。だが、君の旅はまだ終わっていない。そこで、私から提案がある。」

辺境伯は振り返り、セシリアをまっすぐに見据えた。


「私の息子、マリウスと婚約しないか?」


セシリアは一瞬、言葉を失った。

レノーラが広間の隅で小さく口笛を吹き、ルートが

「ホホウ、これは面白い展開じゃな!」

と呟いたが、セシリアの耳には届かなかった。


彼女の頭は、辺境伯の提案で混乱していた。

「マリウス…?婚約?」

彼女はようやく声を絞り出した。


辺境伯は穏やかに続けた。

「マリウスは君と同い年、15歳だ。辺境伯領の後継者だが、この土地の評判が悪くてね。魔物が出るという噂のせいで、まだ婚約者がいない。だが、メリダ様の孫娘なら話は別だ。君がここまで来たこと自体、君の強さを証明している。クレイモア家の名と、メリダ様の遺志を継ぐ君なら、我が家も安泰だ。」

彼の言葉には、貴族としての計算と、しかしどこか温かい誠意が混ざっていた。


セシリアは胸の内で葛藤した。

トマスの婚約破棄の傷はまだ癒えていない。

ライザの嘲笑、父の裏切り。

あの屈辱が、彼女の心に深い傷を残していた。

婚約破棄された「傷ものの令嬢」と見られることが怖い。


だが、同時に、辺境伯の提案は彼女に新たな道を示していた。

この土地での新たな人生、クレイモア家を再興するための足がかり。


彼女は目を閉じ、祖母の言葉を思い出した。「自分で判断し、自分で責任を持つ」。

この選択が、祖母の最後の試練なのだと、セシリアは直感した。

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