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ダックス辺境伯領

馬車が再び動き出し、ついにダックス辺境伯領の境界を越えた。セシリアは窓から外を見た。噂では荒れ果てた魔物の巣窟と聞いていた辺境伯領は、驚くほど整然としていた。

広大な麦畑が金色に輝き、風に揺れる穂がまるで波のように広がっている。農夫たちが畑で働き、子供たちが笑いながら走り回る姿が見えた。道は石畳で整備され、街道沿いの家々は質素だが清潔だった。


セシリアは故郷、クレイモア領を思った。

クレイモア領も、かつてはこんな風に豊かだった。

しかし、先代当主である祖父が亡くなり、父が当主を継いで以来、変わってしまった。父と母は目先にとらわれて、安易な道を選んだ。

さらには正論でいさめられることを疎ましく思い、当主の実母であるメリダも離れに遠ざけた。収穫が減り、領民の不満が高まっていた。

それに比べ、ダックス辺境伯領は豊かで、領民を大切にしている姿勢が伝わってきた。


「こんな…綺麗な場所だったの?」

セシリアは思わず呟いた。

レノーラが肩をすくめた。

「噂なんて当てにならないものよ。辺境伯は領地をしっかり治めてるってこと。魔物が出ないのも、きっといい政治をしてるってことね。」


だが、セシリアの心は却って落ち着かなかった。

噂と異なる平和な光景に、彼女は逆にビクビクしていた。

「こんなに穏やかな場所なら、なぜ祖母はここを…?」

彼女は手紙を再び開き、祖母の言葉を読み返した。

辺境伯領を選んだ理由は、単なる試練以上の何かがあるはずだ。セシリアは胸の内で決意を新たにした。

「祖母の意図を、必ず見極めるわ」

馬車が辺境伯の城へと近づくにつれ、セシリアの緊張は高まった。


「よう、着いたぜ。辺境伯に会うなら、俺が案内してやるよ」

とガレンが気さくに言うが、セシリアは彼の軽い態度に少し苛立った。

「私はクレイモア家の令嬢よ。ちゃんとした謁見の手続きを…」

と始めると、レノーラが笑いながら遮った。

「お嬢様、辺境じゃそんな堅苦しいことは通用しないわよ。ガレンの言う通り、さっさと行っちゃいなさい」


セシリアはムッとした。

――でも、ここは我慢よ、セシリア。きっと試練なんだから。

ガレンの案内で馬車を降り、城の門へと向かった。



門の前には、質実剛健な鎧を着た衛兵が立っていたが、ガレンの顔を見ると気さくに通してくれた。

セシリアは、ダックス辺境伯の城の門をくぐりながら、胸の高鳴りを抑えきれなかった。


案内役のガレン、辺境伯領出身の剣士が先に立ち、衛兵たちに軽く会釈しながら進む。

レノーラが隣でリュートを抱え、軽い足取りで歩いている。いつの間に着替えたのか、彼女の赤いドレスが石畳の通路で軽やかにひるがえっていた。まるでセシリアの緊張感を無視するかのように。


城の内部は、クレイモア家の華やかな屋敷とは異なり、シンプルだが機能的な造りだった。

石壁には魔物討伐の戦利品が飾られていた。

さっき見たものとは比べ物にならないほど大きなワイルドボアの牙や、見たことのない巨大な翼、さらにはドラゴンの角までがズラリと並び、辺境伯領の歴史と戦いの誇りを物語っていた。


通路の窓からは金色の麦畑が見え、遠くで農夫たちが働く姿が小さく映る。

セシリアは、クレイモア領地が祖父の死後、収穫が減り、領民の不満が高まっていたことを思い出した。この辺境伯領の豊かさは、まるで別世界のようだった。


「さて、お嬢様。ここからが本番よ」

レノーラがニヤリと笑い、リュートを軽く叩いた。

ルートが「フム、ワガハイも楽しみじゃな!せいぜい頑張れよ、小娘!」と声を上げた。


セシリアは深呼吸し、祖母の試練を乗り越える決意を胸に、辺境伯との対面に備えた。


――お祖母様の真意、絶対に見極めてみせるわ!


辺境伯領の豊かな麦畑と、噂とは裏腹に整然とした街並み。祖母メリダがなぜこの地を彼女の逃亡先として選んだのか、その答えが、今明らかになるのだ。

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